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《無感情》の女の子

ほんのりと湯気の上がるマグカップ。

向かいに座る少女に手渡して、

自分の分にもお湯を注ぐ。

それを机の上に置いて、

僕は両手をゆるく握った。


やはり、自分の部屋はよい。

そんなことを想いながら、

さきほどの問いについて反芻する。


「《だいだらぼっち》ですか……」


両手でマグカップを握り、

ふーっと息を吹き掛けていた

スズカが顔をあげる。


その表情は凪いだ海のようで、

心中を見通すことはできない。


「どうして知ってると思ったの?」


そこから出た質問。

ずずっ。一口すすって、

間を空ける。さてどこから話したものか。


「その手帳ですよ」


「……これ?」


「えぇ。あの日見せてくれましたよね?」


彼女がポーチから取り出した手帳。

中にはデフォルメされた表情のスケッチ。

それがただの絵ではないことも、

ただの手帳でもないことは明白だ。


「えっ!? ミズシ君、まさか」


「まさかもなにも、当たり前じゃないですか」


彼女の手から抜き取り、

パラパラとページをめくる。


「ここに書いてありますから」


片手で持ってスズカへ見せる。

そのページは先日僕が目にしたもの。


メモ書きされた文字列。


《封魔原典》の魔物

《だいだらぼっち》


無感情と言ったわりに、

その表情には驚きがみてとれる気がした。

……この長い沈黙のせいかもしれないが。


「正直に言いましょう。

僕も父からその名前と存在を

聞いたことがあるというだけです。

《だいだらぼっち》のことは」


この言葉に嘘はない。

そして、僕が気になったのは


「《封魔原典》の魔物。

あなたはそう書いてますよね?

これは、どういう意味です?

何を知ってるんですか?

なんで、知ってるんですか?」


「ちょっ、ミズシ君落ち着いて!

帽子浮いてきてるからっ!ねっ?」


がたっと、

音をたてて椅子ごと

後ろへ下がるスズカ。


その目の前へと

赤い本を突き出す。


「今度は誤魔化されてあげませんよ

これを誰から聞いたんですか?」


「……覚えてないんだって」


ため息混じりに、

先日と同じ言葉を繰り返す。

知らないではなく、覚えてない。


「これを書いた覚えもないんだー。

でも、何回見ても私の文字なんだよね」


僕の持つ本に

手をかざして、

おかしいでしょ?って

笑ってみせる。


「だから気になって、あの日、先生たちも

ミズシ君やホタル君もいないから

チャンスだと思って調べにいったんだよ」


「……そういうことでしたか」


ぶるり、と風を感じた気がして身震いする。


そして紐をほどき、調べようとした際に

誤って本の封印を解いてしまったのだろう。


そこから先は瘴気を浴びて、

駆け付けた僕らに救われて、

ということになるのだろう。


自分の文字だが、書いた覚えもない。

内容なんてもっと覚えていない……。


「いったいなんなんだろうねぇ?

《だいだらぼっち》って」


ぽつりと、スズカが呟く。


「あぁ、簡単に言えば、

恐ろしく高密度な魔力の結晶、ですよ」


「知ってたの!?」


もう条件反射なのだろう、

感情を引き出してしまうのは。

本にはどんどんと空白が増えていく。


「さっき言ったじゃないですか。

父から聞いたことがあるって」


「さっきは知らないみたいな

言い方だったじゃないっ!」


バン!と両手を叩きつける彼女に、

近所迷惑ですよ……ホタルしかいませんけど。と呟く。

テーブルが壊れたらどうしてくれるんですか。


「それを聞くためにわざわざ

待っててあげたんだからねー?」


だったらせめて普通に呼び掛けてほしい。


「まぁ、知っているとは言っても、

本当にそれだけなんですけどね。

それが今どこにいるのか、いえ、

今でもいるのかさえ知りません。

10年前に父が目撃したというくらいです」


思わず、二人同時に

机の上に置かれた本に目を落とす。


あー、さっきの衝撃でマグカップから

中身が跳ねてしまったようで、

机の上にその勢力を伸ばしつつあった。


「あっぶないなー!?」


さっとひったくったスズカが、

本を胸に抱え込んで叫ぶ。


「あなたのせいですからね」


タオルを取ろうと立ち上がり、

タンスに足を向けた辺りで、

僕はようやく身震いの原因を知った。

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