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《奪い屋》との日常

「新入生歓迎会……ですか?」


 昨日の騒ぎが嘘のような静かな朝。

珍しくチヒロさんが僕の部屋を訪ねてきて、

扉越しに投げかけてきた一言をオウム返し。

 

 別に朝も早くから登校しているわけではなくて、

僕も彼女もこの学校の自分の部屋で生活している。

 敷地が広いせいで部屋はありあまっているし、

家賃もかからないわけで、近くに商店街があるために

欲しいものはほとんど徒歩圏内で手に入る。

 基本的にこの学校に通う者は

家庭を持つもの以外いないのだ。

 家庭を持つものでもここに住むものが

いるくらいには往来が不便でもある。


「うん。昨日は急だったから、

 会えない先生も多くてね。」


 昨日スズカに一通り案内していたチヒロさんだが、

教導師たちとはコンタクトが取れなかったらしい。

 ヤタカ先生も修行をつけてもらった時に

リロイ先生が出張中で困ったと話していた。

 

「だから夜に歓迎会名目で呼び出して、

 顔合わせさせようということですか?」


 ガチャリとドアを開けながら、

自分よりやや上のおだやかな目線を受ける。


「どうしてミズシ君は純粋な歓迎会だと理解してくれないのかなぁ。」


 唇に手を当てて心なしか寂しそうにうつむく。

どうやら本当に純粋に歓迎会をしたいようだ。

 この時期の朝は寒い。部屋に入るように勧めて、


「あの人が歓迎できる人ならいいんですが……」


 昨日の騒ぎを思い出しての、ため息。

なんだが急に老け込んでしまった気がする。


「おや?朝から素敵な御挨拶だねっ?ミズシ君!」


 チヒロさんに続いてひょっこり顔を覗かせたのは、

《奪い屋》さんことスズカで、《あの人》当人である。


「なんでいるんですか!」


「だって、昨日はチヒロちゃんのとこに泊めてもらったんだもん。」


 にやにやと笑いながら椅子に腰を下ろすスズカと、

その横で困ったようにたたずむ《言霊師》さん。


「家の方は別にいいって言うもんだからね。

 なら一緒に泊まろうよって僕が言ったの。」


 どうやらもうすっかり打ち解けたらしい二人。

改めて厄介な事になったと嘆息してのける。


「で、歓迎会ってまさかあなたが言い出したんじゃないですよね?」


 チヒロさんにも椅子を出しながら、スズカを見やる。


「さすがにそれはないかなー。」


 ぽりぽりと頬を掻いて否定する。

どうやら純粋にチヒロさんの提案のようだ。


「で、なんで僕のところへ?」


「こんなこと言うのも申し訳ないんだけどね、

 僕よりミズシ君の方が学長とコンタクトがとれるかなって。」


 純粋……かどうか怪しくもなってきたが、

彼女の言うことも一理はある。なぜならあの人は――――――


「ミズシ君?起きてますか?」


 再びのノックと問いかけはヤタカ先生のものだった。

今日は朝から騒がしい日だなぁと思いながら扉を開ける。


「えーっと、出直した方がいい感じですか?」


 椅子に座ってちぢこまるチヒロさんと、

机に両肘をついてくつろぐスズカを認めると

微笑みながら問いかけてくる先生に苦笑を返して。


「必要ないですよ。それより、なんですか?」


 彼は微笑みを向けられた苦笑へと同期しながら、

これじゃちょっと話し辛いですかねぇとつぶやく。

 後で出直しますねと言って踵を返す先生を

チヒロさんが椅子から立ち上がって呼びとめた。


「あの、ヤタカ先生。お忙しい中すみませんが、

 ちょっとお願いしてもいいですか……?」






「というわけです。学長。」


「新入生歓迎会……ねぇ?」


 どこかで聞いたリアクションで

植物から顔を上げた学長が応じる。


 チヒロさんからヤタカ先生へ、

ヤタカ先生から学長への伝言ゲームだ。


 学長は僕の部屋にいた時よりも

さらにちぢこまる《言霊師》さんと

対照的にここでもにこにこと

微笑んでいる《奪い屋》さんを横目に、


「じゃ、ヤタカ君。朝礼で伝達しといてくれたまえ。」


と迷うそぶりもなく即答して再度じょうろを手にする。


「4月のジェミニ君の時も君に依頼したことだし、

 あの時のように準備も頼めるかな?ヤタカ君。」


「え? あ、ハイ……分かりました。」


 退出際、面倒な事になりました。

とささやく先生に、あなたのせいですよ?

と言っておいて、学長に一礼。


それにならってスズカとチヒロさんも頭を下げる。


 4人そろって学長室を退室して、

肩を下ろして職員室へと歩くヤタカ先生に背を向けて

学生の部屋が立ち並ぶプレハブへと3人で歩き出す。


「よかったぁ。僕、断られるかと思ったよ。」


 ほっと安堵のため息をもらすチヒロさんに、


「まぁ、歓迎会ですしね。本人の前で断るのもあれですし。」


と答えて笑う。横でなにやら言いたげな気配がしたが、

それより先に背後から野太い声が落ちてきた。


「おうおうおう?両手に花だな!ミズシ。」


 ガハハと豪快に笑って背中をばしばしと

叩いてくるのは髪をぼさぼさにした骨太の大男。


「うちの娘じゃ不満だろうけどな!

 しっかし昨日の今日でもうスズカさんを連れ歩くとはねぇ。」


 訳知り顔でうんうんうなづいてるこのおじさんは、

これでもこの学校に勤める教導師の1人だ。 


「おはようございます……痛いからやめてください

 そういうのも別の意味で痛いからやめてください。」


「おはようございます。ゲンジ先生。

 もう私の名前を覚えてくれたんですね?」


「あったりめえよ。そうでねぇと《記録士》の名がすたる!」


 またしてもわはははと笑うこの人は、

ホタルの教導師の《記録士》ゲンジ。

 そして先の発言が示す意味は。


「もう。お父さんは黙っててよね!」


 珍しく声を荒げるチヒロさんが呼ぶ通り、

似ても似つかないこの二人は親子である。

 職人気質の父親はおお、怖い怖いと肩をすぼめる。


「そうだ、ミズシ。ついでと言っちゃなんだが、

 これをホタルに渡してくれねーか?」


 こちらの返事も聞かずに押しつけてきたのは羽ペンと

インクで、ただ単なる市販品とはわけが違うのは一目でわかる。

 

 まるで台風のようにやりたい放題やって立ち去る

壮漢の教導師を見送りながら、ここの人はつくづく個性的だと思う。


「ホタル君のところにいくんだよね?

 なら私もついていくよ。いいかな?チヒロちゃん。」


「そういえば渡したいものがあるって言ってたね?

 どうせ方向は一緒だし全然おっけーだよ。」


 朱い瞳とよく映える深緑の髪を揺らして笑う《言霊師》さん。

この二人なら確かに両手に花と言えなくもないなとは思う。

 ホタルに会ったらどう言われるか考えながら、

白い息が出る寒空の中プレハブにある彼の部屋を目指した。



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