《のうてんき》な女の子
「それで、結局あなたは何なんですか?」
あれから数分後の駄菓子屋。
目当ての物を買うだけ買って店を出ると、
件の緑のコートの少女が壁にもたれていたので
僕は溜め息混じりにそう話しかけた。
コートの下は黄色い洋服に、
ショートパンツという出で立ち。
一見してベルトに見える帯は
後ろに回したウエストポーチだ。
そこから先ほどの本を取り出しながら、
彼女は向日葵のような笑顔を向ける。
「ただの通りすがりの浪人だよ。」
「あれを触れただけで簡単に消し去る人間が
ただの通りすがりなわけがないですよね。」
ついついずれおちそうになる帽子を押さえながら、
僕は横目で自分より幾分低い位置にある彼女の顔を見る。
「あれをなんだと思ってるんですか?
人や動物の思念の集まり……
言ってみたら悪霊なんですよ?
あれが見えるだけでも異常なのに、
消滅させるなんてありえないです。
それにいったいなんですか、その本は?」
「ええっと、なんか怒ってるの?」
こちらの質問に答える気配もなく、
回り込んで尋ねる彼女に向かって
はー、と深い溜め息をつくと、
ぽとりと音を立てた帽子を拾いながら答えた。
「ええ、怒ってますよ。とても。」
帽子が落ちたのは何も風が吹いたとか
サイズが合ってないとかではなくて。
「それ…って角、だよね?」
彼女が僕の頭をまじまじと見つめる。
そこには言葉通り、太い角が2本伸びているはずだ。
「これは僕の一族の、魔力の源です。
普段はもっと小さいから帽子で隠してますが、
その時の感情次第で大きさは変わります。
特に怒りには敏感に反応して伸びるので……。
それで、結局あなたは何なんですか?
もし怪我でもしたらどうするつもりだったんですか!」
「あっれぇ?もしかしてそれって
心配してくれていたりするのかな?
そういうことなら、君のお仲間かな!」
言うなり僕の顔に向けて手を突き出してくる。
思わず身を引こうとするものの、後ろには壁があった。
「な、なにを――――」
彼女は魔物を消した時のように、
僕の顔にかざした手を本に落とす。
自分の中の激情が、徐々に消えていく。
体も薄れているのかと思い、自分の手や
足などをきょろきょろと見ていると、
目の前から吹きだすような笑い声が聞こえた。
「何してるの?君は生身だし消えやしないよ。」
「でも、さっきあれは消えましたよね?」
「いやだなー。こんな白昼堂々人殺し
なんてするわけないじゃないですか。
ちょっと物騒な感情をいただいただけですよー。」
「感……情?」
言われてみれば、苛立ちが嘘のように消えている。
「そう。私も君と似たようなものでねー。
私の髪は獅子尾って言うんだ。
ちゃんと感情にも反応するよ?」
そう言って笑う彼女に同調するかのように
ひょこひょこと左右に揺れてはいる……。
「いや、思いっきり身体で揺らしてますよね?」
「えー?なんのことかなぁー。」
相変わらずにこにこと微笑んだままだが、
すでにポニーテールは活動を休止している。
「ところでそろそろ話してくれませんか?
感情をいただくってなんなんです?」
「ちぇ。ごまかせなかったか。」
軽く自分の頭を小突いておどけてみせる。
また少し苛立ちを感じて、冷たい視線を送った。
「はいはい。分かりましたよっと。
この本は特別製でね?人や動物が、
その時に感じている感情をストックできるの。
それから、さっきのあれは結局は霊でしょう?
思念だって人の想いだから、抜き取れるんだよ。」
まだ茶化されているような気もしたが、
冷静に考えるといくつかの合点がいった。
さっきの不自然な怒りの納まりもそうだし、
魔物を構成する思念を直に抜き取る、
ということは十分にあの消滅を説明できる。
それは僕の使う封魔術と原理は同じだからだ。
でもまだ腑に落ちないこともある。
「ストック……と言いましたね?
ということはそれを使うこともできるのですか?」
「やっぱりばれちゃうか。ご明察ー。」
「それを使って、あなたは何をするつもりなんですか?」
「へぇ?そこに気付いちゃうんだ?」
(っ!?)
その質問への答えは、口調こそ同じだが
ぞっとするほど感情のない、冷たいものだった。
「ま、そこまでは教えてあげないかな!」
ないしょ。と言いながら口元に人指し指をあてる。
ひょうひょうとして歩きだす少女からは、
気のせいかと思うほどにさきほどの冷たい気配はない。
(この子……なかなか面白いですね。)
そう思って、ふと気がついたことがあった。
「待ってください。まだ名前を聞いてません。」
ふりかえった彼女は胸の前で指を振って、
「そういうのは、訪ねた方から言うものじゃないのー?」
と答えた。どうにも調子が狂う。
「分かりました。僕の名前は――――」
「おーい。ミズシ君。」
「え?」
いきなり名前を呼ばれて驚いたが、
その声は目の前の彼女からではなかった。
「ここにいたのか。やっと見つけたよミズシ君。
いきなり、邪気が消えたから、封じたのでも
逃げられたのでもないし、何事かと思って……」
やや息を切らせて走ってきたのは、
僕の教導師の《封魔師》ヤタカさんだった。
ひざに手をつき、前かがみになって息を整えている。
「先生、ちょうどいいところにきてくれました。
魔物を消したのはこの……えーと。」
「あ、私、スズカって言います。
ただの通りすがりの浪人生ですー。」
「え?あぁ。どうも?教導師のヤタカです。」
「よろしくお願いしますねー。」
僕は笑って愛想をまく彼女にため息をつきながら、
意趣返しというわけでもないがヤタカ先生に提案した。
「先生、彼女も異能を持ってます。
浪人だと言いますし、スカウトしてみては?」
「「へっ?」」
すっとんきょうな声を上げた二人が、
お互いに顔を見合わせるのを眺めていると、
教導師の前にもかかわらず吹き出してしまった。




