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REGRET。  作者: ひととせ
第5章︰闇の国“ドラグヴェイン”ー前編ー

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枯れゆく桜の道

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

ヴェルグラードを出発してから、数日が経った。 北の大地を南へと下るにつれ、辺りの景色は少しずつ変わり始めていた。


あれほど降り続いていた雪はいつしか止み、道を覆っていた白銀《はくぎん》の絨毯《じゅうたん》も、ところどころで地面を覗《のぞ》かせている。


遠くに連なる山々にはまだ雪が残っていたが、足元には柔らかな草が芽吹き(めぶき)、冷たい風の中にも微《かす》かな温《ぬく》もりが混じるようになっていた。


「うわぁー! 見て見て、にいちゃん!」


蛍《けい》が道の脇へ駆け寄り、しゃがみ込んだ。


「花が咲いてる!」


「おっ、本当だ」


凪谷《なぎや》が覗《のぞ》き込むと、雪解け水に濡れた土の間から、小さな黄色い花が顔を出していた。


「ヴェルグラードじゃ、こんなの見なかったもんな」


「うん! なんだか久しぶりに春を見た気がする!」


蛍《けい》は嬉しそうに笑い、花を傷つけないよう、そっと指先を近づけた。


「ねえねえ! こっちにもいっぱいあるよ!」


少し先を歩いていた優珠《ゆうじゅ》が、両手を大きく振った。


「あはー! 雪がなくなってきたら、歩きやすくなったね!」


「お前、雪の上でもずっと走り回ってただろ」


「えへへ! そうだっけ?」


「そうだよ……」


凪谷《なぎや》が呆れたように笑うと、蛍《けい》もつられて笑った。 その後ろを歩くオニキスは、そんな三人の様子を静かに眺めていた。 黒い帽子の下から覗《のぞ》く淡い緑色の瞳は、どこか楽しそうだった。


「……なんだか、不思議だね」


「ん?」


凪谷《なぎや》が振り返る。


「何がだ?」


「ついこの間まで、あんなに寒いところにいたのに……少し歩いただけで、こんなに景色が変わるんだなって」


オニキスは道の向こうへ目を向けた。


「本で読んだことはあったけど、実際に見ると全然違うんだね」


「ははっ、やっぱりみんなそう思うんだな!」


凪谷《なぎや》が笑った。


「これからもっといろんな景色が見られるぞ!」


「……うん!」


オニキスも嬉しそうに頷《うなず》いた。 自分もこの旅についていく。 そう決めた日から、彼の表情には少しずつ明るさが戻っていた。


「そういえば、にいちゃん」


蛍《けい》が何かを思い出したように顔を上げた。


「ドラグヴェイン王国にいるっていうフィアンマの子、どんな子なんだろうね?」


「ああ、ビオッシャさんが前に会ったっていう……」


凪谷《なぎや》は記憶を辿った(たどった)。


「確か、俺たちと同じくらいの男の子なんだよな?」


「うん。それに、自分がフィアンマだってことも知らなさそうだったって」


ーーだとすれば…… 4人は嫌な予感を胸に秘め、前へ進むのであった。


◇


ーーロゼオ・トレイル。


かつて伝説の冒険者ロゼオが歩いたとされる、世界各地を繋《つな》ぐ道。 その両脇には、どこまでも桜並木が続いている。


けれど――。


「……やっぱり、枯れてるね」


蛍《けい》がぽつりと呟いた。 見上げた桜の木には、葉も花もほとんど残っていなかった。 黒ずんだ枝が空へと伸び、風が吹くたび、乾いた音を立てて揺れている。 雪の中でも青々と茂っていたヴェルグラード周辺の桜とは、まるで別物だった。


「……ああ」


凪谷《なぎや》も足を止めた。


「と言うことはこの先のフィアンマにも何かあったってことだよな」


オニキスが小さく呟いた。


「うん」 「それに、人もほとんどいないね」


蛍《けい》の言葉に凪谷《なぎや》は周囲を見渡した。 道は広く、昔は多くの旅人や商人が行き交っていたのだろう。 ところどころには古い道標《みちしるべ》や、休憩用と思われる石造りのベンチが残されている。 しかし、ここまで歩いてきて、すれ違った人間は数えるほどしかいなかった。


荷馬車の轍《わだち》も少なく、道の端には雑草が伸び始めている。


「……こんなに広い道なのにね」


優珠《ゆうじゅ》が珍しく静かな声で言った。


「人がいないと、なんか寂しいなぁ」


「……そうだな」


凪谷《なぎや》は枯れた桜並木の先を見つめた。 かつては、この道にも笑い声が溢れていたのだろうか。 旅人たちが行き交い、商人たちが荷物を運び、子供たちが桜の下を走り回る。 そんな景色が、ここにもあったのかもしれない。


「……いつかさ」


凪谷《なぎや》が口を開いた。


「この道にも、また人がいっぱい通るようになるといいな」


「……うん!」


蛍《けい》が力強く頷《うなず》いた。


「あはー! その時は、桜もいっぱい咲いてるといいね!」


「……そうだね」


オニキスも小さく微笑んだ。 四人は再び歩き始めた。 頭上には、花のない桜の枝がどこまでも続いていた。


◇


昼を少し過ぎた頃。 一行は、道沿いに残された小さな休憩所で足を止めた。 石造りの屋根の下には、古びた木製のテーブルと椅子が置かれていた。 長い間使われていなかったのか、隅には落ち葉が積もっている。


「よーし! お昼ご飯だー!」


優珠《ゆうじゅ》が真っ先に荷物を下ろした。


「お前、さっきも何か食ってなかったか?」


「え? あれはおやつだよ?」


「……そうかよ」


凪谷《なぎや》が苦笑する。 蛍《けい》は荷物から食料を取り出し、テーブルに並べ始めた。 パンに干し肉、それからヴェルグラードで買っておいた保存食。


「はい、オニキス!」


「……あ、ありがとう」


蛍《けい》からパンを受け取ったオニキスは、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……こういうのも、冒険って感じがするね」


「ん?」


「みんなで歩いて、途中で休んで、一緒にご飯を食べて……」


オニキスは手元のパンを見つめた。


「僕、こういうことにずっと憧《あこが》れてたんだ」


「……そっか」


凪谷《なぎや》が微笑む。


「じゃあ、これから毎日できるな!」


「……うん!」


オニキスは大きく頷《うなず》いた。 その隣では、優珠《ゆうじゅ》が早くも二つ目のパンに手を伸ばしていた。


「……優珠《ゆうじゅ》、食べるの早すぎない?」


蛍《けい》が目を丸くする。


「あはー! だってお腹すいたんだもん!」


「まだ出してからそんなに経ってないよ!?」


「いいじゃんいいじゃん!」


そんなやり取りに、オニキスが思わず吹き出した。


「……ふふっ」


「ん? どうしたの?」


優珠《ゆうじゅ》が首を傾げる。


「……ううん。なんでもない」


オニキスは笑顔で首を振った。 そして、ふと思い出したように鞄《かばん》から小さなメモ帳を取り出した。


「……あれ? 何してるの?」


蛍《けい》が覗《のぞ》き込む。


「ちょっと、書いておこうと思って」


「……何を?」


「今日のこと」


オニキスは照れくさそうに笑った。


「雪が少なくなって、花が咲いてて……みんなでご飯を食べたこと」


「えっ、それも書くの?」


「……うん」


オニキスは頷《うなず》いた。


「大きな戦いとか、すごい出来事じゃなくても……今日の出来事は僕にとっては、大切な思い出だから」


蛍《けい》は少し驚いた後、にっこりと笑った。


「……そっか!」


「……うん」


オニキスはメモ帳に短い文章を書き留めた。 いつか、自分だけのメモリーブックを作るために。


◇


食事を終え、再び歩き始めてしばらくした頃だった。


「……ん?」


凪谷《なぎや》が足を止めた。


「どうしたの、にいちゃん?」


「いや……今、何か聞こえなかったか?」


蛍《けい》たちも足を止め、耳を澄《す》ませる。 風に揺れる枯れ枝の音に混じって、遠くから何かが聞こえてきた。 金属同士がぶつかるような、甲高《かんだか》い音。


そして――。


「だ、誰かぁぁぁ!! 助けてくれぇぇ!!」


「……悲鳴!?」


オニキスが顔を上げた。


「向こうだ!」


凪谷《なぎや》が駆け出す。


「にいちゃん、待って!」


蛍《けい》と優珠《ゆうじゅ》がその後を追い、オニキスも慌てて走り始めた。 枯れた桜並木を抜けた先。 そこには、一台の荷馬車が停まっていた。 いや、停まっているというより、進めなくなっていると言った方が正しい。 馬は怯《おび》えて暴れ、荷台にはいくつもの傷がついている。 その周囲を、十数体もの異形が取り囲んでいた。


「……デルマ!」


凪谷《なぎや》が叫ぶ。


人の腕のようなものが何本も生えた塊《かたまり》。 顔らしきものを持ちながら、身体の形が定まっていない個体。 地面を這いずる(はいずる)ように動く、小さな異形。 どれも完全な人の姿には程遠く、獲物を求めて荷馬車へ群がっていた。


「くそっ! 数が多すぎる!!」


馬車の前では、二人の男が必死に応戦《おうせん》していた。 一人は大柄な剣士。 もう一人は細身の槍使い。 どちらも装備からして、護衛を生業《なりわい》とするガーディアンなのだろう。


だが、二人ともすでに肩で息をしていた。


「右だ! 右から来るぞ!」


「分かってる! だが、こっちも限界だ!」


槍使いが一体を突き飛ばした直後、別のデルマが背後から飛びかかる。


「しまっ――!」


「危ない!!」


凪谷《なぎや》が地面を蹴った。 次の瞬間、抜き放たれた刀がデルマのコアを斬り裂く。


「ギィィィッ!!」


異形は甲高《かんだか》い悲鳴を上げ、灰となって崩れ落ちた。


「……なっ!?」


槍使いが目を見開く。


「おい! 大丈夫か!?」


「お、おう……助かった!」


「話は後だ! こいつらを片付けるぞ!」


凪谷《なぎや》は刀を構え直した。


「蛍《けい》! 優珠《ゆうじゅ》!」


「うん!」


「あはー! 任せて!」


二人が左右へ散る。


蛍《けい》は白い二丁の拳銃を構え、馬車の側面へ回り込もうとしていたデルマに狙いを定めた。


「蛍《けい》ー!ど真ん中撃ち抜いちゃえ!!」


優珠《ゆうじゅ》の声を合図に乾いた銃声が連続して響く。


「そっちは行かせないよ!」


弾丸を受けたデルマが次々と倒れ、灰になって消えていく。 その様子を見届けた優珠《ゆうじゅ》は双剣を抜き、デルマの群れへ飛び込んでいた。


「えいっ! やぁっ!」


軽やかに身を翻《ひるがえ》し、迫ってきた二体のコアを続けざまに斬り伏せる。


「あはー! 雪がないと動きやすいね!」


「遊んでる場合じゃないぞ!」


凪谷《なぎや》が叫ぶ。


「遊んでないよー!」


そう答えながら、優珠《ゆうじゅ》は背後から迫ったデルマを振り向きざまに斬り払った。 その頃、オニキスは荷馬車の傍ら(かたわら)へ駆け寄っていた。


「だ、大丈夫ですか!?」


荷台の陰では、丸々とした中年の男が頭を抱えて震えていた。


「ひぃっ!? ま、また来たぁ!?」


「ち、違います! 僕は人間です!」


「……に、人間?」


男がおそるおそる顔を上げる。


「ぼ、僕たちが助けに来たんです! もう少しだけ待っていてください!」


「た、助けに……?」


その時、馬車の下から小さなデルマが這い出して(はいだして)きた。


「ひぃぃぃ!!」


「うわぁっ!?」


オニキスも思わず飛び退く。


「け、蛍《けい》ぃ!!」


「はーい!」


返事と同時に銃声が響いた。 デルマは男に飛びかかる寸前で弾かれ、灰となって散った。


「オニキス! そっちお願いね!」


「う、うん!」


オニキスは胸を撫《な》で下ろし、男を庇《かば》うように立った。 その間にも、凪谷《なぎや》たちは残ったデルマを次々と倒していく。


やがて――。


「これで、最後だ!」


凪谷《なぎや》の刀が、最後の一体を斬り伏せた。 異形は音を立てて崩れ、黒い灰となって風に消えていった。 辺りに静寂《せいじゃく》が戻る。


「……ふぅ」


凪谷《なぎや》は刀を収めた。


「みんな、怪我はないか?」


「僕は大丈夫!」


「あたしもー!」


「ぼ、僕も……!」


オニキスが少し遅れて答える。 ガーディアンの二人は、呆然《ぼうぜん》と四人を見つめていた。


「……おいおい、嘘だろ」


大柄な剣士が呟く。


「俺たちがあれだけ苦戦してた相手を……」


「……あっという間に片付けちまった」


槍使いも信じられないといった顔をしていた。 凪谷《なぎや》は照れくさそうに頭を掻《か》く。


「いやぁ……無事でよかったです!」


◇


「いやぁぁ!! 本当に助かった!!」


荷馬車の持ち主である中年の男は、何度も頭を下げた。


「もう駄目かと思ったよ! 君たちが来てくれなかったら、今頃どうなっていたことか……!」


「間に合ってよかったです」


凪谷《なぎや》が笑う。


「しかし、驚いたなぁ……。まさか、こんな若い子たちがあれだけ強いとは」


男は四人を見回した。


「君たちもガーディアンなのかい?」


「いえ、俺は冒険者です」


「あたしがガーディアンだよ~!」


男は目を丸くした。


「そうかそうか! それは頼もしい!こんな可愛いお嬢《じょう》ちゃんが!」


そう言って笑ったものの、すぐに困ったような顔になる。


「それにしても、まいったなぁ……」


「どうしたんですか?」


「いやね、最近この辺りはデルマが増えていると聞いていたから、こうしてガーディアンを二人も雇ったんだが……」


男は疲れ切った護衛たちに目を向けた。


「まさか、あんな数に襲われるとは思わなくてね」


「……俺たちも油断していた」


大柄な剣士が苦々《にがにが》しく言った。


「一体一体はそこまで強くなかったんだが、倒しても倒しても次から次へと現れやがる」


「馬車を守りながらじゃ、逃げることもできなかったしな」


槍使いもため息をついた。


凪谷《なぎや》は枯れた桜並木を見上げた。


「……やっぱり、この辺りも増えてるんだな」


「うん……」


蛍《けい》も表情を曇らせる。 ヴェルグラードで聞いた話が、頭をよぎった。 桜の生命力が弱まれば、デルマがロゼオ・トレイルへ入り込む。 そして人を喰《く》らいさらに強くなっていく。


「……ところで、おじさん」


凪谷《なぎや》が尋ねた。


「どこまで行く予定なんですか?」


「ん? ああ。この先の街まで荷物を届けるところさ」


男は道の向こうを指差した。


「もう少し南に行ったところに、商人たちが立ち寄る街があるんだ」


「へぇ!」


「ただ、またデルマに襲われるかと思うと……」


男は不安そうに肩を落とした。 凪谷《なぎや》は仲間たちを振り返った。


「……なあみんな、せっかくだし、このおじさんたちを街まで送っていかないか?」


蛍《けい》はすぐに頷《うなず》いた。


「うん! 僕もそう思ってた!」


「あはー! いいね! 馬車と一緒に旅するのも楽しそう!」


「ぼ、僕も賛成だよ」


オニキスも頷《うなず》く。 凪谷《なぎや》は男へ向き直った。


「……えっ!?」


男が目を見開く。


「ほ、本当かい!?」


「はい! 俺たちも南に向かう途中なんで!」


「おおお……!」


男は感激したように両手を合わせた。


「ありがたい! 本当にありがたいよ!」


ガーディアンの二人も、ほっとした表情を浮かべる。


「……正直、助かる」


「これだけ腕の立つ連中が一緒なら、心強いな」


こうして凪谷《なぎや》たちは、荷馬車の護衛に加わることになった。 枯れた桜並木の向こうには、まだ見ぬドラグヴェイン王国へと続く道が伸びている。


その先に何が待っているのか、今はまだ分からない。


それでも四人は、新たな出会いを胸に、再び南へと歩き始めた。


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