絶望を穿つ光
――ゴオオオオオオッ!!!!
ヴェルグラード城を揺るがす、凄まじい轟音。
玉座の間の天井は完全に崩落し、かつて豪華絢爛だった広間は、見る影もない瓦礫の山と化していた。
その中心に聳え立つのは、もはや人間の面影すら残していない巨大な異形。
ギブンだったもの――無数の魂を取り込み、異常な進化を遂げたデルマだった。
その巨体からは何本もの禍々しい触手が伸び、表面には苦悶の表情を浮かべる人々の顔が無数に浮かび上がっている。
「っ……くそっ! デカすぎんだろ……!!」
凪谷は崩れかけた柱を足場に跳び上がり、巨大なデルマの腕へと刀を振り下ろした。
――ガキィィンッ!!
鋭い金属音とともに、刃が硬質な外殻に弾かれる。
「なっ……!?」
その一瞬の隙を狙うように、巨大な触手が凪谷めがけて振り下ろされた。
「凪谷くん! 避けて!!」
ビオッシャの叫びに反応し、凪谷は咄嗟に身を翻す。
直後、触手が石畳を叩き割った。
――ドゴォォォンッ!!
「ぐっ……!」
凄まじい衝撃波に吹き飛ばされ、凪谷は瓦礫の上を転がるようにして着地した。
「はぁ……はぁ……っ! なんつー馬鹿力だよ……!」
肩で息をしながら刀を構え直す。
一方、ビオッシャも銃剣を手に、巨大なデルマの周囲を駆け回っていた。
「……っ、これならどうかしら!」
彼女が銃口を向け、引き金を引く。
――ダンッ! ダンッ! ダンッ!!
放たれた弾丸はデルマの外殻に命中し、黒い破片を飛び散らせた。
しかし、傷ついた箇所は瞬く間に蠢き、元の形へと再生していく。
「……やっぱり、普通の攻撃じゃ埒が明かないわね」
ビオッシャは歯を食いしばり、巨大な怪物を見上げた。
その首元。
先ほどの戦闘で確認した、デルマの弱点である黒い核。
だが、巨大化した今、その位置は遥か頭上にあった。
「凪谷くん! あいつの核は首元よ! でも、このままじゃ届かない……!」
「分かってます……! けど、近づくだけでも精一杯だ……っ!」
二人の視線が交差する。
このまま戦い続けても、消耗するのはこちらだけ。
圧倒的な質量と再生能力を前に、二人の攻撃はほとんど意味を成していなかった。
「……仕方ないわね」
ビオッシャは静かに息を吐き、銃剣を構え直した。
「凪谷くん、少しだけ時間を稼いでちょうだい」
「……? 何か策があるんですか!?」
「ええ。……成功するかは分からないけれど」
その言葉に、凪谷は一瞬だけ不安げな表情を浮かべた。
しかし、すぐに力強く頷く。
「分かりました! 任せてください!!」
凪谷は再び刀を握り直し、デルマへと駆け出した。
「おらぁぁぁっ!! こっちだ、化け物!!」
凪谷の叫びに反応したデルマが、巨大な腕を振り上げる。
その隙に、ビオッシャは静かに両手を前へと突き出した。
「……お願い。今度こそ……!」
彼女の足元から、淡い青白い光が広がり始める。
空気が急激に冷え込み、周囲の瓦礫に白い霜が降りていく。
――パキ……パキパキッ……!
石畳を這うように氷の結晶が広がり、やがて無数の鋭い氷柱となって立ち上がった。
「……いけっ!!」
ビオッシャが両腕を振り上げた瞬間。
――ズガガガガガッ!!!!
地面から巨大な氷の槍が次々と突き出し、デルマの下半身を貫いた。
「グォォォォォッ!!?」
怪物が苦悶の咆哮を上げる。
氷柱はさらに伸び続け、巨大な両脚を拘束するように幾重にも絡みついていった。
「すげぇ……!!」
凪谷が思わず声を上げる。
しかし――。
「っ……!?」
ビオッシャの表情が突然歪んだ。
足元の氷が、不自然な音を立てて軋み始めたのだ。
「……え?」
――ピシッ。
氷柱の表面に、細かな亀裂が走る。
次の瞬間。
――バキバキバキバキッ!!!!
デルマを拘束していた氷が、内側から弾けるように粉砕された。
それだけではない。
砕け散った氷の破片が、まるで意思を持ったかのように周囲へと暴れ始めたのだ。
「なっ……!?」
凪谷は咄嗟に刀を構え、飛来する氷片を弾き飛ばす。
「ビオッシャさん!? どうなってるんですか!!」
「っ……分からない……! また、制御が……!」
ビオッシャは必死に両手を握りしめる。
しかし、彼女の意思に反して冷気はさらに膨れ上がり、周囲の瓦礫や崩れた柱を次々と凍りつかせていった。
「……止まって……っ!」
額に冷や汗が浮かぶ。
かつて母の死をきっかけに、国全体を巨大な氷壁で覆ってしまったあの日。
あの時と同じ、身体の奥底から溢れ出す制御不能な力。
「……っ、こんな時に……!」
ビオッシャは歯を食いしばり、必死に力を抑え込もうとする。
だが、その隙を巨大なデルマが見逃すはずもなかった。
「――グルルルルルッ!!」
氷の拘束を破った怪物が、巨大な腕を振り上げる。
その影が、ビオッシャの身体をすっぽりと覆い尽くした。
「ビオッシャさん!!」
凪谷が叫ぶ。
しかし、距離が遠い。
「くそっ……間に合わねぇ……!!」
巨大な腕が、容赦なく振り下ろされる。
――ドゴォォォォォンッ!!!!
凄まじい衝撃とともに、白い粉塵が舞い上がった。
「っ……!」
凪谷は目を見開く。
だが――。
「……あら?」
粉塵の中から、ビオッシャの戸惑った声が聞こえた。
彼女の目の前には、巨大な氷の壁が聳え立っていた。
咄嗟に自分で作り出したものだった。
しかし、その氷壁は怪物の一撃を受け止めた代償として、無数の亀裂が走っていた。
「……っ、危なかった……」
ビオッシャは荒い息を吐きながら、ふらつく身体を支える。
「はぁ……はぁ……っ」
凪谷もまた、膝に手をつきながら呼吸を整えていた。
二人とも、すでに限界が近づいていた。
「……ビオッシャさん、大丈夫ですか……?」
「ええ……なんとかね。でも……」
ビオッシャは巨大なデルマを見上げる。
先ほどまでの攻撃で負わせた傷は、すでにほとんど再生していた。
「……このままじゃ、私たちが先に倒れるわ」
凪谷は悔しそうに唇を噛みしめた。
「っ……くそ……!」
その時だった。
――ドォォォォンッ!!!!
城の外壁が大きく崩れ落ちる。
その轟音は、ヴェルグラード城の至る所に響き渡っていた。
◇
「っ……!? 今の音……!!」
城内の廊下を走っていた蛍が、突然足を止めた。
その隣にいたアルヴァスも、鋭い視線を天井へと向ける。
――ゴゴゴゴゴ……ッ!!
天井から細かな石片が降り注ぎ、足元の床が不気味に震えていた。
「……城の中心部か」
アルヴァスが低く呟く。
「にいちゃんたちがいる方だよね……!?」
蛍は不安そうに顔を上げた。
アルヴァスは短く頷く。
「ああ。……急ぐぞ」
「うん!!」
二人は再び廊下を駆け出した。
◇
一方、城の外壁付近。
「うわぁぁぁっ!? なんだよ今の音!!」
オニキスが突然の轟音に飛び上がった。
その隣では、優珠が崩れた城の一角を見上げていた。
「……あはー」
いつもの呑気な声。
しかし、その表情からは笑みが消えていた。
「……これ、ちょっとまずいかもね」
「ちょっとどころじゃないだろ!? 城が崩れてるんだぞ!!」
オニキスが叫ぶ。
優珠はその言葉に答えず、じっと城の中心部を見つめていた。
やがて、にっと笑う。
「よーし! オニキス、行くよ!!」
「えっ!? どこに!?」
「決まってるじゃん! 凪谷たちのところ!」
そう言い終えるやいなや、優珠は勢いよく駆け出した。
「ちょっ、待ってよ優珠ーーー!!」
オニキスも慌ててその後を追う。
◇
――ズドォォォォンッ!!
玉座の間では、なおも激しい戦闘が続いていた。
「ぐっ……!」
凪谷は巨大な触手の一撃を辛うじてかわし、崩れた石柱の陰へと飛び込んだ。
しかし、その表情には明らかな疲労が滲んでいる。
「はぁ……はぁ……っ! くそ……!」
ビオッシャもまた、氷の力を使うたびに身体を震わせていた。
「……っ、まだ……!」
再び氷を生み出そうとする。
だが、指先に生まれた小さな氷の結晶は、形を保つこともできずに砕け散った。
「……どうして……!」
その瞬間、デルマの巨体が大きく身を捩った。
無数の触手が一斉に持ち上がり、凪谷とビオッシャの頭上を覆い尽くす。
「っ……まずい!!」
逃げ場がない。
二人が咄嗟に身構えた、その時――。
「――にいちゃぁぁぁん!!!!!」
聞き慣れた声が、瓦礫の向こうから響いた。
「……っ!?」
凪谷が振り返る。
崩れた大扉の向こうから、二丁の白い銃を構えた蛍が飛び込んできた。
――ダダダダダンッ!!
放たれた銃弾が、二人へ迫っていた触手に次々と命中する。
その直後。
「……邪魔だ」
低い声とともに、凄まじい炎が吹き荒れた。
――ゴオオオオオッ!!!!
アルヴァスの放った業火が、無数の触手を一気に焼き払っていく。
「アルヴァスさん……! 蛍……!!」
凪谷が驚きの声を上げる。
「にいちゃん! 無事!?」
「ああ……! なんとかな……!」
蛍がほっと息を吐いた、その時。
「あはーーーっ!! みんな見つけたーーー!!」
今度は頭上から、場違いなほど明るい声が響いた。
「……え?」
凪谷が見上げる。
崩れた城壁の上に、双剣を背負った優珠が立っていた。
その隣では、息を切らしたオニキスが膝に手をついている。
「はぁ……はぁ……っ! だから……速すぎるって……!」
「あはー! ごめんごめん!」
優珠は軽やかに笑うと、眼下に聳え立つ巨大なデルマへと視線を向けた。
「……って、うわぁ。なにあれ、でっかーい!」
「でっかーい、じゃないだろ!? あんなのどうやって倒すんだよ!!」
オニキスの悲鳴にも似た叫びが響く。
だが、優珠は楽しそうに双剣の柄へと手を伸ばした。
「んー、まあ……」
――シャキィンッ!!
青と白の美しい刀身が、月明かりを反射して煌めく。
「みんな揃ったんだし、なんとかなるんじゃない?」
優珠はにっと笑った。
その言葉に、凪谷は思わず苦笑する。
「……ったく。相変わらず呑気な奴だな……!」
しかし、その瞳には再び力強い光が宿っていた。
蛍、優珠、オニキス、アルヴァス。
そして、隣に立つビオッシャ。
絶望的だった戦場に、仲間たちが集結した。
「……みんな、ありがとう」
ビオッシャが小さく呟く。
その声を聞き、アルヴァスは静かに刀を構え直した。
「ビオッシャ。どうする?」
ビオッシャは一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。
「……ええ」
そして、巨大なデルマをまっすぐに見据える。
「――あの化け物を、ここで止めるわよ」
凪谷は刀を握り直し、力強く頷いた。
「ああ……! 今度こそ、全員で!!」
月明かりに照らされた崩壊寸前のヴェルグラード城。
巨大な怪物を前に、仲間たちはそれぞれの武器を構える。
絶望に呑まれかけていた戦場に、再び反撃の炎が灯り始めたのだった――。




