4人の《同級生》
「はじめまして。スズカと言います。」
清楚な笑みで口上を述べて再び一礼。
僕に対する態度との違いに辟易しつつ、
無理のない自然な立ち振る舞いに舌を巻く。
すぐさまスーツを調達してきたこといい、
まさかとは思うが……
(実は良いとこのお嬢さん、とかじゃないよな……)
「スズカ君だね。ここまで訪ねてきてくれたということは、つまり?」
「はい。貴学に転入させていただければと思います。」
「ありがとう。本校は君を歓迎するよ。」
学長が立ち上がって彼女と握手を交わす。
なんでも生徒数に応じて教導師が増えるので、
その分だけ業務を割り当てられるのだとか。
つまりは彼の自由時間が増えるのであの笑顔だ。
「ヤタカ君。彼女を呼んできてくれないかな?」
「あぁ、チヒロさんですね?分かりました。」
ヤタカ先生が足早に部屋を出て行く。
スズカは学長が上機嫌に引き出しから
手際良く書類を出すのを見ているようだ。
「え?何?転校生?」
今更ことの顛末を理解したらしい。
ホタルが僕に向かって訪ねてきた。
「そうですよ。話聞いてなかったんですか?
あと、初対面の人を指差すのはよくないです。」
どこかで見た指をちょいちょいと動かす
仕草でスーツ姿のスズカを指差すホタル。
あえて聞こえるように言ったのだが、
目論見通り彼女がこちらを振り向いた。
「別に気にしませんよ。スズカです。よろしくね!」
ホタルに対してもにっこりと笑いかける。
それにしてもよく笑う子だなと思った。
しかしホタルはといえば違ったらしく……
「何作ったような笑い方してんだ、気持ちわりぃ。」
さすがの彼女もこれには驚いたらしく、
目を見開いたまま凍りついてしまった。
「だから初対面の人に何を言ってるんですか……失礼ですよ。」
「うるせーなぁ。俺はこいつの笑顔が不自然だ
って思ったからそう言っただけじゃねーか。
初対面とかは別に関係ねーだろうよ。
それより、その袋はあれか?あれなのか?」
とりあえず、彼の興味は転校生より芋けんぴらしい。
「いや、これは僕のペペロンチーノですよ。」
ビニール袋の膨らみ方からして、
明らかに嘘だと分かりそうなのだが、
彼はがっくりと肩を落とした。
もちろん、購入した所を見ている彼女は
その嘘を看破しており、クスクスと笑っている。
それを耳にしたホタルが彼女に何か言うより先に、
書類を揃え終えたらしい学長がスズカに声をかけた。
「転入届と誓約書、それに規約書だ。
目を通して、記入と捺印をしてくれるかな?」
「あ、はい。分かりました。」
スズカが少しかがんで書き始める。
大振りな作業机を挟んで彼女と向き合う
学長は再び愛鉢を愛でだす始末で、
見てられなくなった僕は傍らにあった
パイプ椅子をわざと音を立てて置いてやる。
彼女はしばし硬直したあと、
小さくありがとうと呟いてそれに座る。
ふと横を見るとホタルがカーペットに座りこんで、
「なんだよ……けんぴじゃねーのかよ。」
などとぼやいているのが目に入った。
「まだ言ってるんですか君は。これあげますから、
部屋に戻ってたらどうです?正直目障りです。」
苦笑しながら袋からけんぴを出してみせる。
途端に彼は犬であれば尻尾を振りだすくらいに目を輝かせた。
いや、ホタルの場合は猫が喉をならし始めるくらい、だろうか。
「なぁ、もらっていいんだよな?いいよなっ!」
「えぇ。ほら。」
先ほどの嘘を非難する素振りもない
友人に半ば呆れながら手渡してやる。
そのまま彼は嬉々とした足取りで扉をあける。
言われた通りに自室へと戻るのだろう。
「あの、学長。この欄には何を書けばいいですか?
資格とかなら持ってないんですけど……」
スズカが紙をくるりと回して学長に差し出す。
その指先には名前、住所、生年月日といった
お決まりの文句に並ぶ素質という欄があった。
「あぁ、文字通りの意味だよ。
君の素質を……っと私としたことが、
肝心なことを忘れていたようだね。」
学長が薬草から手を離して、スズカに向き合う。
「君の素質はいったいどんなものなのかな?
例えば私であれば、この愛しい草花達の意思を理解できる。
そちらのミズシ君なら思念に干渉することが素質だ。」
彼女は小首をかしげて少し悩んだ後、満面の笑みを浮かべて
「対象の感情を奪うことですかね。」
そう宣言して学長に向かって控えめに手を伸ばし、
またしてもいつの間にか持っていた本へとその手を導く。
「ええと、すまない。
よく聞こえなかったんだが……
まあおいおい分かるしいいかな。」
そう言うなり、身を乗り出して話を聞いていた
学長が再び横向きに座って植木鉢の世話を始めた。
(うーむ。これはお見事としか言えないよなぁ。)
スズカは再び本から手をあて、
何かを取り出すようにすうっと手を動かして
甲斐甲斐しく世話を焼く学長へと向けた。
「ん?いや。よくないだろう。
何を言っているのだ私は。
すまないね、スズカ君。
もう一度聞いても構わないかな?」
「もうお見せしましたよ。
見てもらった方が早いと思いまして。」
まるでいたずらをする子供のように、にししと笑う。
いや、ようにではなくて実際そういう心境なのかもしれない。
「それは……いったいどういう?」
「今、学長は私に興味を無くしましたよね?
私は貴方の持つ興味をいただいたんです。」
しきりに首をひねっていた学長が、
納得したらしくそういうことかとつぶやいた。
「珍しい。精神干渉……それも
私にさえ抵抗させないレベルの強さか。
彼女の持つ素質といい、いやはや女の子は怖い。」
彼女が誰を指すのか理解した僕は
内心でその通りだとうなずいたが、
当然ながら心当たりのないであろうスズカは
それを気にしないことにしたようだ。
「それで、なんて書いたらいいですか?」
学長は方づえをついて答える。
「そうだね。感情強奪、といったところか。
君の教導師は《奪い屋》のリロイにしてもらうよ。」
「ええと、教導師……?《奪い屋》?」
まだ規約書には目を通していないらしい彼女が、
学長のセリフの後半部分に対して説明を求める。
今にも読んでくれたまえと言い出しかねないので、
僕は助け船をだすことに決めて口を開いた。
「良かったですね。君の指導教官ですよ。
《奪い屋》のリロイさんといえば、
この学校でも名高い名声の持ち主です。
あなたは今日から《奪い屋》です。」
本当は悪名高いことで有名なのだが、
それを指摘するのは野暮と言うものだろう。
「《奪い屋》。《奪い屋》さんかぁ。」
かみしめるようにつぶやいた、
その声音が嬉しそうなので、一息つく。
もしも自分の職業を気に入らないと、
誰とは言わないけれど猫背の誰かさんのように
ぶつくさ言いながら仕事をこなすという苦労をする。
しばらくすると必要事項は書き終えたらしい。
彼女は書類を学長に手渡して、かわりにもらった
生徒手帳を興味深げに読みこんでいく。
コンコンコン。
「お待たせしました。ヤタカです。」
「入ってもいいですか?」
どうやら例の《彼女》がきたらしい。
今度は学長が立ち上がって扉を開けに行く。
ヤタカ先生のあとから扉をくぐった人物は、
カーディガンに包んだ長身を綺麗に伸ばして、
知的なメガネの奥から夕焼けのような朱色の瞳を見せる。
件の《彼女》こと――――――
「貴女が転校生よね?僕はチヒロって名前で、
職業は《言霊師》をやらせてもらってます!
これからよろしくお願いしますね!」
自然体で微笑んで学長とは違う繊細な手を差し出す学級代表。
その手を握った《奪い屋》さんも彼女へと笑いかけながら、
「スズカです。こちらこそよろしくね!」
と答える。絵になる二人だと思いながら、
ヤタカ先生と妙な事になりましたね、
ミズシ君のせいでしょうというやりとりを交わす。
「とりあえず、必要な手続きも済んだことだし、
チヒロ君、スズカ君にこの学び舎を案内してやってくれ。
ヤタカ君はリロイ君に教導師任命の知らせを届けてほしい。
ミズシ君はこの段ボールを捨ててきてくれたまえ。」
という学長の言葉に解散となり、
「「「失礼しました」」」
との3者3様な声音の退出のあいさつを背に、
段ボールを折りたたんでかかえあげた。
部屋をでる前に今にも鼻歌を歌いだしそうな
水やり中の学長を睨んで、軽くホタルに同情を抱く。
ゴミ捨て場を目指して歩みながらふと振り返ると、
日に日に早く沈みゆく太陽に照らされた校舎を眺める二人組。
やや身長差のある二人だが、馬は合うらしく身振り手振りで笑い合う。
もうすぐ冬を迎えようかという《私立空想職業訓練学校》は、
一足先に不思議な転校生を迎え入れて、騒がしい日常を奏で始めた。




