人為的な《創造》
冬を控えた乾いた風が、
路面の砂を巻き上げる。
「ここって、昨日の?」
「えぇ。ミズシ君はあやしい
とは思いませんでしたか?」
灰色の隔壁に閉ざされた商店街で、
昨日のまま変わらない路地に入り込む。
僕とスズカが出会った場所、
そして魔物と戦った場所だ。
派手にへこんだタライの前で、
振り返ったヤタカ先生が問いかけてくる。
「あの魔物が、ですか?」
「あの魔物も、あのスズカさんも、ですよ」
ズボンのポケットからチョークを取り出し、
地面にコツコツと図形を描きながら。
「最初はおかしいとは思いましたが…
それは彼女の話を聞けば納得できるものでしたよ?」
せわしなく手を動かす先生。
彼の手で綴られる紋章の意味は。
「うん、こんなものでしょう」
「それは何です?初めて見ましたけど…」
「まぁ、見せた方が早いと思います。
そこに君の魔導具をおいてくれますか?」
図形の四隅の、丸く小円を描いた位置に、
指示された通り学ランのボタンを配置する。
「そもそも魔物とは死者や亡骸の
怨念や悲嘆、恋慕や未練などの
雑多な思念の混合体なんです」
「それは教わりましたけど…」
先生が紋章の中心、一際大きな円陣に手を置く。
「彼女の力って、その時分の対象の
感情を抜き取るものですよね?」
「はい。それは確かですよ。
僕も一度経験済みですから」
僕は昨日彼女に会った時、
怒りの感情を抜き取られたのだ。
(そういえばあれ返してもらってないな……)
奪われっぱなしというのも面白くない。
機会があれば今度は何か奪ってやろう。
「ミズシ君は彼女に、《怒り》
を奪われたんですよね?」
「はい。学長は《関心》を奪われてましたね。
まったく抵抗できませんでしたし、
何が起きたかも分からなかったです」
それから左手も重ねて、ぐっと大地を押し込む
「そこなんですよね。腑に落ちないのは。
彼女の能力はただでさえ強力ですから、
ミズシ君の角のような、身体的な
魔力の結晶化もなしでは
抵抗も許さず強引に奪い取るとしたら
単一の感情しか抜き取れないはずなんです。」
「え?でも彼女は魔物を消滅させましたよ?」
「本物の魔物は彼女には消せない、とそう思うのですよ」
確かにスズカは魔力の塊を
身体に持っている様子はなかった。
いや本人はあると主張していたが、
あれはただの髪型としか思えない。
でも彼女は実際に僕の目の前で魔物を倒してみせた。
「疑いすぎじゃないですか?」
「ならいいのですが、嫌な予感がするんですよ」
ヤタカ先生の描いた紋章が
ぼんやりと光を放ち始める。
「こ、これは……?」
「やはり思った通り、でしたか。
できれば違っていて欲しかったのですが」
魔法陣から浮かび上がってきたのは
ヒトガタを模した白い紙きれだった。
「式紙……ですか? これでなにをするんです?」
「いえ、これで欲しい結果が得られました」
ということはこれはヤタカ先生の式紙ではないのか。
「何が分かったんですか? その式紙はなんです?」
「簡単に言えば、あれは自然発生した
思念の集合体ではなく、人為的に作られた
破壊衝動しか持たない魔物だったということですよ。」
「作られた……魔物?」
単一の感情、しかも破壊衝動しか持たない、
作られた魔物。そういえば出会い頭で
あの魔物はいきなり突進してきた。
普段であれば実体を持つあの手の魔物は
障気による攻撃をしてくるものだ。
「この式紙は対象への指令を伝える、
言わば受信機のようなものでしょうね」
受信機と言えば、先生が感知した場所から
僕がかけつけるまでのわずかな時間で魔物が
移動していたことがそもそもおかしかったのだ。
執着の強い場所に発生し、そこに滞るのが
魔物のもつ習性で、知性を持たない限りそれに従う。
たまたまそこにいた魔物に
術式で破壊衝動を明確に持たせた
というのならまだ納得できるが、
魔物の人為的な創造となると
それは《調教師》がするような
使い魔の創造とは訳が違う。
「いまの術式は感知用に使う捜魔術の応用です。
本来は捕らえ残しから復活しないように
魔物の残滓を洗い出すものですが、
このように使われた術式の名残も暴けます」
そう言うと彼は式紙を拾い上げ、
おもむろに取り出した水筒から
水を撒いて魔法陣を消していく。
「この術式は一体誰が?
もしかしてスズカですか?」
「そこまでは分かりませんが、
彼女ではないでしょうね。
とりあえず、持ち帰って
リロイと相談してみます」
リロイ先生は《奪い屋》であり、
その職務上さまざまな物の扱いに長けている。
スズカと同じようにやや手癖も悪かったりするが、
そのおかげでこういう呪物については心強い。
戻りましょうかと言いながら、
商店街へ歩き出す先生を呼びとめる。
「なんですか?」
「その術式、戻ったら教えてください」
「本当に君は熱心ですね。それくらいの熱意で
僕の手伝いもしてくれたらいいのに……」
手招きして歩き始めるヤタカ先生に、
ならあなたも熱心に仕事してくださいと返して付いていく。
スズカはあの魔物が作られたものだと知っていたのだろうか?
「あれ、ミズシ君とヤタカ先生!
仲良くショッピングですかー?」
帰り道、まだ活気のある商店街の区画で、
精肉店からでてきたチヒロさんが声をかけてくれる。
「すいませんねぇ、僕の仕事を手伝ってもらって」
「手伝うというか、完全に押しつけましたよねー」
ねぎらうヤタカ先生の発言を訂正して、
かけよってくる彼女の手から買い物袋を取り上げる。
「いいよミズシ君、それ重たいから僕が持つよ」
「いえ、重たいならなおさら僕が持ちます。
もう必要な買い物は終わったんですか?」
照れ笑いのチヒロさんに問いかける。
その朱い瞳はまだ買い物袋を見つめていたが、
とうとう諦めたらしく苦笑して質問に答える。
「うん! もう御料理の手配は終わったし、
今ので材料もそろったからね。
ミズシ君は何してたの?」
「僕らもちょっとした買いだしですよ。
筆のインクが切れてたの、さっき
ゲンジさんのインクを見て思い出しまして」
「ヤタカ先生と二人とも…ですかー?」
彼女は疑問に思ったらしく、
ヤタカ先生に向かって首をかしげる。
そりゃあめったなことでは同じような
タイミングでインク切れはしないだろう。
「あ、いや僕はそろそろ寒くなるから
冬物のコートを買いに来たんですよ」
「へぇ?それは僕も知りませんでしたよ先生。
人に用事を押しつけて自分はバーゲンなんですね?」
おろおろしてるのが面白くて、
ついつい嫌味を言ってからかう。
こういう親しみのあるところは
この先生の持つ美徳だと思う。
「ちょ、ちょっとミズシ君。
人聞きの悪いことを言わないでくれるかな?
僕はみんなのために下見もかねてですね……」
「じゃあ僕のも買ってくれるんですね分かります。
やっぱり優しいですねありがとうございますー」
「えぇと、ミズシくーん?
術式、教えてあげませんよー?」
「あ、でもヤタカ先生、もう学校着いちゃいましたよ?
そういうことなら僕もお伴しますし、お洋服屋さんに戻りますか?」
「へっ?ホントだねぇ。チヒロさん。
じゃ、じゃあまた今度でいいや!
それじゃ、僕はリロイに用事があるので
お先に失礼しますよーっと」
これ幸いと校門に駆け込む教導師を
くすくすと笑う《言霊師》さんと並んで見送って、
もうこれ以上面倒くさいことになりませんように
と誰にともなく祈りながら正門を通り抜けた。




