町外れの銅像
オニキスの案内で雪深い街道を抜けた凪谷、蛍、そして優珠の3人は、ついに次の目的地である街、クォーツへとたどり着いた。
冷えた体を温めるためにも、まずは街の中心へ向かおうとしたその時だった。
町の外れ――雪に埋もれかけた古い石畳が広がる荒れた一角に、風雨に晒されてすっかりボロボロになった一基の銅像がひっそりと佇んでいるのが目に入った。台座の文字は削れ、金属の表面は錆びつき、誰の姿を象ったものかすら判別がつかないほどだった。
「おい、見ろよあれ……!」
凪谷が声を弾ませて駆け出す。蛍もそれに続き、二人はボロボロの銅像の真下まで行くと、その微かに残る造形を見上げて大きく目を見張った。
「すげえ……! これ、もしかして……!」
「うん、たぶん……!」
ロゼオ神話に心酔している双子は、見上げるだけでも胸が高鳴るような気配を感じ取り、銅像の周りをぐるぐると回りながら期待に目を輝かせている。しかし、風化があまりにも激しく、顔の表情やまとう衣装の細かい意匠までは判別がつかない。母から聞かされた伝承のイメージと重ね合わせようと必死になるが、確信までは持てずにいた。
そんな双子の様子を、少し離れた場所からぽかんと眺めていたオニキスが首を傾げながら近づいてくる。
「……二人とも、一体何の銅像を見てそんなに夢中になってるの?」
オニキスの問いかけに、凪谷は振り返ると熱っぽく答えた。
「おいオニキス! お前、これ誰の銅像か分かるか!?」
「もしかして……ロゼオの銅像だったりしない?」
凪谷と蛍の言葉を聞いた瞬間、オニキスは目を丸くし、それから呆れたような、しかしどこか呆気にとられたような顔でフッと息を吐いた。
「え? ロゼオ……? なんでそんなボロボロの石塊を見てそう思うの?」
「えっ、違うの……?」蛍が少し拍子抜けしたように首を傾げる。
「当たり前でしょ。この街の人たちに聞いてみなよ。あんなの、ただのガラクタのモニュメントで、誰の銅像かなんて誰も覚えてないんだから。……『そんな昔の英雄なんておとぎ話の作り話だろ』って、みんな口を揃えて笑うんだからさ」
オニキスは少し寂しそうに笑った。
「何言ってんだオニキス! ロゼオは実在した英雄だろ?」
「そうそう、ロゼオ神話は本当にあるんだよ!」
無邪気にそう告げる双子に、オニキスは一瞬言葉を詰まらせた。
世間一般では、ロゼオ神話はあくまでロマンチックなおとぎ話として扱われていることが多い。それこそ、実在した人間だと街の人に言えば嘲笑されるような世界なのだから。
「どうして、そう思うの?」
「そりゃ俺たちは村から出てきたばかりだし、ロゼオ神話を読み聞かせられて育ったからな」
「僕たち、ロゼオに憧れて旅をはじめたんだよ!」
熱っぽく語る双子の瞳には、作り話だとか世間の冷ややかな目だとかを気にする色など微塵もなく、ただ純粋な憧れと熱意だけが宿っていた。
――誰も笑わない。冷たい言葉で否定もしない。
目の前の双子が見せるまっすぐな熱量に触れ、オニキスの胸の奥がチクリと熱くなった。
「……うらやましい」
その小さな呟きは、少し離れたところで3人の話を聞いていた優珠の耳にだけ、はっきりと届いていた。
優珠はまじまじとオニキスの横顔を見つめ、「……? なんで今、うらやましいって思ったんだろ」と、小さく首を傾げて不思議そうに瞬きをする。
当のオニキスはハッと我に返り、何事もなかったかのように慌てて言葉を続けた。
「ん? どうした?」と首をかしげる凪谷に、オニキスは少し顔を赤らめながら手を振る。
「あっ、いや、なんでもない! でもあんまり街の人にはその話しない方がいいと思うよ!」
「……あっ、そうだ!」
オニキスはふと思い出したように手を叩くと、少しだけ誇らしげな、しかし優しい笑みを浮かべて双子に向き直った。
「せっかくこの街まで案内したんだし、このまま街の中心に行く? 郊外はデルマも出やすいし……いい宿を知ってるから、そこで少し休むといいよ」
オニキスの意外な気遣いに、凪谷と蛍はパッと顔を輝かせた。
「まじか! 助かるよオニキス!」
「うん、体がすっかり冷えきっちゃってたから嬉しいな~」
しかし、その言葉を聞いた瞬間、凪谷と蛍の足元がピタリと止まった。
二人は顔を見合わせ、気まずそうに目を泳がせると、そろそろと後ろに控えていた優珠の背中へと隠れるように身を縮こまらせた。
「……あれ? どうしたの?」
不思議そうに首を傾げるオニキスに、凪谷は冷や汗を流しながら頭をかいた。
「ええっとだな……その……俺たち、村を出てきたばかりでさ……」
「お金、持ってないんだよね~あはは~」
蛍がカラカラと乾いた笑い声を上げる。
「「「は……!?」」」
オニキスの口から、間の抜けた間抜けな声が漏れた。
「お,お金を持ってないって……どういうこと!? 宿代はどうするつもりだったの!?」
「いや,その,金の存在を知ったのが最近でさ……」
「そうそう,前の街でも何とかなっちゃって……えへへ」
「あたしはガーディアンの対価を食料で貰ってたんだよね~あはー」
へらへらしている双子を見て、オニキスはガクリと力なく肩を落とした。
(この人たち……ロゼオに憧れて旅に出たって言うから、もっとしっかりした冒険者かと思ったのに、ただの世間知らずじゃないか……!)
そんな呆れ果てるオニキスに、優珠がひょいと近寄ってきた。
「あはー,呆れてる呆れてる。まあまあオニキス! そこは新米の旅人ってことで大目に見てよ。ちなみにこの街,用心棒とか探してない?」
優珠にそう問われ、オニキスは困ったように自分の頭をポリポリとかいた。
冷え込みが厳しくなるクォーツの街で、一文無しの双子を野宿させたら確実に凍え死んでしまう。用心棒の仕事なんて都合よくすぐ見つかるかも分からない。助けてもらった恩もある手前、オニキスは小さくため息をついた。
「……仕方ないなぁ。うちの家,そんなに広くないしお世辞にも豪華じゃないけど,物置くらいなら……いや,母さんに頼めば一晩くらい泊めてもらえるかも……」
オニキスのその優しい提案に,3人の目は一瞬で星のように輝いた。
「まじか! オニキス,お前めちゃくちゃいい奴だな!」
「ありがとうオニキス! 足向けて寝られないよ!」
「わーい! ありがとうー!」
「ちょ、大声出さないでよ,恥ずかしいから!」
顔を真っ赤にして照れ隠しをするオニキスであった。




