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《私立空想職業訓練学校》

 世界には少しだけど奇跡というものがあるらしい。

それを人が自在に使える形にしたものが魔法と呼ばれていた。

呼ばれている、ではないのはもう廃れてしまったから。

 人々は相当な準備を経ておおげさな奇跡を扱う魔法より、

簡単に必要な分だけの現象を起こせる科学を選んだ。

今や魔法は過去にあったかもしれない太古の技術という位置づけだ。

 けれど、いつの時代にも必ずと言っていいほどはみ出し者はいるもので、

世相をもろともせず細々と魔法を伝えてきた者たちもいるのだ。

彼らの息子や娘たちは中学校を卒業すると決まって、とある学校へ進学する。

それがこの物語の舞台となる、《私立空想職業訓練学校》である。


「魔法とは一概に言っても、その中身はさまざまであり

 火を起こすものから霊を呼び出すもの、反対に封じるもの、

 はては物に命を吹き込むなんて種類の魔法もある。

 諸君らはなんらかの魔法の素質を持つ魔道士の卵であり、

 君たちのせっかくの才能をこの現代で役立てるために、

 架空の職業に見立てて魔法技術の発達指導、応用法の確立を行う。

 それが私の抱く理念であり、ひいてはこの学校の教育方針である。」


 僕が入学式でそんなあいさつを聞いてから、もう1年が経つ。

この《私立空想職業訓練学校》はその名から分かる通り変わった学校で、

ここの教導師、いわゆる教師は生徒の素質に合う人がその都度採用される。

 つまり新入生が炎を操る素質があるなら《灯し屋》が彼の教導師に、

僕のように魔物を封じる素質があるなら《封魔師》が教導師になる。

言ってみれば、完全に生徒と先生の割合が1:1の学校なのだ。


 サクサクと個室の続くプレハブを壁伝いに歩いていく。

僕は右手で次第にずれてきてしまう帽子の位置を直してから、

手に絡む褐色の髪をほぐし、学ランから覗くシャツの襟元を正す。

学ランの胸ポケットにある愛用の羽ペンが見えて自然と笑いが漏れた。


 何故生徒が個別対応してもらえるかと言うと、

魔法の素質がある者の数が圧倒的に少ないからだ。

僕と同じ年に入学した生徒は僕を入れて3名、

今年度の入学生に至ってはわずかに1人きり。

そして僕の同期の中の1人は厳密には魔法の素質がなくて……


 辿りついた目的の部屋からは、扉越しにかすかに

ガツガツという音と猫の鳴き声が聞こえてくる。


「君は今日もそんなことをしてるんだね。」


 彼に与えられた部屋のドアを開けて中に入る。

そんな僕の第一声はあきれから来る一言だった。


「お前はいい加減ノックって言葉を覚えろよ。」


 同じく呆れながらこちらを振り返ったのは、

紅茶色の髪に盛大な寝ぐせを乗せた少年。

 今日も手にもった小太刀を彫刻刀のように

使って大きな石板に文字を彫っているようだ。

彼の足元には何故か、数匹の猫が集まってまどろんでいる。


「ホタル、君は僕を誰だと思ってるんですか?

 ノックという言葉くらい知っていますよ。

 ドアを開ける前に軽く叩いて音を立てることで

 自分の来室を相手に知らせる行為のことですよね。」


「知ってるならそれをしろって言ってるんだよっ。」


「その必要性をまったく感じなかったので。」


「ああそうかよ……。で、ミズシ。今日は何の用なんだ?」


 やっと体ごと向き直ったホタルがうっとうしそうな顔で問いかける。

魔法の素質はない彼だが、ここでの職業は《記録士》というもの。


「いつもと同じだよ。この手帳を記録してほしい。」


「やっぱりか!お前が働くのは勝手だけど

 そうすると俺の仕事が増えるんだからな?」


「本当は嬉しいくせに、よくそんなことが言えますね。」


「う、うるせーなぁ。しょうがねーからやってやるよ。」


顔を合わせようとはしないが、ちゃんと手は伸ばしてくる。

僕はさっき1体封じたばかりの手帳を彼に手渡す。


 僕の職業は《封魔師》。人であれ動物であれ、

生き物は死ぬと思念を残すことがあるらしい。

そしてそれが集まると、人に害なすことがある。

その魔物を結界で囲い、それを手帳に封じるのが僕の仕事だ。 

ちなみに手帳は重要ではないが、対象を書き記す羽ペンと

結界を張る学ランのボタンに魔力を注いでおくことも大切な下準備だ。


 そして《記録士》である彼が手帳の複製をいくつか作ることで、

魔物を構成する思念を分散させ、最終的には解体することができる。

 封じているとはいえ、魔物を直視し続ければ何らかの害があるのだが、

彼は一度見たものを完璧に覚えることができる完全記憶能力を持っている。

そのため、彼は魔法の才がないにもかかわらず学長にスカウトされたのだ。


 彼が手帳を開き、ページを破くとこちらへ放り投げてくる。

なついてくる猫をこれまたうっとうしそうに追い払いながら、

引き出しから大学ノートを取り出してガリガリと書き始めた。


「解体できたら焼いとくから、例のもの頼むわ。」


「はいはい。買ってくればいいんですよね?」


「おう。」


手を挙げる彼に、手を挙げて答えると僕は部屋を後にした。


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