記憶の残影
「これは憶測でしかないけれど、……あの日、お母様は弟であるギブンに、自分が持つフィアンマの力を娘である私に継承すると伝えたんじゃないかしら」
静寂の中、ビオッシャの声だけが淡々と地下の室内に響いていた。回想から戻った彼女の眼差しは、どこか遠くを見つめている。
「けれど……その力を欲していたギブンは、それを聞いて激高して、そしてそのままお母様を……その手で殺めてしまった」
ビオッシャの淡々とした口調とは裏腹に、明かされた残酷な真実に蛍や凪谷たちは息を呑む。
「でもフィアンマの力は私に継承されてしまった」
真実を聞き終えたオニキスは、顔を蒼白にさせながら息をのんだ。
「そんな……じゃあ、ヴェルグラード王ギブンは力を奪うために実の姉を……しかもその罪をビオッシャさんに被せて……」
「少なくとも、あの日お母さまと2人きりになったのはギブンしかいないし。そしてお母さまは亡くなった。このことは事実よ」
絶望的な内容に言葉を詰まらせるオニキスだったが、その脳裏にひとつの疑問と、確信めいた推測が浮かび上がる。
「……もし、まだフィアンマの力を諦めていないとしたら……、今もヴェルグラードを覆っているあの巨大な氷壁……あれは、ビオッシャさんが流した涙と目覚めた力によって作り出されたものですよね。そして、あれは未だに溶けることなく健在……」
オニキスは緑の瞳を強く見開き、ビオッシャを直視した。
「それって……『ビオッシャさんが生きている』という決定的な証拠になりませんか……?」
オニキスの言葉を受け、ビオッシャはわずかに目を細めて冷ややかな笑みを浮かべた。
「えぇ、オニキス。あなたの言う通り。ギブンは、この力を奪うために私とメモリーブックを探しているわ」
さらにビオッシャは視線を落とし、一同へ告げる。
「しかも、ここに来て『聖痕の旅路』の連中も、このメモリーブックと、それを読めるメモリストを狙っているなんて」
「うん……?」
雰囲気が重くなる中、優珠が素朴な疑問を口にした。
「でもそのメモリーブックには、肝心の『力の使い方』は書いてなかったんだよね? だったら、手に入れても意味ないんじゃ……?」
優珠のまっすぐな問いに、ビオッシャはふっと小さく息を漏らした。
「そうね。私もなにかの手がかりがあると思っていたけど……確かに【FROST。】自体には具体的な手順までは記されていなかったわ。けれど、そこに記されたロゼオの目的地……『東の大地の果て』、あとここにないロゼオ神話のメモリーブックを探し出せば何か情報があるはずよ」
ビオッシャは力強い瞳で全員を見回した。
「特にオニキス、貴方はこのメモリーブックが読めた。おそらくこの世界で唯一のメモリスト。目的が分からない『聖痕の旅路』、そしてギブンなんかには絶対に渡してはいけない」
オニキスはゴクリと音をたてて唾を飲み込んだ。
「なんで僕が……メモリーブックだってこんなに薄っぺらいのに……」
その小さなつぶやきに、ビオッシャの傍らに控えているラピスラズリが反応する。
「ねぇオニキスくん、君は今【FROST。】を文字で読んでいるんだよね?」
「えっ、は、はい」
「それは本来のメモリーブックの読み方じゃないんだ。君も知ってるね?」
ラピスラズリの言葉にオニキスは俯き、凪谷と蛍と優珠は頭に疑問符を浮かべた。
「ふふっ、まぁ実際に体験した方がいいよね」
ゆっくりとした動きで、ラピスラズリが凪谷に近づいた。そして細い指をそっとおでこにあてると。
「っ!?」
凪谷の視界が一瞬にして炎と喧騒に包まれた世界へと変化した。
そしてそこには幾人もの兵士から逃げるアルヴァスとラピスラズリ、そして幼き日のビオッシャ。
突然の情報量に凪谷は思わずふらついてしまう。
「おっと、突然ごめんね凪谷くん。どうだい? メモリストが嘘をかけないと言われる理由がわかったかい?」
「なんだこれ……映像とかじゃねぇ、匂いも、熱も感じた。本当にそこにいるみたいに……」
「そう、僕たちメモリストが本に記すのは記憶そのもの。瞳の色で変わるのはその情報量さ。おそらくアイドクレースが残したメモリーブックも本来は文字ではなく記憶として中身を見るものじゃないかな」
「僕には全てを見れる力はないという事ですよね……どうしたら……」
「ふふっ、焦る必要は無い。何せ僕なんかその本の文字すら読めなかったんだ。きっと、君の力にはまだ先があるんじゃないかな」
「僕の……力の先……?」
「うん。君にはアイドクレースの血が流れているんだ。何もおかしな事じゃない、これからゆっくり力の使い方を探していけばいいさ」
「はい。……ありがとうございます」
オニキスの表情に微かな希望が戻るのを見て、凪谷はぐっと拳を握り締め、力強い眼差しで一同を見回した。
「俺たちは元々ロゼオに憧れて旅に出たんだ。フィアンマの事も、協力させてほしい」
ビオッシャたちの抱える壮絶な過去や、自分たちを狙う謎の組織の存在。様々な思惑が交差する中で、凪谷は蛍へと静かに視線を向けた。
双子の視線が交差する。
言葉はなくても、互いの想いはしっかりと通じ合っていた。凪谷はまっすぐな目で力強く一度だけ頷いてみせる。
その静かな肯定に背中を押された蛍は、意を決して鞄から一冊の古びた本を取り出した。
そしてふたりで深く頷き合うと、みんなの目の前――テーブルの中央へ、そっとそれを置いた。
『――【START。】』




