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REGRET。  作者: ひととせ
第4章︰氷の国“ヴェルグラード”

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START。の行方

挿絵(By みてみん)

目的の場所へ向かい、二人は城内の静まり返った廊下を慎重に進んでいた。


「資料室…もうすぐかな」


「多分ね~、何か面白い手がかりがあるといいね」


優珠《ゆうじゅ》が軽い足取りで前を進むため、オニキスは小走りで後を追う。


やがて突き当たりに見えてきた重厚な木製の扉を押し開けると、そこは天井まで届く巨大な本棚が幾重《いくえ》にも立ち並ぶ、広大な図書資料室だった。


「うわぁ……すごい資料の数……!」


壁一面を埋め尽くす古書や羊皮紙《ようひし》の山に、オニキスは圧倒されて思わず声を漏らした。


二人は一通り部屋の中を探索し、ギブンの企みや城の異変に関する資料がないか探し回った。しかし、棚に並んでいるのは過去の歴史書や古い記録ばかりで、手がかりになりそうなものは見当たらない。


「うーん、ここには何もないな。……優珠《ゆうじゅ》、次に行く?」


徒労《とろう》に終わり、オニキスが肩を落として部屋から出ようと扉へ向かった、その時だった。


「そろそろ出てきたらいいのに」


背後から、優珠《ゆうじゅ》の軽やかでどこか楽しげな声が響いた。


「え……?」


誰に話しかけているのか分からず、オニキスはビクッと体を震わせて足を止めた。周囲には自分と優珠《ゆうじゅ》の二人しかいないはずだ。


次の瞬間――部屋の奥、月光が差し込む大きな窓際のカーテンの影から、するりと一人の男が姿を現した。


つばの広い黒い帽子を目深《まぶか》にかぶり、繊細なクリスタルや紫の花、鎖飾りが揺れる漆黒《しっこく》のローブを纏った(まとった)男。その手には、紫色の結晶と花が装飾された長大な杖が握られている。


「驚きましたよ。僕に気がつくなんて、貴方何者ですか?」


窓際から姿を現した男は、つばの広い帽子の奥から金色の瞳を光らせ、優珠《ゆうじゅ》をじっと見つめながら問うた。その声は静かで、どこか浮世離れ(うきよばなれ)した響きを帯びている。


それに対し、優珠《ゆうじゅ》は全く動じる様子もなく、にこりと可愛らしく微笑んだ。


「さっきアジトで会ったじゃん」


悪びれる風もなく、至極《しごく》当然といった口調で答える優珠《ゆうじゅ》。


その答えに男は一瞬だけ驚いたような表情を浮かべたが、すぐに胸に手を当てて恭しく(うやうやしく)頭を下げた。


「お初お目にかかります。ヴェルナー・アイゼンベルクと申します」


「それでさっきあたし達からSTART。(スタート)持っていったのは貴方だよね? 返しに来てくれたの?」


優珠《ゆうじゅ》は少しも身構える風もなく、首をちょこんと傾げながら問いかけた。


「えぇ、START。(スタート)ならここに」


そう答えたヴェルナーの手元には、いつの間にか『START。(スタート)』が握られていた。


「僕、戦闘はあまり得意ではなくて。提案なのですが手を組みませんか? 私の目的はこの中身。教えていただけるなら本はお返しいたします」


「ふーん、オニキス、どうする?」


突然振られたオニキスは戸惑いながらも、ヴェルナーに問いただす。


「どうって、……それを知ってどうするんだよ」


「ふふっ、それは答えられません」


「なっ、…!」


不誠実な返しにオニキスが思わず声を荒らげた瞬間、優珠《ゆうじゅ》が「あはーっ」と軽やかな笑い声を上げた。


「まぁさっきは無理やり取られちゃったし、今度はこっちからやってもいいよね!」


言葉が終わるか終わらないかの刹那《せつな》、優珠《ゆうじゅ》が瞬時に飛びかかり、ヴェルナーの手元の本へと手を伸ばす。


しかし、その手は虚《むな》しく空を切った。


優珠《ゆうじゅ》の手が触れた瞬間、そこにあった本は黒煙《こくえん》となって消えてしまったのだった。


「ふふっ、いつ、本が入れ替わったか分かりますか?」


ヴェルナーは涼しい顔で尋ねる。


「そのギフト、厄介《やっかい》だね」


「えぇ、僕のギフトとっても便利なんです」


ヴェルナーは手に持った杖を軽やかに揺らしながら、余裕の笑みを浮かべて見下ろしていた。


「へえ、なら――これも避けてみなよ!」


次の瞬間、優珠《ゆうじゅ》の周囲から溢れ出た激しい衝撃と圧力が爆発的に弾けた。優珠《ゆうじゅ》は間髪《かんはつ》入れずに踏み込むと、ヴェルナーの体ごと、その手に握られた大杖ごと、容赦なく資料室の巨大な窓へと叩きつけるように弾き飛ばした。


鋭い破壊音と共に窓ガラスが粉々に砕け散り、ヴェルナーの身体は外の空中へと一気に投げ出される。


優珠《ゆうじゅ》は躊躇《ちゅうちょ》することなく、割れた窓枠からそのまま外へと飛び出し、宙で体勢を立て直しようとするヴェルナーへ向けて激しい追撃を仕掛けていった。


ガラスの破片がキラキラと夜風に舞う中、二人の激戦の音は遠ざかっていく。


静まり返った資料室に取り残されたオニキスは、開いたままの窓から勢いよく吹き込んでくる風を感じながら、ぽつりと呟いた。


「……木を隠すなら、森の中……」


外からは、優珠《ゆうじゅ》とヴェルナーが繰り広げる激しい戦闘の振動と衝撃音が遠く届いている。しかし、オニキスの意識は目の前の空間へと集中していた。


周囲を見渡せば、天井にまで達する無数の本棚。そこを隙間なく埋め尽くしているのは、何千、何万冊もの膨大な書物の山だ。


ヴェルナーは言った――『いつ、本が入れ替わったか分かりますか?』と。


そして優珠《ゆうじゅ》が手を伸ばした瞬間、手元にあった『START。(スタート)』は黒煙《こくえん》となって消えた。


あいつは、本物の『START。(スタート)』を最初から手元に持ち続けていたわけじゃない。


もし、あの黒煙《こくえん》が本を入れ替えるための目くらましだったとしたら……。そして、ヴェルナーがわざわざこの資料室に姿を現したことにも意味があるのだとしたら――。


「……それなら……」


オニキスは静かに目を閉じ、先程一通り見回したはずの膨大な書棚《しょだな》の配列を脳内で辿って(たどって)いく。


その瞳は、確かな確信の色を帯びて淡く緑に光っていた。


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