《封魔師》という仕事
ばたむ、とありきたりな音を立てて扉が閉まる。
彼に頼みごとをした時は芋けんぴを買ってあげるのが通例だ。
なんともお財布に優しい契約なので特段嫌な気はしない。
学校を出て近くの駄菓子屋へと行くので、
ひとまずは学校の正門を目指して歩き出す。
雪景色にはまだ早いが、少し肌寒くもあるので
自分の吐く息が白くけむって見えた。
生徒数が少ないので行き違う人もなく閑散とした道が続いている。
人数の割には規模の大きい敷地だが、これには理由がある。
ここは表向きこそ学校の名を冠しているが、実際の狙いは違う。
魔法を詮索されない環境には教育機関が持ってこいなのだよ。
などと言いだした学長が有志を募って建てたのがこの学校なのだ。
なんてことはない、教導師は施設を利用している魔導師の中から、
生徒に合った魔法を用いるものが選ばれているということで。
そんなことをつらつらと考えながら歩いていると、
ズボンのポケットに入れてある携帯電話がメールの受信を告げた。
液晶画面をタッチしてメール機能を呼び出し、確認する。
差出人は僕の教導師。内容は予想通りの仕事の依頼だ。
指定された場所を確認すると、駄菓子屋を過ぎたあたりの商店街らしい。
まずはこの仕事を終わらせて、帰りがけに駄菓子屋へ寄ることにしよう。
ホタルには報酬と次の仕事を一気に持ちかえることになりそうだ。
「ん。よし。」
携帯をポケットに押し込むと、手帳と羽ペンの位置を確かめてから
学ランのボタンを握りしめ、魔物の発生が報告された地点へと急いだ。
メールに書かれていた場所に着くと、対象を探して辺りを見渡したが、
いつもであればすぐに見つけられるはずの思念の集合体の姿は見えない。
(妙だな。先生が間違えたってこともないだろうし……)
メールの詳細はいつも通りで、特に知能の高い危険な相手ではないはずだ。
それは僕だけで行ってくるように指示したことからも推しはかることができる。
もし強敵であるなら、先生のサポートに回るように言われるはずだ。
腑に落ちないので電話して彼に指示を仰ぐことも考えたけれど、
行動範囲の広い魔物なのかもしれないと考え直して封魔道具を構えた。
この一帯はシャッターの降りた店が目立つ寂れた通りで、人目を気にすることもない。
そもそもが魔物はこういう寂れた、もしくは過去の繁栄を思わせる場所を好むのだ。
その時。前方に見える商店街から裏路地に入る小さな横道で、大きな物音がした。
「そこか!」
魔物は実体を持たないものが多いが、この短時間で捕捉した位置から
50m近く離れるということは、実体をもつタイプかもしれない。
そうだとしたら少し厄介な相手だが、より高位の知能を持つタイプは
ほとんどが霊体なので、それを考えれば十分に封じられる魔物だろう。
しかし、辿りついた曲がり角から見えた景色は全くの予想外のものだった。
「い、いててて。」
そう言いながら立ちあがったのは緑のコートを着た女の子で。
黄金色のポニーテールを揺らしながらパンパンと服の汚れを掃う。
どうやら壁際にたてかけてあったタライにつまづいたらしく、
彼女の足元には鈍い色をしたタライが底を地面につけて鎮座している。
予期しない光景に驚いてその少女から目を離せずにいると、
向こうも僕の存在に気付いたようで、乾いた笑い声とともに会釈して見せた。
そうして頭を下げた彼女の後ろに、今度こそ魔物の姿を見た。
目が合うとそれは朽ちかけたロープからほの暗い肩口を覗かせて迫りくる。
僕は反射的に駈け出して落ちていたタライを起こして楯にした。
「ぐっ。」
ガァンという音とともに衝撃が腕に伝わる。
さきほど危惧した通り、実体を持つ魔物だ。
昨日捕えた相手よりは高位だが、まだ恐れるほどではない。
短期決戦に持ち込むため、タライの影からボタンを投げる。
しかし魔物の四方を囲むはずのそれは――――
(3つしかない!?)
さっきの突進を受け止めた時に1つ落としてしまったらしい。
要の欠けた結界では足止めにもならず、不気味な唸り声をあげる。
灰色の魔物の手が、両側からぺたりとタライをつかむのが視界に入る。
そのままありえない強さで圧縮されたタライがぺしゃりとへこみ、
後ろに跳びすがった僕は再び奴と目を合わせる羽目になった。
こうなった以上、攻撃を回避しながら手帳に封じるしかない。
そうして羽ペンをとりだした時、不意に後ろにいる少女のことを思い出した。
「しまった……。」
咄嗟に振りむいてしまってから、魔物に背を向けたことに気付く。
膝をついて手をかざすことで衝撃にそなえようとしたが、
そこにいるはずの彼女が見当たらず、思わず硬直してしまった。
さすがにその隙を見逃してくれるほど甘い相手ではないはずで、
思わずどうしてこうなったという思考が頭をかすめた。
けれど、相手の攻撃は飛んでこない。
まさかと思い顔を上げると、悪い予感は当たるもので、
緑のコートに黄金色の髪を垂らした少女が魔物の正面に立ってる。
「そこは危ないからどいてくれないかな?」
すぐそばに落ちていたボタンを拾って結界を完成させ、
動きを止めた魔物に相対する彼女にそう声をかけた。
(でもあの子はあれが見えているような……?)
僕のその考えも的を射ていたようで、
女の子は魔物の顔にあたる部分に手をかざすと、
その手をしならせていつの間にか持っていた本を叩いた。
その瞬間から魔物の姿は薄れていき、溶けるかのように
虚空へ消えていくのを、僕は唖然として見つめていた。




