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REGRET。  作者: ひととせ
第4章︰氷の国“ヴェルグラード”

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絶望を穿つ光

挿絵(By みてみん)

――ゴオオオオオオッ!!!!


ヴェルグラード城を揺るがす、凄《すさ》まじい轟音《ごうおん》。


玉座の間の天井は完全に崩落《ほうらく》し、かつて豪華絢爛《ごうかけんらん》だった広間は、見る影もない瓦礫《がれき》の山と化していた。


その中心に聳え立つ(そびえたつ)のは、もはや人間の面影すら残していない巨大な異形。


ギブンだったもの――無数の魂を取り込み、異常な進化を遂《と》げたデルマだった。


その巨体からは何本もの禍々しい(まがまがしい)触手が伸び、表面には苦悶《くもん》の表情を浮かべる人々の顔が無数に浮かび上がっている。


「っ……くそっ! デカすぎんだろ……!!」


凪谷《なぎや》は崩れかけた柱を足場に跳び上がり、巨大なデルマの腕へと刀を振り下ろした。


――ガキィィンッ!!


鋭い金属音とともに、刃が硬質《こうしつ》な外殻《がいかく》に弾かれる。


「なっ……!?」


その一瞬の隙を狙うように、巨大な触手が凪谷《なぎや》めがけて振り下ろされた。


「凪谷《なぎや》くん! 避けて!!」


ビオッシャの叫びに反応し、凪谷《なぎや》は咄嗟《とっさ》に身を翻《ひるがえ》す。


直後、触手が石畳を叩き割った。


――ドゴォォォンッ!!


「ぐっ……!」


凄《すさ》まじい衝撃波に吹き飛ばされ、凪谷《なぎや》は瓦礫《がれき》の上を転がるようにして着地した。


「はぁ……はぁ……っ! なんつー馬鹿力だよ……!」


肩で息をしながら刀を構え直す。


一方、ビオッシャも銃剣を手に、巨大なデルマの周囲を駆け回っていた。


「……っ、これならどうかしら!」


彼女が銃口を向け、引き金を引く。


――ダンッ! ダンッ! ダンッ!!


放たれた弾丸はデルマの外殻《がいかく》に命中し、黒い破片を飛び散らせた。


しかし、傷ついた箇所は瞬《またた》く間に蠢《うごめ》き、元の形へと再生していく。


「……やっぱり、普通の攻撃じゃ埒が明かない(らちがあかない)わね」


ビオッシャは歯を食いしばり、巨大な怪物を見上げた。


その首元。


先ほどの戦闘で確認した、デルマの弱点である黒い核。


だが、巨大化した今、その位置は遥《はる》か頭上にあった。


「凪谷《なぎや》くん! あいつの核は首元よ! でも、このままじゃ届かない……!」


「分かってます……! けど、近づくだけでも精一杯だ……っ!」


二人の視線が交差する。


このまま戦い続けても、消耗《しょうもう》するのはこちらだけ。


圧倒的な質量と再生能力を前に、二人の攻撃はほとんど意味を成していなかった。


「……仕方ないわね」


ビオッシャは静かに息を吐き、銃剣を構え直した。


「凪谷《なぎや》くん、少しだけ時間を稼いでちょうだい」


「……? 何か策があるんですか!?」


「ええ。……成功するかは分からないけれど」


その言葉に、凪谷《なぎや》は一瞬だけ不安げな表情を浮かべた。


しかし、すぐに力強く頷《うなず》く。


「分かりました! 任せてください!!」


凪谷《なぎや》は再び刀を握り直し、デルマへと駆け出した。


「おらぁぁぁっ!! こっちだ、化け物!!」


凪谷《なぎや》の叫びに反応したデルマが、巨大な腕を振り上げる。


その隙に、ビオッシャは静かに両手を前へと突き出した。


「……お願い。今度こそ……!」


彼女の足元から、淡い青白い光が広がり始める。


空気が急激に冷え込み、周囲の瓦礫《がれき》に白い霜《しも》が降りていく。


――パキ……パキパキッ……!


石畳を這《は》うように氷の結晶が広がり、やがて無数の鋭い氷柱《ひょうちゅう》となって立ち上がった。


「……いけっ!!」


ビオッシャが両腕を振り上げた瞬間。


――ズガガガガガッ!!!!


地面から巨大な氷の槍が次々と突き出し、デルマの下半身を貫いた。


「グォォォォォッ!!?」


怪物が苦悶《くもん》の咆哮《ほうこう》を上げる。


氷柱《ひょうちゅう》はさらに伸び続け、巨大な両脚を拘束《こうそく》するように幾重《いくえ》にも絡みついていった。


「すげぇ……!!」


凪谷《なぎや》が思わず声を上げる。


しかし――。


「っ……!?」


ビオッシャの表情が突然歪んだ。


足元の氷が、不自然な音を立てて軋《きし》み始めたのだ。


「……え?」


――ピシッ。


氷柱《ひょうちゅう》の表面に、細かな亀裂《きれつ》が走る。


次の瞬間。


――バキバキバキバキッ!!!!


デルマを拘束《こうそく》していた氷が、内側から弾けるように粉砕《ふんさい》された。


それだけではない。


砕け散った氷の破片が、まるで意思を持ったかのように周囲へと暴れ始めたのだ。


「なっ……!?」


凪谷《なぎや》は咄嗟《とっさ》に刀を構え、飛来する氷片《ひょうへん》を弾き飛ばす。


「ビオッシャさん!? どうなってるんですか!!」


「っ……分からない……! また、制御が……!」


ビオッシャは必死に両手を握りしめる。


しかし、彼女の意思に反して冷気はさらに膨れ上がり、周囲の瓦礫《がれき》や崩れた柱を次々と凍りつかせていった。


「……止まって……っ!」


額に冷や汗が浮かぶ。


かつて母の死をきっかけに、国全体を巨大な氷壁で覆ってしまったあの日。


あの時と同じ、身体の奥底から溢れ出す制御不能な力。


「……っ、こんな時に……!」


ビオッシャは歯を食いしばり、必死に力を抑え込もうとする。


だが、その隙を巨大なデルマが見逃すはずもなかった。


「――グルルルルルッ!!」


氷の拘束《こうそく》を破った怪物が、巨大な腕を振り上げる。


その影が、ビオッシャの身体をすっぽりと覆い尽くした。


「ビオッシャさん!!」


凪谷《なぎや》が叫ぶ。


しかし、距離が遠い。


「くそっ……間に合わねぇ……!!」


巨大な腕が、容赦なく振り下ろされる。


――ドゴォォォォォンッ!!!!


凄《すさ》まじい衝撃とともに、白い粉塵《ふんじん》が舞い上がった。


「っ……!」


凪谷《なぎや》は目を見開く。


だが――。


「……あら?」


粉塵《ふんじん》の中から、ビオッシャの戸惑った声が聞こえた。


彼女の目の前には、巨大な氷の壁が聳え立って(そびえたって)いた。


咄嗟《とっさ》に自分で作り出したものだった。


しかし、その氷壁は怪物の一撃を受け止めた代償《だいしょう》として、無数の亀裂《きれつ》が走っていた。


「……っ、危なかった……」


ビオッシャは荒い息を吐きながら、ふらつく身体を支える。


「はぁ……はぁ……っ」


凪谷《なぎや》もまた、膝に手をつきながら呼吸を整えていた。


二人とも、すでに限界が近づいていた。


「……ビオッシャさん、大丈夫ですか……?」


「ええ……なんとかね。でも……」


ビオッシャは巨大なデルマを見上げる。


先ほどまでの攻撃で負わせた傷は、すでにほとんど再生していた。


「……このままじゃ、私たちが先に倒れるわ」


凪谷《なぎや》は悔しそうに唇を噛みしめた。


「っ……くそ……!」


その時だった。


――ドォォォォンッ!!!!


城の外壁が大きく崩れ落ちる。


その轟音《ごうおん》は、ヴェルグラード城の至る所に響き渡っていた。


◇


「っ……!? 今の音……!!」


城内の廊下を走っていた蛍《けい》が、突然足を止めた。


その隣にいたアルヴァスも、鋭い視線を天井へと向ける。


――ゴゴゴゴゴ……ッ!!


天井から細かな石片《せきへん》が降り注ぎ、足元の床が不気味に震えていた。


「……城の中心部か」


アルヴァスが低く呟く。


「にいちゃんたちがいる方だよね……!?」


蛍《けい》は不安そうに顔を上げた。


アルヴァスは短く頷《うなず》く。


「ああ。……急ぐぞ」


「うん!!」


二人は再び廊下を駆け出した。


◇


一方、城の外壁付近。


「うわぁぁぁっ!? なんだよ今の音!!」


オニキスが突然の轟音《ごうおん》に飛び上がった。


その隣では、優珠《ゆうじゅ》が崩れた城の一角を見上げていた。


「……あはー」


いつもの呑気《のんき》な声。


しかし、その表情からは笑みが消えていた。


「……これ、ちょっとまずいかもね」


「ちょっとどころじゃないだろ!? 城が崩れてるんだぞ!!」


オニキスが叫ぶ。


優珠《ゆうじゅ》はその言葉に答えず、じっと城の中心部を見つめていた。


やがて、にっと笑う。


「よーし! オニキス、行くよ!!」


「えっ!? どこに!?」


「決まってるじゃん! 凪谷《なぎや》たちのところ!」


そう言い終えるやいなや、優珠《ゆうじゅ》は勢いよく駆け出した。


「ちょっ、待ってよ優珠《ゆうじゅ》ーーー!!」


オニキスも慌ててその後を追う。


◇


――ズドォォォォンッ!!


玉座の間では、なおも激しい戦闘が続いていた。


「ぐっ……!」


凪谷《なぎや》は巨大な触手の一撃を辛うじて(かろうじて)かわし、崩れた石柱《せきちゅう》の陰へと飛び込んだ。


しかし、その表情には明らかな疲労が滲《にじ》んでいる。


「はぁ……はぁ……っ! くそ……!」


ビオッシャもまた、氷の力を使うたびに身体を震わせていた。


「……っ、まだ……!」


再び氷を生み出そうとする。


だが、指先に生まれた小さな氷の結晶は、形を保つこともできずに砕け散った。


「……どうして……!」


その瞬間、デルマの巨体が大きく身を捩《よじ》った。


無数の触手が一斉に持ち上がり、凪谷《なぎや》とビオッシャの頭上を覆い尽くす。


「っ……まずい!!」


逃げ場がない。


二人が咄嗟《とっさ》に身構えた、その時――。


「――にいちゃぁぁぁん!!!!!」


聞き慣れた声が、瓦礫《がれき》の向こうから響いた。


「……っ!?」


凪谷《なぎや》が振り返る。


崩れた大扉の向こうから、二丁の白い銃を構えた蛍《けい》が飛び込んできた。


――ダダダダダンッ!!


放たれた銃弾が、二人へ迫っていた触手に次々と命中する。


その直後。


「……邪魔だ」


低い声とともに、凄《すさ》まじい炎が吹き荒れた。


――ゴオオオオオッ!!!!


アルヴァスの放った業火《ごうか》が、無数の触手を一気に焼き払っていく。


「アルヴァスさん……! 蛍《けい》……!!」


凪谷《なぎや》が驚きの声を上げる。


「にいちゃん! 無事!?」


「ああ……! なんとかな……!」


蛍《けい》がほっと息を吐いた、その時。


「あはーーーっ!! みんな見つけたーーー!!」


今度は頭上から、場違いなほど明るい声が響いた。


「……え?」


凪谷《なぎや》が見上げる。


崩れた城壁の上に、双剣を背負った優珠《ゆうじゅ》が立っていた。


その隣では、息を切らしたオニキスが膝に手をついている。


「はぁ……はぁ……っ! だから……速すぎるって……!」


「あはー! ごめんごめん!」


優珠《ゆうじゅ》は軽やかに笑うと、眼下《がんか》に聳え立つ(そびえたつ)巨大なデルマへと視線を向けた。


「……って、うわぁ。なにあれ、でっかーい!」


「でっかーい、じゃないだろ!? あんなのどうやって倒すんだよ!!」


オニキスの悲鳴にも似た叫びが響く。


だが、優珠《ゆうじゅ》は楽しそうに双剣の柄《つか》へと手を伸ばした。


「んー、まあ……」


――シャキィンッ!!


青と白の美しい刀身が、月明かりを反射して煌《きら》めく。


「みんな揃ったんだし、なんとかなるんじゃない?」


優珠《ゆうじゅ》はにっと笑った。


その言葉に、凪谷《なぎや》は思わず苦笑する。


「……ったく。相変わらず呑気《のんき》な奴だな……!」


しかし、その瞳には再び力強い光が宿っていた。


蛍《けい》、優珠《ゆうじゅ》、オニキス、アルヴァス。


そして、隣に立つビオッシャ。


絶望的だった戦場に、仲間たちが集結《しゅうけつ》した。


「……みんな、ありがとう」


ビオッシャが小さく呟く。


その声を聞き、アルヴァスは静かに刀を構え直した。


「ビオッシャ。どうする?」


ビオッシャは一瞬だけ目を見開き、それから静かに微笑んだ。


「……ええ」


そして、巨大なデルマをまっすぐに見据える。


「――あの化け物を、ここで止めるわよ」


凪谷《なぎや》は刀を握り直し、力強く頷《うなず》いた。


「ああ……! 今度こそ、全員で!!」


月明かりに照らされた崩壊寸前のヴェルグラード城。


巨大な怪物を前に、仲間たちはそれぞれの武器を構える。


絶望に呑まれかけていた戦場に、再び反撃の炎が灯り始めたのだった――。


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