囚われの真相と緑の閃光
「――知らない人にここに連れてこられて、僕以外はみんなデルマに食べられたんだ」
地下牢郭の冷たい石壁に囲まれた空間で、救い出した子供が怯えながら語った言葉に、蛍は困惑の色を濃くした。
「――なんで、そんなこと……?」
子どもや大人までをもあんな怪物たちの餌食にするなんて、一体何の意味があるのか。蛍が疑問の声を漏らした瞬間、アルヴァスは険しい顔つきのまま、冷ややかな声で言い放った。
「デルマは、人間を食えば食うほど強くなる」
「っ……!」
アルヴァスの言葉に、蛍は息を呑んだ。
人間の魂を喰らうことで、あの禍々しい怪物は際限なく力を増していく。ギブンたちは、街からさらってきた人々をあの3m級のデルマの養分にしていたのだ。
静まり返った地下廊。先ほど戦ったようなデルマの不気味な気配は、もうどこからも感じられない。しかし、アルヴァスの表情は険しいままだった。
「そんなっ、なんでギブンはそんなことを……! 人の命をなんだと思ってるんだ……!」
「蛍、急ぐぞ。早くビオッシャと合流しよう」
二人は早足で子供を安全な城門付近まで送り届け、外の見張り衛兵に無事保護されたのを見届けると、意を決したように踵を返した。
「よし、行くぞ!」
「はい!」
二人が城の内部へと駆け戻り、廊下を疾走し始めた――その時だった。
―――ゴォォォォンッ!!!!
城の最深部、ビオッシャたちが向かったはずの玉座の間がある方角から、空気を揺るがすほどの凄まじい爆発音と轟音が鳴り響いた。
「っ……!? なんだいまの音……!?」
衝撃波で城の壁や天井がビリビリと震え、蛍がとっさに足を止めて身構える。
アルヴァスは轟音が聞こえた城の中心部を見上げると、その瞳に冷たい危機感を走らせた。
「あそこは玉座の間……!」
「玉座の間から……!? アルヴァスさん、急ごう!」
嫌な予感は的中した。ギブンたちの本拠地であろう城の中心、玉座の間で、すでに激しい戦闘が始まっているのは確実だった。
二人は顔を見合わせると、衝撃音が残響する城の廊下を、玉座の間を目指してさらに速度を上げて駆け出していった――。
◇
場面は変わり、静まり返った図書資料室――。
開かれた窓から夜風が吹き込み、外からは優珠とヴェルナーが繰り広げる激しい戦闘音が遠く届いていた。
しかし、オニキスの意識は完全に現実の喧騒から切り離されていた。
静かに閉じられた彼の双眸は、瞼の裏で淡く澄んだ緑色の光を煌々と宿している。
彼のギフト「完全記憶」。
一度見聞きした光景や情報を、一塵の狂いもなく脳内の書庫に刻み込み、完璧に再生する能力。
(一通り見回したときの棚の記憶……本の本棚の位置、背表紙の傾き、ホコリの乱れ……空間のすべてがここにある)
オニキスの脳裏に、この広大な資料室に足を踏み入れてからの光景が寸分違わず再生されていく。
(ヴェルナーが持っていた『START。』。優珠さんが手を伸ばした一瞬……手元で黒煙になって消えた。あいつのギフトでこの資料室のどれかと入れ替えられたんだ)
完全記憶の能力は、わずかな「違和感」すら許さない。
ヴェルナーがどんなに自然に紛れ込ませたつもりでも、オニキスの脳内にある「入室した瞬間の部屋の完璧なデータ」と、現在の景色の間に生じた「ほんの小さなズレ」を、彼の頭脳は一瞬で炙り出した。
オニキスはゆっくりと目を開けた。
視線は、無数に立ち並ぶ本棚の波を通り抜け、一直線に部屋の北側にある歴史書の棚へと注がれた。
「……見つけた」
オニキスは迷いのない足取りでその書棚へと歩み寄り、ほんの数ミリだけ手前に押し出された一冊の古書へと手を伸ばした。
指先がその表紙に触れた――その瞬間。
オニキスの指先から広がった光とともに、本の表紙がたちまち紫がかった黒煙となって揺らめき、消え去っていった。
ヴェルナーのギフトによる偽装が剥ぎ取られ、手の中に残されたのは――冷たく確かな重みを伴った、あの元の『START。』だった。
「……やっぱり、これだ」
オニキスは本物の『START。』をしっかりと抱え直すと、割れた窓際へと一気に駆け寄った。
そして、宙で激しい攻防を繰り広げている二人に向かって、胸の底から声を張り上げた。
「優珠! 『START。』あったぞ――っ!!」
その叫び声は、夜の静寂を切り裂いて夜空へと響き渡った。
「――えっ!?」
「何……!?」
直前まで苛烈な拳と杖を交えていた優珠とヴェルナーが、弾かれたように動きを止め、驚愕の表情で同時にオニキスの方へと視線を向けた。
ヴェルナーの余裕に満ちていた金色の瞳が、信じられないものを見たかのように大きく見開かれる。あの膨大な書物の中から、自分が極限の一瞬で隠した本物を、僅か数分で見破られるなど計算外も極まりなかった。
そして優珠もまた、ぱちくりと目を丸くさせた後、すぐに「あはっ!」と満面の笑みを浮かべた。
しかし――二人が驚きに包まれたまさにその刹那。
―――ゴォォォォォォンッ!!!!
城の最深部、玉座の間がある方角から、先ほどを遥かに凌ぐスケールの凄まじい大轟音が再び鳴り響いた。
衝撃波が夜気を激しく揺らし、城の巨大な外壁にメキメキと亀裂が入っていく。
「っ……!?」
『START。』を掲げたオニキスも、窓の外の優珠とヴェルナーも、そして廊下を疾走していたアルヴァスと蛍も、全員が息を呑んで城の中心部を見上げた。
本格的な決戦の火蓋が、ついに切って落とされたのだった――。




