王座の間の対峙
城の最深部を目指し、ビオッシャたちは静まり返った重厚な廊下を慎重に進んでいた。
やがて目の前に現れたのは、かつて国の中心であった玉座の間へと続く巨大な大扉だった。
「ここよ」
ビオッシャが低く呟き、警戒を露わにしながら右手を扉にかける。
この向こうで何が待ち構えているのか――胸の鼓動が高鳴るのを感じながら、ビオッシャは力強く扉を押し開けた。
広大な玉座の間へと、冷たく重苦しい空気が流れ込んでいく。
天井まで届く高いアーチ、かつての栄華を思わせる荘厳な装飾。
その空間の真ん中――整然と敷き詰められた石畳の上に、不敵な笑みを浮かべた一人の人物が静かに佇んでいた。
「案外早かったな。」
静かに、しかしよく通る声が玉座の間に響く。
そこに立っていたのは、冷徹な雰囲気を纏うローレンだった。
彼は自身の気配を静かに研ぎ澄ませながら、真っ直ぐにビオッシャたちを見据えている。
「ローレン……!」
ビオッシャは足を止め、臨戦態勢を取りながら鋭い視線を向けた。
ローレンは不敵な笑みを口元に浮かべたまま、ゆっくりと肩をすくめて言い放つ。
「だが残念、『START。』はここにはないぜ」
仲間を揺さぶるかのようなローレンの言葉。しかし、隣に立つ凪谷は微塵も動揺を見せず、鼻で笑うように吐き捨てた。
「別にかまわねぇよ。蛍か優珠なら見つけるだろうし」
背中を預ける仲間たちへの絶対的な信頼。その言葉に気圧されることなく、ビオッシャはローレンを真っ直ぐに見据え、静かな、しかし確かな怒りを込めて問いかけた。
「一応聞くけれど、貴方達はロゼオ神話を使って何をしようとしているの?」
核心を突くビオッシャの問いに対し、ローレンは首を軽く横に振り、白々《しらじら》しく肩をすくめてみせた。
「さあねぇ、何のことだかさっぱり分からないな。俺はただの使いっ走りなんでね」
語る気のないローレンの露骨なとぼけに、ビオッシャも凪谷も「……だろうな」と言わんばかりの呆れた視線を向ける。端から期待などしていなかったといった様子で、ビオッシャはすぐさま次の問いを投げかけた。
「なら、ギブンはどこにいるの?」
その鋭い問いに、ローレンが薄笑いを浮かべたまま口を開こうとした――その瞬間。
「私ならここだよ。おかえり、ビオッシャ」
ローレンの言葉を遮るように、玉座の奥の暗がりから、どこか甘やかで冷徹な声が響き渡った。
静寂に包まれた広間に、その声がゆったりと残響する。
ゆっくりと足音を立てて姿を現したのは――薄笑いを浮かべるギブンの姿だった。
「そ、……そんなっ」
ビオッシャはその姿を目にした瞬間、喉を詰まらせ、言葉を失った。顔からは一瞬で血の気が引き、瞳が大きく見開かれる。
「はっ……? なんだあれ……」
酷く驚いている2人とは対照的にラピスラズリとローレンは静かにギブンを見ていた。
「ビオッシャ……? どうしたの……?」
そのあまりの驚きようにラピスラズリは背後からビオッシャを覗き込む。
二人の動揺を余所に、ギブンは優雅に微笑みを浮かべ、薄恐ろしいほど穏やかな声で問いかけてきた。
「おや、しばらく会わないうちに私の顔を忘れてしまったのかい?」
ビオッシャは震える声で、目の前の脅威を無視し、ローレンへと問いを叩きつける。
「何故……何故こいつと手を組んだの!?」
問いかけられたローレンは、ビオッシャたちの尋常でない雰囲気を訝しみつつも、鼻で笑うように吐き捨てた。
「はぁ? そんなの目的が一致したってだけの話だろ? なぁ、国王サマよ」
ローレンが軽薄な笑みを浮かべ、ギブンへと同意を求めた――その次の瞬間だった。
「あぁ、よくやったよローレン。私の前にフィアンマが2人も……!!」
歓喜に満ちたギブンの言葉が響き渡ると同時に、激しい肉を断つ凄惨な音が玉座の間に響き渡った。
――グシャッ……ッ!!!!
「かはっ……!? ……っ! な……」
ローレンの顔から一瞬で余裕が吹き飛んだ。
彼の背後から密着するように忍び寄ったギブンが、酷薄な笑みを浮かべながらローレンの首元に顔を寄せる。その瞬間、棘のような結晶と骨のように禍々しい触手が、ローレンの背中から腹部へと容赦なく突き破っていた。
赤髪を振り乱し、血の混じった喘鳴を漏らしながら絶叫するローレン。腹部の肉は無残に裂け、ドス黒い鮮血がドッと溢れ出して石畳を濡らしていく。
周囲には晶氷のような不気味な波動が蠢き、その内側には苦悶の表情で叫び声を上げる無数の犠牲者たちの顔が浮かび上がっていた。
「が、……あぁッ……! ギ、ブン……貴様……ッ!」
血を吐きながら虚空へ手を伸ばし、激痛と裏切りに苦悶するローレン。
彼の耳元で、ギブンは狂気に満ちた笑みを深め、囁くように歪んだ愉悦を噛み締めていた。
突如として目の前で繰り広げられたあまりにも残虐な惨劇に、ビオッシャたちの息が完全に止まった――。




