《言霊師》の采配
それにしてもホタルのあの単純さはどうかと思う。
「いもけんぴって、そんなに美味しいのかな……?
僕は干し芋の方が好きだけど」
同じことを考えていたらしい、
チヒロさんがそう呟いた。
ホタルに干し芋なんか与えた日には
彼はきっと服従しかねないだろう。
「解に度し難きは他人の好き嫌い、ってね。」
ウェヒヒと悪い笑いを連発する張本人が
その事実と言っていい推測に行き着かないことを願う。
朝の日差しを受けながら
うーん、と伸びをする。
「さて、僕はゲンジさんに報告して、
ヤタカ先生の話を聞きに行くつもりですが……」
皆さんは帰りますよね?
と続けるより先に、
「あっ、私もリロイ先生に呼ばれてるから行くよ」
にっこり笑う《奪い屋》さん。
「ならまだ一緒だね!僕はヤタカ先生に相談があるの」
手を打ち鳴らして答える《言霊師》さん。
「それじゃあ僕の用事ができないのですが……」
「まー、どうにかなるっしょ?レッツゴー!」
「わ、分かったから、引っ張らないでくれます?」
こののうてんきな転校生が来てから、
どうにも悩みの種が増えた気がしてならない。
チヒロさんが代表して扉を叩く。
「失礼します。二年のチヒロ、ミズシ、スズカです」
「おぅ、入れ入れ」
扉を開けてくれたのはゲンジ先生だ。
「あ、お父さん。ホタル君に渡してきたよ」
「あぁ、すまねぇな。助かる。
で、それだけ言いに来たんじゃねぇだろ?
今度は何の用でぃ?」
「少しヤタカ先生に相談がありまして」
「私はリロイ先生に呼ばれてきました。」
用件を告げると、ゲンジ先生は
振り返って呼びかけた。
「ヤタカ、リロイ!ひよっこどもがお呼びだぞー!」
「あぁ、やっぱりですか」
「ん。俺もか。ということは
面倒見てくれっつー例のガキかよ?」
二人がそれぞれの反応を見せて
出入り口まで歩いてくる。
「ちょっと!僕らはひよっこじゃないよ」
「あーうるせぇ。そうやって噛みついてくるうちはひよっこだ、ひよっこ」
「俺はひよっこって言われたら同じ反応するけどー?」
娘をからかう大人げないおっさんに、
さらにそれをからかう子供じみたおじさん。
この黒いインバネスを纏うひょうひょうとした人こそ、
かの悪名高き《奪い屋》ことリロイ先生だ。
「あっ!」
「おっ」
《奪い屋》師弟の顔合わせは、お互いに感嘆符から。
「なんだよ。俺の弟子ってお前かぁー」
「リロイさんっておっしゃるんですねー。
お名前は知らなかったです」
「え……え? 知り合いなんですか?」
「じゃああれかよ? 本あげたっていう……?」
打ち解けた雰囲気で笑い合う二人に
仲良し親子が問いかける。
「あー。どうもそーらしいなぁ。
こいつが前に封書渡してやった奴だ」
スズカのウエストポーチから覗く赤い装丁の本を指さして言う。
「え? じゃあスズカちゃんの本はお父さんが作ったの?」
「おうよ。こんなすげーもん
俺以外に作れるかっての」
がっはっはと胸をそらす父に
首を振り額を押さえる《言霊師》さん。
どうにもこの縁は色々とこんがらがっているらしい。
「つまり、スズカのその物騒な本は
ゲンジさんが作ったんですね?」
「あったりまえだのクラッカーよ」
よく分からないことをのたまっているが、
こんなんでもこの人の腕だけは確かである。
ゲンジが作ったものだとすれば、
スズカの本の性能もうなずける。
「こいつはあれだ。
人の感情を抜き出したり、
吹き込んだりする力があったんだが、
それを上手く使えてなくてな」
前々からスズカと知り合いというか、
師弟に近い関係だったらしいリロイ先生がそう付け加える。
「それで、見かねた俺がそれを保存できるように
封書をくれてやったわけよ。なぁ、スズカ」
「はい。前にバイト先でお会いした時にいただきました」
「作ったの俺だよ、俺!」
スズカが相変わらずのにこにこ顔で応じて、
骨太の《記録士》が自らの顔を指して訴える。
この学校の学生でもなかったのに、妙に技術が高いのは
そういう背景があったからなのか。
「まあなんにせよこれであれだな。リロイ、ヤタカ」
「ええ、そうですね」
「あぁん? なんだよ。
何二人して笑ってんだよ。
俺は分かってねーぞ?」
二人の肩に腕を回す巨漢の《記録士》と、
潰れそうになりながら支える線の細い《封魔師》と
するっとのがれる長身の《奪い屋》。
「あれっつったらあれだろうが。
お前にも弟子ができたってことは、
やっと武闘会3人ででれるってことだろう?」
にやにやと口にするのは、
年度末にある生徒と教導師のイベントだ。
「そういう話なら、私も混ぜてくれないかしら?」
挑戦的な声とともに割り込んできたのは、
肩を超えて背中に届く長い黒髪を揺らす女性。
「あ、メイ先生! おはようございます」
「おはよう、チヒロちゃん。
今日も早いわね。もう稽古しに来たの?
で、あなたがスズカちゃんね?
可愛い女の子が増えて嬉しいかぎりよ」
珍しく照れるスズカと握手を交わす彼女は、
チヒロさんの教導師である《言霊師》メイ先生だ。
つまり今この教員室の玄関と言うなんとも微妙な場所に、
2年生とその担当教導師がそろったわけだ。……若干一名を除いて。
「いえ、その……今日は僕、
自由行動にさせてもらえないですか?」
今までのやりとりに呑まれて忘れかけていたが、
チヒロさんはしっかり用事を覚えていたらしい。
「んー? いいけど、何するの?」
ゲンジ先生にばしばししばかれるヤタカ先生と
それを見て笑い転げるリロイ先生、吹きだすスズカ。
そんなにぎやかな雰囲気に流されることなく、
自分の考えを伝えていくチヒロさん。
スズカのための歓迎会の下揃えをしたいのだ、と。
「なるほどねー。そうね、ヤタカー? あなた、
チヒロちゃんに歓迎会の準備まかせてみたらどう?」
「な、なんです? メイさん。」
顔をしかめて聞き返す様子からして、
やはりあのおじさんは手加減と言うものを知らないようだ。
「あなたさっき言ってたじゃない。
学長から歓迎会の準備に駆り出されたー
調べたいことがあったのにぃーって」
「別にそんな言い方はしてませんけど……」
口をとがらせて猫なで声を出すメイ先生に
苦笑しながらも否定はしない僕の担当教導師。
面倒な事になりました、とは本心からの言葉だったらしい。
「ヤタカ先生、僕にやらせてもらえませんか?」
「むしろこちらからお願いしたいくらいですよ」
チヒロさんのお願いに、屈託のない笑顔で応じる。
それに対して《言霊師》さんも顔を輝かせた。
「じゃ、じゃあ僕商店街いってきてもいいですかっ?」
「ええ。いいわよ。
気をつけて行ってらっしゃい」
「まてまてチヒロ。これもってけよ」
ドアに手をかけるチヒロさんに、
ゲンジ先生が巾着を手渡す。
じゃらりという音からして小銭入れなのだろう。
「ありがとう!お父さん」
「おう。じゃあ行ってこいや」
ぶんぶん手を振って、一礼して出ていく彼女を見送る。
この人は何から何までオーバーリアクションな気がする。
「えらく気前がいいじゃねぇの?」
リロイ先生がさきほどのやりとりを揶揄する。
「どうせ経費で落とすからな」
わははは、がっはっはと騒ぐ彼らを放っておいて、
僕も自分の用事をこなしてしまうことにきめた。
「ヤタカ先生、さっき僕の部屋まで
来られたのは、何の用事でしたか?」
メイ先生、スズカと談笑していたヤタカが、
顔付きをするどいものに変えて振りかえる。
もしかすると深刻な案件なのかもしれない。
「そうだ。ちょうど僕も手が空いたことだし、
一緒についてきてくれないかな?
それについては道中で話したい」
「分かりました。どこ行くんですか?」
「商店街を超えた先……かな。
準備ができ次第正門まで来てくれ。
その服につけてるボタンも
いつでも使えるようにしてから、ね」
そういうと自分の座席に戻っていく。
すぐにでも出発するつもりのようだ。
「はい。では部屋に戻って手帳を取ってきます」
僕も出口へと向き直って歩き出す。
「おっし。じゃあスズカ、
俺たちも稽古始めるとすっか。
ついてこいよ」
「了解ですー!よろしくお願いします」
そういって《奪い屋》師弟も奥に消えると、
「俺もホタルの様子見てくっかな―」
みだれ髪の巨漢がそう言って僕の立つ出入口に近づいてきた。
「ちょ、だったらさっき僕に届けさせたのはなんだったんですか!」
「ん? こまけぇことは気にすんなよ、男だろーが」
またしてもばんばんと背中を叩いて
僕の後から身をかがめて扉をくぐるゲンジ先生。
そのままおおまたでプレハブへと歩み去る。
僕は忍び笑いでひらひらと手を振るメイ先生に会釈して、
扉を閉めてから今日何回目か分からないこの道を歩き出す。
「今日も面倒な一日になりそう――――
いえ、すでに面倒な一日ですね……」
肩を落として盛大なため息をついて、
前方をのっしのっしと歩く背中を追いかけた。




