雪塵の追走
強烈な吹雪が地表を叩きつけ、視界を一瞬で白銀の闇へと飲み込んでいく。
ヴェルグラードの国境を隔てる巨大な城門の影に、身を潜める人影があった。
「ヒ、ヒエッ……! なにこの寒さ……息をするだけで肺が凍りそうだよ……っ」
蛍が両腕を抱えてガタガタと震える。優珠も寒さに息を吐き出しながら、冷たくなった自分の頬を両手で叩いた。
「すごい吹雪……でも、こんなに警備が厳重そうな城門を、本当にそのまま通れるの?」
オニキスが吹雪の合間から城門を見上げて不安げに呟く。その言葉に応えたのは、一行の先頭に立つビオッシャだった。
「大丈夫よ」
ビオッシャが闇に向かって静かに口笛を鳴らすと、重厚な城門の脇にある小さな通用口がキシキシと音を立てて開き、ランタンを掲げた一人の兵士が身を乗り出してきた。
「――ビオッシャ様!」
兵士は周囲を素早く警戒すると、手招きをして一行を速やかに城門の内側へと引き入れた。そのまま潜入を成功させると、兵士は胸に手を当てて深く頭を下げる。
「ご無事で何よりです……! この時間帯のこの門は、私と同志たちで警備を固めております」
「感謝するわ、ありがとう」
ビオッシャは短く礼を言うと、探るような鋭い視線を兵士へ向けた。
「……それで、最近の様子はどう?」
ビオッシャの問いかけに、兵士は痛ましそうに顔を歪め、声を潜めて語り始めた。
「……状況は以前よりさらに悪化しております。ここ最近は特に『行方不明者』の数が跳ね上がっており、住民がまるで見えざる手に連れ去られるように次々と消えているのです。そればかりか、ここ最近では城の門までもが固く閉ざされてしまいました。我々との連絡も、ギブンの配下の数名が伝令を言いに来るばかりで……城の中が今どうなっているのかさえ判りません」
ビオッシャの青い瞳が冷たく澄み渡り、静かな怒りが宿る。
「情報助かったわ。あなたたちも無理はしないで」
兵士に見送られ、一行は吹雪に紛れながら、街の影を潜め抜けてまっすぐ中心部にそびえ立つヴェルグラード城を目指した。
道中、街並みは不気味なほどに静まり返り、固く扉を閉ざした家々の隙間から時折、ただ吹雪の慟哭だけが響いてくる。行方不明者の急増とギブンの冷酷な支配が、国全体を死に近い沈黙で覆い尽くしていた。
「急ぎましょう。奪われた【START。】も、今この国で起こっている何かも、すべてあの城にあるわ」
ビオッシャを先頭に、一同は足音を殺して城の周囲を囲む重厚な外壁へと取り付いた。
かつてビオッシャ自身が育ち、そして追われた因縁の居城。天を衝く氷の塔の頂からは、禍々しく重苦しい気配が溢れ出していた。
暗がりを通り抜け、城の隠し通路へと侵入を果たした一行は、物陰に身を潜めて気配を殺す。寒々とした石造りの廊下には、見張り兵の足音だけが規則的に響いていた。
「……ここから先は三手に分かれて動きましょう」
ビオッシャが低い声で切り出した。全員の視線が集中する。
「城は広すぎるわ。全員で乗り込めば目立ちすぎるし、効率も悪い。目的はふたつ――奪われた【START。】の捜索、そしてギブンとルクス・ヴィアの居場所よ」
ビオッシャは一同を見渡し、てきぱきと班分けを告げた。
「私と凪谷、ラピスラズリはギブンの座す本殿・玉座の間方面を探りましょう」
「わかった。任せてくれ」
凪谷が短く頷く。ビオッシャは続けて視線を動かした。
「優珠とオニキスは西側の資料室と宝物庫エリアを」
「はーい、まかせて~! オニキス、頑張ろ~ね!」
「う、うん! っていうか僕たち二人で大丈夫なのかなぁ……」
優珠に軽快に肩を叩かれ、オニキスがオドオドと首をすくめる。
そしてビオッシャは最後に、厳格な巨躯――アルヴァスへ視線を向けた。
「アルヴァス、あなたは蛍と一緒に東側の地下牢郭と研究区域を探りなさい。行方不明者の手がかりがあるとしたらそこじゃないかしら」
その命令を聞いた瞬間、アルヴァスは眉をぴくりと動かした。
主であるビオッシャの傍を離れ、年若い蛍と行動を共にする指示――アルヴァスの表情に、何か言いたげな不満が浮かび上がる。
アルヴァスは一瞬口を開きかけた。
だが、ビオッシャの青い瞳に宿る一切の妥協を許さない強い眼差しを前にすると、彼はそれ以上何も言えず、ぐっと言葉を飲み込んだ。ビオッシャの命は絶対だ。
「…………わかった。だが絶対に怪我をするなよ」
アルヴァスは深く頭を下げ、黙ってその命令に従った。
「ごめんねアルヴァスさん、足引っ張らないように頑張るから……!」
「……あぁ、俺より先には行くなよ」
「みんな、ギブンやローレンに遭遇したら一旦逃げて構わないわ。お互い連絡は取れないけれど、蛍の呼んだ鳥達が何かあったら教えてくれるわ。くれぐれも慎重にね」
「よし。みんなお願いね」
蛍のギフトの能力で協力者になった小鳥達が、蛍、凪谷、オニキスの頭にそれぞれ乗っかった。そして三手に分かれた一行は、それぞれの目的地を目指して城の暗がりの中へと散っていった。




