猫と《封魔原典》
朝からわいわいと騒ぐ女の子2人を
先導するように、プレハブの壁を伝って歩いていく。
基本的に生徒は本館にある部屋ではなく、
この中庭をまたいだ2つあるプレハブの部屋を使う。
誰が決めたわけでもないだろうが、正門から校舎をつなぐ道の
両側に建つプレハブのうち西側を女子が、東側を男子が使っている。
何故本館を使わないかと言うと、
空き部屋は教導師達が私物化……もとい
倉庫などとして使用していた場合が多く、
部屋を使うために片付けようとしても、
下手に触ると何が起きるかわからないからだ。
過去には爆発騒ぎも起きたらしいが、詳細は不明。
ホタルの部屋へ向かうので、
東側のプレハブを壁伝いに歩く。
ちなみに、東西それぞれの建物に
8つずつ部屋があるのだが、部屋によっては
8畳ほどの広さがあるものもある。
そのため、南北に長いこの建物の正門側の角部屋
つまり《記録士》ホタルの部屋は、校舎から目指すには
多少の距離がある。とはいえ、たかが知れているのだが。
「空き部屋とかまだあるんですか?」
「あるにはあるけど、僕の部屋は広いよ?」
「え?それって……」
漏れ聞こえてくる会話には耳を貸さず、
ホタルはもう起きているのかを考える。
彼はけして朝が早い方ではないし、
寝起きも悪いのでもしかしたら無駄足かもしれない。
学長室と同じく、2日続けて訪れたこの部屋は
やはり内側から猫の鳴き声を漏らしている。
昨日とは違い、カリカリという音はしない。
まだ作業を始めていないのか、それとも寝ているのか。
「ここがホタル君の部屋なのかな?」
僕の部屋とは違って、ネームプレートなどはかかっていない。
だがここが最後の部屋なので、予想がついたのだろう。
扉の前で足を止めて、後ろの二人を振りかえる。
「そうです。まだ寝てるかも知れませんし、
静かに行きましょう。もし寝てたら、
届け物だけおいてとっとと退散しますよ。」
そう伝えると、スズカは何がしか考え込む様子だったが、
チヒロさんが驚いた顔して聞き返す。
「えっと?寝てるなら鍵がかかってるんじゃ……」
「あぁ、それなら大丈夫です。
彼、基本的に不用心なので。」
そもそも、肝心の扉を彼がぎぃぎぃうるさいと言って
自作して取り換えたので、鍵がかけれないのだ。
その方が安いとはホタルの主張だが、いかんせん
防犯防音その他が一切考慮されていない。
こうしてにゃーにゃーと聞こえるのが証拠である。
「そういえば、ホタル君は猫を飼ってるんだねぇ。」
「別に飼ってるわけではないんですがね。」
初めての訪問となるスズカがつぶやくのに
苦笑しながら訂正して、ドアノブを回す。
わずかな音を立てて開く扉を、
そーっと少しずつ引いていく。
中からホタルの声がしたので、
慌てて開けるのを中断したが、
別にこちらへ気付いたわけではなさそうだ。
よく聞き取れないので、
「飼ってないのに猫がいるの?」
「なんでか知らないけど、ホタル君のとこに寄っていくんだよね。」
と話す二人に人差し指を立てて合図する。
わずかな隙間から覗きこむようにして、
三人で扉を引いていくと、だんだんと中の様子が見えてきた。
「だーかーらー。餌なんかねーよ。しっしっ。
頼むからむこういってろよお前ら。」
室内では、ホタルがすり寄ってくる猫を
なんとか部屋の隅に追い払おうと格闘していた。
特にやりとりもなく三人で静観を決めて、
ことの成行きを見守っていると、ふとした拍子に
一頭の猫がこちらに気付いたらしく、のそのそと歩いてきた。
それを見てない彼は、他の猫におそるおそるてんぷらを差し出している。
にぃー、と鳴いて一番下から顔を覗かせるスズカの足元にすり寄る。
さすがのホタルも気が付いたらしく、こちらを向いて後ろ手にてんぷらを隠した。
「な、なんだよおまえらっ!」
「ふふ、ホタル君、楽しそうですね。」
「おっはよーございまーすっ」
「朝から何をしてるんですか君は。」
指をさして抗議する彼に三者三様の
あいさつをなげかけて、ぞろぞろと部屋に入る。
「ミズシ、おめぇだからノックぐらいしろ
って何回言ったら分かるんだ?いい加減怒るぞ。」
「やだなぁ。今日はちゃんとしましたよ?
聞こえなかっただけじゃないんですか?」
我ながらいけしゃあしゃあと嘘をつく。
よこでクスクスと笑うのは《奪い屋》さんで、
そ、それはさすがに……と戸惑うのは《言霊師》さんだ。
「ん?マジか。あれ?まあいいや。
んで、朝から皆さんそろって何の用?」
そんな二人を怪しむ様子もなく、
《記録士》の彼は態度を和らげる。
「さっきゲンジ先生に会いましてね。
とりあえずはこれを渡しに来ました。
とでも言っておきます。」
後ろでてんぷらを取られまいと
猫から遠避けているのであろう、
不自然極まりない動作をしている彼に
ゲンジ先生から預かったものを渡す。
「あぁ、もう作ってくれたんだ。
さすがは先生だな。頼りになる。」
「そんなこともないと思うけど……」
彼は観念しててんぷらを手渡し、
羽ペンとインクを受け取る。
てんぷらをくわえた猫は部屋の隅でちまちまとかじり、
それをおって女子二人が座り込む形となる。
羽ペンをまじまじと眺めて、ひとつうなずいた
ホタルはそのままそれを机の上に置いた。
「で。とりあえずってことは
まだなんかあるのか?」
こういうところは察しが良いと言うか……
まあ、含みを持たせたのは僕なのだけれど。
「そうですね。今晩あたり、
スズカさんの歓迎会をしようかと
そういう話になってまして。」
「あー。またおまえか。」
どうもホタルは彼女に対して
妙な警戒心を持っているようだ。
その気持ちは分からないこともない。
「昨日はどうもです!」
やはりにこにことするスズカに
露骨に顔をしかめて答える。
「まあ別に勝手だけどな。
そんな演技ばっかりして疲れねぇか?」
「演技ぃ?
……なぁに、言ってんだか。」
スズカが呆れたように肩をすくめて
やれやれとばかりに首を横に振る。
その様子はとても演技には見えないので、
これは彼なりの照れ隠しか何かだろう。
窓際でくつろぐ猫を眺めるチヒロさんに、
後ろからどんと飛び付くスズカに目をそむけて、
目をむけたそこにあった本棚を眺める。
「おや?これ、もしかしなくてもあれですか?」
自衛隊をテーマにした文庫本や、
異世界冒険譚などの小説に混じって、
黒い大きな本棚におかれてあった、
ハードカバーよりもさらに分厚い
丈夫な革で表装された本を手に取る。
「そうだけど、お前でもあんま触んなよ。
つかマジで開けんなよミズシ。」
「それぐらい分かってますって。」
険しい顔でこちらを見る彼におどけて見せる。
この本は本当に扱いを間違えると大変な事になるのは
おそらく僕が一番分かっている。なぜなら、この中に
記されているのは僕の封じた魔物のオリジナルだから。
「あぁ、そうそう。分散は終わったから、
昨日の封紙もらってもいいか?」
「なんだかんだいって君も仕事が早いですよね。」
口ではぶつくさ言いながらも、
こうして忠実に責務を果たす彼は信頼が置ける。
「なにそれー?」
革装丁の本をぐるぐると縛るひもを
ほどいていくホタルにスズカが声をかける。
「スズカちゃん、
い、今はやめた方がいいと僕は思うよー。」
後ろからおっかなびっくりチヒロさんが
声をかけるが、こうなったスズカには聞こえていない。
例の早業で本を奪い取ったスズカの手際は、
能力うんぬんを抜きにしてすでに立派な《奪い屋》のそれだ。
「わっ!おいバカ、返せ!!」
慌てたホタルがスズカの両肩を掴んで壁に押しやる。
ぶつかった拍子に落ちたうめき声と、革の本を拾い上げる。
「女性相手に何してるんですか……君は。」
「あ?誰が?」
「あ?じゃなくてですね、
それでも女の子ですよ、彼女。」
「……えぇっ!?」
「えぇっ!?」
前者は事実に驚いたホタル、
後者はそのホタルに驚いたチヒロさんのものだ、
「もしかして、ホタル君、
気付いてなかったんですか?」
「はぁー……名前聞いて分かるでしょう普通。」
口をぱくぱくさせてフリーズする彼。
「とりあえず、手を放したらどうですか?」
途端にぱっと飛びのくホタル。その顔は真っ赤だ。
「なにさ……ちょっといたずらしただけじゃん。
というか、気付いてなかったとか失礼すぎだし!」
今にも、ぶー、と言い出しかねない表情で、
壁にもたれる《奪い屋》さん。
だがこれはどちらも彼女に非があるだろう。
彼の前では「私」とは言っていなかったし、
チヒロさんの部屋に泊まったことも知る由がない。
「いやだっておまえ、
昨日スーツ着てたじゃん。」
どうやらスーツ=男性という固定概念があるらしい。
しかし言動といい、立ち振舞いと言い、
典型的な女性のそれではないことは確かだ。
「まー、私もまぎらわしいことはしたから、
それはもういいけど。その本はなんなの?
そんなに大事なもの?」
「あぁ、これはですね、
僕が今までに封印してきた魔物の――――――」
「そのオリジナルばっかり綴じた本。
《封魔原典》っつー特級の危険物だ。」
「ふ、封魔……原、典?」
スズカが小さく繰り返す。
初耳だったらしいチヒロさんも、
その言葉に何か感じることがあったらしい。
「それ、もしかして?」
「あぁ、これもゲンジ先生が作ったもんだ。
半年くらい前にもらったんだが、
何も聞いてないか?おめーさん。」
「えぇと、今初めて聞きました。
でも、なにかを熱心に作ってるのは見てたよ。」
「ようは、それ何匹も魔物が入ってる
ってことでいいんだよね?」
「その解釈で合ってますよ。
むやみに開いていたら、
大変な事になってましたしね。」
「だってそれは!……知らな、かったし。」
「まぁ、もう二度とすんなよな。」
椅子に座りなおしたホタルが釘をさす。
どうにも反省している様子はない彼女だが、
ここはさすがに殊勝にうなづいている。
「あっ!そう。そういえば、
スズカちゃん、何かホタル君に
渡したいものがあるって
言ってなかったっけ?」
チヒロさんが重苦しい雰囲気を払おうと
さきほどの部屋に入る前の会話を持ちだす。
その気遣いは見事に効果を発揮した。
「そうそう、いもけんぴ好きなんだって?」
スズカがその単語を出した途端、
ひもを解く彼の手が止まり、顔が上がった。
彼のその目は早くも、スズカが
ウエストポーチを探る手に釘づけになっている。
「じゃじゃーん!」
そういって勢いよく取りだしたのは
いもけんぴより値が張る《塩けんぴ》だった。
「おぉぉぉ!!」
机から立ちあがって目を輝かせるホタル。
「さっきはごめんね。
これ、あげるよ。」
「お、おまえ……いいやつだな!」
あっという間に、今までの不信感を翻し、
手放しでほめちぎる。現金というか、なんというか。
チヒロさんも苦笑いで何も言えないようだ。
「ありがとう、そしてありがとう!
大事に食べる!一本ずつ!」
「なんというか、君って基本的にバカですよね……」
この物に目がない友人を心配しつつ、
今日もまた騒がしい一日だと実感する。
「さて、じゃあ用事も済みましたし、
《封魔原典》の記録もしてもらいたいので、
僕らはこのあたりで部屋に戻りましょうか。」
「よっしゃまかしとけ!」
気合いの入り過ぎているホタルは放っておくとして、
茫然としているチヒロさんとにこにこ微笑むスズカを促す。
「今日も一日楽しみだねぇっ」
そう言って寒空の中に踏み出した彼女の
その小さな背中が、僕には少しまぶしかった。




