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《記録士》の本領

「痴話喧嘩ならよそでやってくれよ」


開け放たれたドアから、

入ってくる冷気とともに、

ホタルがそう声をかけてきた。


「やっほーホタル君」


「何処から聞いてたんですか。

 そもそも痴話喧嘩ではないんですが」


そのまま中へ入ってくると、

彼の足元から子猫も顔をのぞかせた。


「だいたいぼっちってなんだろうくらい。

 俺はお前のことだと思うぞー」


「結構がっつり聞いてましたね?

 というか僕はぼっちじゃないですし」


さりげなく馬鹿にされた。

タンスから取り出したタオルをスズカに渡し、

ホタルが開け放したドアを閉める。


「それはそうとなんでさらりと入ってくるんですか」


いかにも当然といった態度で

部屋へ猫まで連れ込んだ彼だが、

ホタルに用事はないしどちらかというと

今は取り込み中なのだ。


「隣の部屋がやかましかったら気になるだろー。

 だったら聞いてる方が気にならないからな」


「僕が気にするんですがそれは」


「知ったこっちゃねぇな」


マイペースというかなんというか……

まあ、聞かれて困る話でもなければ、

いずれ話さなければいけないことでもあるので、

それはそれでよいとする。


「で?ぼっちがどうしたんだよ」


「《だいだらぼっち》ですけどね……」


テーブルを拭き追わったスズカは、

どこ吹く風といわんばかりに猫と戯れている。


「あなたが聞きたい話じゃなかったんですか」


「え、なになに?呼んだ?」


慌てて取り繕ったかのごとく

きょとんとした表情を作ってみせる。

彼女の場合比喩ではなく文字通り作るのだが。


ひとまずは話を整理して

ホタルへと説明することにして、

彼に目をやると、ちゃっかり僕の椅子に座っている。


文句を言うのも疲れ果てて、

頭をおさえてため息をつく。

素直にもうひとつ椅子を持ってきた。


「あ、俺じんじゃえーる」


「知りませんよ!」


「ミズシ君、つの、つの」


こいつの面の皮の厚さといったら。

苛立ち紛れにこれまでの経緯を説明する。


どうやら先日の件と関係すると踏んできたらしく、

それを聞くホタルの表情は珍しくまじめなものだった。


「……ふーん。

 書いた覚えもないのに、

 自分の字で書かれた文字かぁ」


 そういうと

両手を頭の後ろで組み、

背もたれへもたれかかる。


「じゃあ忘れさせられたってのが

 あるかもしんねーな」


「忘却術、ですか。なるほど」


 正直その発想はなかった。

それができるのはこの学校では

《奪い屋》のリロイ先生くらいでもある。


「言われてみたらなんで

 思いつかなかったんだろう?

 って感じだねー」


 肘をついて手を口元へ

そえる彼女に僕は同感だと答えた。

リロイ先生ならば、彼女の教導師でもあり、

あの日修行場で一緒にいたとしてもおかしくない。


 それに話の内容が内容なので、

記憶を奪われたとしても不思議ではない。

……いろいろとつじつまが合ってきた気がする。


「俺は逆にそれ以外だと

 忘れることはねーからなぁ」


 そういえば彼の記憶力は異常である。

残念ながらそれを引き出すおつむが本当に残念なので、

今まで役に立ったことがあったかどうか。いや、ない。


「俺もうっかり聞いちまった

 今度の試験の内容のこととか、

 忘れさせられたんだよなー」


「あはは。それは聞かれる人が

 悪いような気もするけど」


「……ちょっと待ってください?」


 職員室で大声で語るゲンジさんと、

それに乗ってヒートアップするリロイ先生が

試験前に内容を口にするのはもはやお決まりだが、

そもそもが試験など難しいものではなく、

それに頼るのはホタルくらいのものである。

が、問題はそこじゃない。


「忘れさせられることを覚えてるのは何故です?」


「あ、そっか。

 その周辺の記憶を

 ぽっかりとられるはずだよねぇ?」


 僕は忘却術を受けたことはないが、

そういう術式があるということは

リロイ先生から聞いている。


 数分間の記憶を引き抜くが、

引き抜いたことを悟らせないのがミソだ。

と語っていた。そりゃそうだろう。


 ちなみにとても便利で危険な術に思えるが、

本人が言うには「ものっすごく疲れる」から

使用するのはそんなホタルを見つけた鬼のような

メイ先生に無理やり行使させられる時くらいだという。


「え?覚えてるもんじゃないのか?」


「もしかして内容まで覚えてたりしませんよね?」


 そう聞いてみると、ホタルは

両肩をすくめて手のひらを上に向ける。


「馬鹿言えよ。次は魔方陣錬成の

 スピードを測るとか言ってたのは忘れた」


「しっかりおぼえてるよねっ!?」


「あなたにんげんですかほんとに…」


 当のホタルはというと、

何がなんだがわかっていないらしく、

え?覚えてるのか?覚えてるわ。

などと供述しており……

等と言ってる場合ではない。


「君の場合もはや《覚えが良い》

 というよりも《忘れられない》

 と言った方が適切な気がしますね」


「それなのに覚えてることを分かってないって、

 ホタル君ってばやっぱり普通の人とは違うよねー」


「よせって、そんなに言われたら照れるだろうが」


 完全に馬鹿にしているのであるが……。

彼はこの先の人生、何があっても幸せに

生きていけそうな気がしてくる。


「まあ、あれだね。

 ホタル君のびっくり人間ぶり以外にも、

 リロイ先生が怪しいってわかったよね!」


「怪しいって……まあ、

 そういってしまえばそうですが」


「じゃあ明日聞き込みいくかー!」


 ばっと椅子の上で立ち上がり、

あまつさえテーブルに片足をあげて意気込むホタル。

僕もそろそろ殺意が込み入りそうだ。


「もうそれでいいですから、

 とっととでてってください……」

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