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REGRET。  作者: ひととせ
第5章︰闇の国“ドラグヴェイン”ー前編ー

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闇の国と二つの影

挿絵(By みてみん)


枯れた桜並木の下を、一台の荷馬車がゆっくりと進んでいた。 車輪が石畳を踏むたびに、ガタゴトと乾いた音が響く。


その傍《かたわ》らを歩くのは、凪谷《なぎや》、蛍《けい》、優珠《ゆうじゅ》、オニキスの四人。 先ほどデルマの群れから救出した商人と、その護衛を務める二人のガーディアンと共に、南の街を目指していた。


「いやぁ、本当に君たちには助けられたよ!」


御者台《ぎょしゃだい》に座った商人が、何度目か分からない感謝の言葉を口にした。


「この辺りは最近物騒《ぶっそう》でねぇ。昔はガーディアンを雇わなくても、通れてたんだけどなぁ」


「そんなにデルマが増えてるんですか?」


蛍《けい》が尋ねる。


「ああ。昔はここまで頻繁《ひんぱん》に出ることなんてなかったんだが……」


商人は困ったように眉を下げた。


「特にここ数年はひどいもんさ。街道を使う商人も減っちまってね」


「……やっぱり」


凪谷《なぎや》は頭上の桜を見上げた。

葉を失い、黒ずんだ枝を伸ばす桜並木。

ヴェルグラードで見た、あの青々とした桜とはまるで違う。

その違いが何を意味しているのか、今の凪谷《なぎや》たちには少しだけ分かるようになっていた。


「……あの、おじさん」


「ん? なんだい?」


「ドラグヴェイン王国について、ちょっと聞いてもいいですか?」


その名前を聞いた途端《とたん》、商人の表情がわずかに変わった。


「ドラグヴェイン? ああ、もちろん構わないよ」


「俺たち、これからそこに行こうと思ってるんですけど……最近、何か変わったことってありませんか?」


「……変わったこと、か」


商人は少し考え込んだ。 そして、空を見上げる。


「そうだねぇ……一番大きいのは、やっぱり空かな」


「……空?」


オニキスが首を傾げた。


「ああ。今から三年くらい前だったかな。突然、国の空に分厚い雲が広がるようになったんだ。今じゃ周辺諸国《しゅうへんしょこく》にも雲が広がってきてる」


「雲……?」


蛍《けい》が聞き返す。


「それが不思議なことに、いつまで経っても晴れないんだよ」


商人は肩をすくめた。


「朝になっても、昼になっても、ずっと曇り空。太陽が昇っているはずなのに、国中が薄暗いままなのさ」


「えーっ!? ずっと!?」


優珠《ゆうじゅ》が驚いたように声を上げた。


「じゃあ、お洗濯とか大変そう!」


「……そこなのか?」


凪谷《なぎや》が苦笑する。


「いやいや、実際そうなんだよ」


商人は笑いながら頷《うなず》いた。


「洗濯物は乾かないし、作物の育ちも悪くなる。おかげで農家の人たちは随分《ずいぶん》苦労しているらしい」


「……そうなんだ」


オニキスが小さく呟いた。


「それにね、最近じゃドラグヴェインのことを、こんなふうに呼ぶ人もいるんだ」


商人は少し声を落とした。


「――『闇の国』ってね」


「……闇の国?」


凪谷《なぎや》が繰り返す。


「ああ。もちろん、真っ暗で何も見えないってわけじゃないよ。昼間なら外を歩くのに困るほどじゃない」


商人は手綱《たづな》を握り直した。


「ただ、昔のドラグヴェインを知っている人間からすると、随分《ずいぶん》と寂しい景色になっちまったなぁ」


「……昔は違ったんですか?」


蛍《けい》が尋ねた。


「そりゃあもう。青空が広がって、緑も豊かで、綺麗な国だったよ」


「……三年前から、か」


凪谷《なぎや》は小さく呟いた。


ビオッシャから聞いた話が、頭をよぎる。

ドラグヴェイン王国にいるという、フィアンマの少年。

自分がフィアンマであることに気づいていなかったかもしれない、伯爵家《はくしゃくけ》の男の子。


もし、今もその力を使いこなせていないのだとしたら――。


「……にいちゃん」


蛍《けい》が小声で呼びかけた。


「……ああ」


凪谷《なぎや》も小さく頷《うなず》く。

空を覆う雲がフィアンマと関係しているのか。

桜が枯れている原因も、本当に同じなのか。

それを確かめに行こう。


「……教えてくれてありがとうございます!」


凪谷《なぎや》は商人に笑いかけた。


「いやいや! こっちこそ、君たちのおかげで無事に帰れそうだからね!」


商人は朗《ほが》らかに笑った。

その笑顔を見ながら、凪谷《なぎや》はもう一度、枯れた桜並木の先を見つめた。


――ドラグヴェイン王国。


そこには、一体何が待っているのだろうか。


◇


それから、しばらく歩いた頃だった。


「おっ! 見えてきたぞ! あそこの街はもうドラグヴェインの領地だよ」


御者台《ぎょしゃだい》の商人が、嬉しそうに声を上げた。


「ほら、あそこだ!」


指差された先には、石造りの城壁に囲まれた街が見えていた。

大きな門と、そこから覗《のぞ》く幾《いく》つもの建物。

街道沿いには古い道標《みちしるべ》が立ち、荷馬車の通行を想定した広い道が続いている。


「わぁ! 結構大きな街だね!」


蛍《けい》が目を輝かせた。


「あはー! 美味しいものあるかなぁ!」


「お前、そればっかだな……」


凪谷《なぎや》が笑う。


「……でも、なんだか変じゃない?」


その時、オニキスが小さく呟いた。


「……ん?」


凪谷《なぎや》が顔を上げる。


「何がだ?」


「……街の方、なんだか騒がしい気がする」


言われてみれば、確かにそうだった。

遠くから、何かが聞こえてくる。

人々の叫び声。

金属がぶつかる音。


そして――。


――ドォォン!!


鈍《にぶ》い轟音《ごうおん》が響いた。


「……っ!?」


蛍《けい》が目を見開く。

街の門の向こうから、土煙が上がった。


「な、なんだ!?」


商人が慌てて手綱《たづな》を引く。

馬が驚き、甲高《かんだか》くいなないた。


「……まさか」


凪谷《なぎや》は目を凝《こ》らした。

門の前を、武装した人影が走っている。


剣を振るう者。

槍を構える者。


その向こうには、見覚えのある異形の姿があった。


「……デルマだ!!」


凪谷《なぎや》が叫んだ。


◇


「門を守れぇぇ!!」


怒号《どごう》が響き渡った。


街の入口では、十数人の警備兵たちが必死に応戦《おうせん》していた。


その相手は無数のデルマ。

人型に近いものもいれば、四つん這《ば》いで地面を這《は》うものもいる。


だが――。


「……おい、嘘だろ……」


護衛の剣士が、呆然《ぼうぜん》と呟いた。

そこには、これまで見たこともないほど巨大なデルマがいた。

全長三メートルを優《ゆう》に超える巨体。

異様に発達した腕。

歪《ゆが》んだ頭部には、人間の顔を無理やり引き伸ばしたようなものが張りついている。


しかも、一体ではない。


「……三体!?」


蛍《けい》が叫んだ。

巨大なデルマが、三体。

それぞれが警備兵たちを蹴散らしながら、街の門へ迫っていた。


「ぐああっ!!」


一人の警備兵が、巨大な腕に薙ぎ払われた(なぎはらわれた)。

身体が宙を舞い、地面へ転がる。


「くそっ! これ以上は持たんぞ!!」

「増援《ぞうえん》はまだか!?」

「ドラフ・レギオーへの連絡は!?」

「もう送ってある! だが、まだ到着していない!」


警備兵たちの声には、明らかな焦りが滲《にじ》んでいた。


「……まずいな」


凪谷《なぎや》は刀の柄《つか》に手をかけた。


「蛍《けい》! 優珠《ゆうじゅ》!行くぞ!オニキス!こと人たちを安全な所へたのむ!」


「うん!」


「あはー! 行こう!」


「分かった!」


オニキスは力強く頷《うなず》いた。 直後、三人は街の門へ向かって駆け出した。


◇


「うおおおっ!!」


巨大なデルマが、腕を振り上げた。

その真下には、倒れ込んだ警備兵の姿がある。


「……っ!」


警備兵は必死に起き上がろうとした。


ーーだが、間に合わない。


「くそっ……!」


巨大な拳が振り下ろされる。 その瞬間――。


「おおおおっ!!」


黒い刀身が、視界を横切った。


――ザシュッ!!


デルマの腕が、大きく裂けた。


「ギィィィィッ!!」


異形が悲鳴を上げる。


「……なっ!?」


警備兵が目を見開いた。

その前には、一人の少年が立っていた。


「大丈夫ですか!?」


凪谷《なぎや》だった。


「き、君は……!?」


「話は後で!」


凪谷《なぎや》は刀を構え直す。


「今は、こいつを倒しましょう!」


「……っ! あ、ああ!」


警備兵が立ち上がった。

巨大なデルマは、怒り狂ったように咆哮《ほうこう》する。


「グオオオオオッ!!」


「……でっけぇな!」


凪谷《なぎや》は思わず笑った。


「でも……!」


地面を蹴る。

デルマの腕が横薙《よこな》ぎに振るわれた。

凪谷《なぎや》は身を低くしてそれを躱《かわ》し、巨体の懐《ふところ》へ飛び込む。


「……そこだ!」


刀が、黒ずんだ胸元を斬り裂いた。


「ギィィィッ!!」


デルマの身体が大きく揺らぐ。

しかし、倒れない。


「……っ! 浅いか!」


凪谷《なぎや》はすぐさま距離を取った。


その時。


――パンッ! パンッ!!


乾いた銃声が響いた。


「にいちゃん! 右!」


「おう!」


蛍《けい》が放った弾丸が、デルマの右肩へ命中する。

巨体がわずかに傾いた。

その隙を、凪谷《なぎや》は見逃さなかった。


「……今だ!!」


地面を蹴り、跳躍《ちょうやく》する。

黒い刀身が、デルマのコアを深く貫いた。


「グ……ギィィィ……!!」


巨大な身体が震える。

やがて、その全身に亀裂《きれつ》が走り――。


――ボロボロ……。


灰となって崩れ落ちた。


「……よし!」


凪谷《なぎや》が着地する。


「一体目!」


◇


一方、少し離れた場所では。


「えいっ!!」


優珠《ゆうじゅ》が双剣を振るっていた。

迫ってきたデルマの腕を斬り払い、続けざまに胴を裂く。


「ギィィッ!」


異形が灰となって消える。


「あはー! 次はどいつ!?」


「お、お嬢《じょう》ちゃん! 後ろだ!!」


警備兵が叫ぶ。

振り返ると、そこには二体目の巨大なデルマが迫っていた。


「グオオオオッ!!」


巨体が両腕を振り上げる。


「……わっ!」


優珠《ゆうじゅ》は慌てて飛び退いた。

直後、巨大な拳が地面を叩きつける。


――ドゴォン!!


石畳が砕け散った。


「……うわぁ! すっごい力!」


優珠《ゆうじゅ》が目を丸くする。


「おい! 逃げろ!!」


警備兵が叫ぶ。


だが、優珠《ゆうじゅ》はにっこりと笑った。


「だいじょーぶ!」


双剣を構え直す。


「だって、あたし……ガーディアンだもん!」


再び、巨大な腕が振り下ろされた。

優珠《ゆうじゅ》は軽やかに身を翻《ひるがえ》す。

一撃目を躱《かわ》し、二撃目を飛び越える。


そして――。


「……えいっ!!」


双剣が交差した。

デルマの脚に深い傷が刻まれる。


「グギィィッ!!」


巨体が膝をついた。


「今だよー!!」


優珠《ゆうじゅ》が叫ぶ。

その声に応じ、周囲の警備兵たちが一斉に槍を構えた。


「お、おう!!」


「全員、突けぇぇ!!」


無数の槍が、デルマの身体へ突き立てられる。

その一瞬の隙。

優珠《ゆうじゅ》は地面を蹴り、巨体の上へと跳び上がった。


「……そこっ!」


二本の刃が、首元の黒ずんだ部分を斬り裂く。


「ギィィィィッ!!」


デルマは絶叫し、灰となって崩れ落ちた。


「あはー! やったぁ!」


優珠《ゆうじゅ》が着地する。

警備兵たちは、呆然《ぼうぜん》と彼女を見つめていた。


「……す、すげぇ……」


「本当に、あんな小さな子が……」


優珠《ゆうじゅ》は得意げに胸を張った。


「えへへ! もっと褒めてもいいよ!」


◇


残る巨大なデルマは、一体。

その周囲では、蛍《けい》が二丁の拳銃を構えていた。


「……よし!」


蛍《けい》は静かに息を吸う。

巨大なデルマの周囲には、まだ小型の個体が何体も残っていた。

このままでは、警備兵たちが危ない。


「……まずは、周りから!」


――パンッ! パンッ! パンッ!!


連続する銃声。

弾丸が正確にデルマのコアを撃ち抜いていく。


「ギィッ!」


「グギャッ!」


次々と灰になる異形。


「……す、すごい命中精度《めいちゅうせいど》だ!」


近くにいた警備兵が驚いたように声を上げた。


「……ありがとう!」


蛍《けい》は笑顔で答えた。 だが、その瞬間。


「グオオオオッ!!」


巨大なデルマが、蛍《けい》へ向かって突進してきた。


「……っ!」


蛍《けい》は素早く横へ飛ぶ。

しかし、巨体の勢いは止まらない。

その先には、逃げ遅れた警備兵たちがいた。


「……まずい!」


蛍《けい》が銃口を向ける。

だが、狙うべきコアは巨体の陰に隠れていた。


「……にいちゃん!!」


その声に、凪谷《なぎや》が振り返る。


「……任せろ!!」


凪谷《なぎや》が駆け出した。

同時に、優珠《ゆうじゅ》も反対側から走り込む。


「蛍《けい》! 足を狙って!」


「うん!」


――パンッ! パンッ!!


弾丸が、デルマの膝へ命中した。

巨体がわずかによろめく。


「優珠《ゆうじゅ》!」


「はーい!」


優珠《ゆうじゅ》の双剣が、反対側の脚を斬りつけた。


「グギィィッ!!」


巨大なデルマが、膝をつく。

その瞬間。


「……これで!!」


凪谷《なぎや》が跳躍《ちょうやく》した。

刀身が、デルマの首元にある黒ずんだ部分を捉える。


「終わりだぁぁ!!」


――ザンッ!!


一閃《いっせん》。 巨体が、大きく揺れた。


そして――。


――ドサァッ!!


地面へ崩れ落ちる。

その身体は、黒い灰となって風に散っていった。


「……はぁっ、はぁっ……」


凪谷《なぎや》が息を整える。


「……やったか?」


辺りを見回す。

残っていたデルマも、警備兵たちによって次々と倒されていた。

やがて、最後の一体が灰となって消える。

静寂《せいじゃく》が訪れた。


「……お、終わった……?」


一人の警備兵が呟いた。


「……ああ」


別の男が、ゆっくりと剣を下ろす。


「……終わったんだ……!」


その瞬間。


「うおおおおおっ!!」


歓声が上がった。


「助かったぞ!!」

「街を守れた!!」

「ありがとう! 君たちのおかげだ!!」


警備兵たちが、凪谷《なぎや》たちへ駆け寄ってくる。


「いやぁ、そんな!」


凪谷《なぎや》は照れくさそうに頭を掻《か》いた。


「みんなで倒したんですよ!」


「それでもだ! 本当に助かった!」


「ははっ!」


凪谷《なぎや》が笑う。

蛍《けい》も、優珠《ゆうじゅ》も、ほっとしたように微笑んでいた。


――だが。


その安堵《あんど》は、長くは続かなかった。


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