別れ
「にいちゃーん! 見て見て、獲物取ったよ!」
「おお! すげぇ! お前、弓の腕は本当凄いよな!」
森の中から、顔くらいの大きさの鳥を片手に姿を現した蛍。凪谷はその姿にとても驚いた様子で駆け寄る。
「へへ。お兄ちゃんには剣も文学も敵わないけど、これなら少しは役に立てるでしょ」
「そうだな! 俺もお前も、もっと頑張ろうな!」
「うん! ところで兄ちゃん、何をしてたの?」
蛍は凪谷の足元の土を見ながら呟いた。そこには、何やら服のようなものがいくつか描かれていた。
「いや、旅に出る時にどんな服装にしようか考えてたんだ。俺はこういう旅装束がいいんだけど、蛍にはこっちの動きやすい服の方が似合うなと思ってさ」
「服かぁ、全然気にしてなかったけど、『お揃いの仲間!』って感じのが良いよね!」
「そうだろ! 色とかも同じにしたいよな」
気の早い会話である。しかし2人にとっては、とても真剣で楽しい未来の話だった。
◆◇◆◇◆◇◆
「まぁ、大熊がこの当たりに出たって?」
小春は、今日採れたリンゴを集落の皆へ配って回っていた。すると、村の女性達が集まって何やら熊の話題でヒソヒソと話し込んでいる。
「ええ、何でも村の男衆が退治に行っているみたいだけど……」
「森の外に出るまでの看板も引っ掻き回されてるらしいわ。だから子供たちには、絶対に森の中に入っては行けないって言い聞かせてるの」
「それは危ないわね。うちの子たち、今朝早くから狩りに出かけてしまっているの。呼び戻しに行ってきますね」
いてもたってもいられず、小春は家へと急いだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「よし、今日の晩飯は豪華だな!」
「うん! お肉いっぱいだね!」
先ほどの鳥に加え、さらに小ぶりの鹿まで仕留めた双子は、上機嫌で帰路についていた。
「ん? あれ、母さんじゃない?」
蛍が遠くの人影を見つけてそう呟く。
「蛍! 凪谷!!」
「母さん! 見てくれよ、大漁だぜ!」
すぐに母は2人の姿を見つけ、安堵の笑みを浮かべる。嬉しそうに今日の収穫を掲げる2人の頭を、小春は優しく撫でた。
「うわ! 母さん、それ刀じゃん! かっこいい!!」
「うわあ、凄く綺麗ー!」
「ふふっ、2人にはまだ見せてなかったわね。銃もあるけど、それはまた今度見せてあげるわ」
先ほど急いで家に帰ったのは、この武器を取りに帰るためだった。息子の無事を確認した小春は、何かを決意したような真剣な目を隠し、足早にこの場を去ろうとした。
――うわああああっ!
「ん? なんだ、今の声……」
「まさか!」
「この声、村の子達だよ!」
小春は双子の前にしゃがみ込むと、ふわりと微笑んだ。
「2人とも、村の大人たちを呼びに行ってくれる?」
「でも、母さんは?」
「母さんも一緒に追いかけるよ!」
「ダメ。それじゃあきっと間に合わないわ。母さんなら大丈夫だから、ほら、早く行きなさい!」
子供たちには熊の危険を細かく告げず、小春は走り行く息子たちの背中を見守った。
◆◇◆◇◆◇◆
「く、熊だぁああ!!」
「うわぁあああ……っ!」
「大きな熊が出たから、森に入ってはいけない」――そう母親たちから言われたのは今朝のことだった。
「逃げろっ!!」
子供たちは最初こそその言い付けを守り、大人しく村の広場で追いかけっこやかくれんぼをして遊んでいた。
そんな中でふと、彼らの脳裏を過ぎったのは、昨日の子供同士の大喧嘩だった。
誰からともなく「別に熊なんか怖くないもんな!」と、そんな強がりを口にしたのがきっかけだった。
最初は恐る恐るだったが、次第に熊の事など忘れて山菜採りに夢中になっていた子供たち。
気づいた時にはもう手遅れで、自分たちの何倍もある巨大な黒い獣に遭遇してしまったのだった。
「いてっ……もう走れないよぅ」
「はやく、早く逃げろよ!」
大熊は逃げ惑う子供たちを嘲笑うかのように、ゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。
――死ぬ。
恐怖が体を支配していく。足がすくみ、震えが止まらない。
黒い毛に覆われた口元から、鋭い白い牙がチラリと覗く。ねっとりとした濁った唾液が滴り、地面を濡らした。
「たっ、助けて……」
「うわぁぁん! お母さん……っ!」
とうとうダメだと、その場に泣き崩れるしかなくなったその時。
――ガッ!
「みんな、早く逃げなさい!!」
そこに現れたのは、子供たちの悲鳴を聞きつけてやってきた小春だった。落ちていた大きな石を熊の顔面にぶつけて注意をそらしたのだ。
子供たちは見知った大人の姿を見て安心したのか、村への道を再び必死に走り出した。
その様子を確認した小春は、幾分か表情を和らげる。それと同時に、腰に差していた刀を鞘から引き抜いた。
「……ごめんね、凪谷、蛍」
太く大きな熊の爪が、容赦なく小春へと襲いかかった。
◇◆◇◆◇◆◇
「母さぁああん――――ッ!!」
「母さん!!!!」
その日、数発の銃声と、悲痛な子供たちの叫び声が、冷たい森の中にいつまでも響き渡っていた。




