封魔原典の《魔物》
「ってことはなにかよ!
これ全部今まで倒した奴だってのか?」
ホタルが強烈なブローを回避して叫ぶ。
戦いは苦手といいつつ、自分の特性は
しっかり把握しているようで、彼が相手どるのは
実体の持つタイプ、比較的弱っていない魔物である。
「そういうことみたいですね……!
でも、そうと分かればまだ対処できます」
一度倒した相手であり、
封印したものが出てきただけだ。
「おぉ!じゃあさっさと倒してくれよ!」
ホタルが期待に目を輝かせ、
余所見した彼を回し蹴りが吹き飛ばした。
「っ!本物のバカですかあなたは!
目の前の敵に集中してください!」
咳き込みながら立ち上がったホタルに、
例の魔物は容赦なくかかとおとしを見舞う。
「こんのやろ……っ!」
かろうじて小太刀を両手で持ち、
攻撃を受け止めたものの、じりじりと力負けしていく。
「ミズシ、てめー見てないで仕事しろっ!」
あんまりな言いようにむっとしつつ、
「元はといえば君が金ボタンを
壊してくれたから僕が苦労してるんです」
何も遊んでいたわけでも
傍観していたわけでもない。
先ほどホタルが叩き壊した金ボタンのかわりに
なるよう、予備のボタンに魔力を注いでいたのだ。
「とりあえず時間稼ぎには礼を言います」
「あぁ?」
僕がしていたことはそれだけではない。
床に落ちていた《封魔原典》を右手で持ち、
左手で四つの呪物をかまえる。
「おい待てまさか……」
ホタルの顔が青ざめる。
「仕事をしろと言ったのは君ですよ。
《封魔師》の本職はこういうものです」
金ボタンを部屋中に散らばる魔物、
その全員を囲むように投げ込んで、
基底となる位置で《封魔原典》を掲げる。
「さあ、戻ってくるといいです!」
分厚い本から、数多の影が伸び、
それぞれの獲物目掛けてはいよる。
実体を持とうがもとまいが、
この影の手には抗いようがなく、
弱ったものからするするとからめとられ、
《封魔原典》へと引きづりこまれてゆく。
「うわわわ。冗談じゃねぇ!」
ホタルが身を捻り、
かかとが床に落ちる音が響いた。
硬直した魔物の横っ面を、
手にした小太刀でぶん殴り、
たたらを踏んだ人型も影に捕縛される。
《封魔原典》が音を立てて閉じた時には、
十数体いた魔物はきれいさっぱり消えていて、
後には肩で息をつくホタルと、僕のため息のみが残された。
「それで、どういうことなんですかね?」
救護室の寝台に腰かけるスズカに、
平静を意識して問い掛けた。
夕焼けに染まるカーテンをみやり、
彼女の少し横に後ろ手をついて立つ。
「覚えてない……って言ったらどうする?」
珍しくうつ向いたまま、
ぼそりと呟いた言葉には、
いつも通りのからかうような調子があった。
その事に少しホッとしつつ、
「ごまかされてあげる気はありませんよ?」
しょうがないなぁなんて
この期に及んで楽しそうで、
マイペースに肩をすくめて……
顔を上げた彼女には表情がなかった。
「おやおや?さすがに驚いたかな?」
そういう彼女の声からも
感情というものが抜け落ちていて、
まるで音声案内かなにかのように無機質に響く。
「これがわたし。
なんにも持ってないんだ」
嫌な汗が背筋を伝う。
何も持たない?何も……とは?
それに、いつもの彼女は
「いつもは、とか思ってる?
わたしの職業、なーんだ!」
楽しげに弾んだ声に、
はっとして見据えた彼女には、
普段のような笑顔が浮かんでいて、
「《奪い屋》とはよくいったものよね。
この感情も、わたしが奪ったものだもの」
「奪っ、た?」
クスクスと笑い声が響き、
不意に消えたかと思えば、
先ほどの恐ろしいほどに
澄んだスズカと目が合った。
「ここに来るまで、色んな人を見てきたよ。
楽しそうな人、寂しそうな人、
幸せそうな人、辛そうな人、とかね」
思えば、僕はどれだけ彼女を知っていただろう。
のうてんきでいたずら好きで、周りを振り回すタイプ。
それが僕の知る彼女で、スズカが僕に見せていた彼女。
「そういう人から、ちょびっとずつ拝借してね?
そのうち、勤め先は少しずつ評判になったんだよね。
舞い上がらずに落ち着ける、悲しみが安らぐカフェだって」
おそらくはアルバイトだったのだろう彼女は、
訪れる客から感情を奪い、自らのものとしていた……?
「それでもストックにも限界があってさ。
ここにきて、ちょっと使いすぎちゃった」
ちらりと舌を出した彼女は、
ウエストポーチから赤い本を取り出して見せる。
パラパラとめくる彼女の手帳には、
ほとんどか白紙の中でところどころに
ヒマワリのような笑顔やいたずらっぽい笑みが
デフォルメされて描かれていた。
「でも、これじゃあまるで《記録士》の……」
「ピンポーン!これは《記録士》の力。
それもゲンジさん特製の、ね!」
茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた彼女だが、
その手元の本からはまた1つ白紙のページが増えたのが見えた。
「そういうカラクリでしたか……
では、《封魔原典》を開いたのも?」
「そこまでわかっちゃうんだ?
お察しの通り、この中になにか
使えそうなのないかな~って思って」
彼女とリロイ先生の顔合わせの様子も、
今の話で色々と推測がついた。
……彼女が暴挙に出た理由も。
「誰です?あなたに余計なことを言ったのは?」
ぴくりと、彼女の体が震えた。
「なんのこと、かな?」
「さっき言いませんでしたっけ?
ごまかされてあげる気は、ありませんよ?」
穏やかな微笑みで彼女を見る。
「誰なんです? あなたに、
《だいだらぼっち》のことを教えたヒトは」
無感情な瞳で目を合わせた彼女は、
小さく首をふって覚えてないって呟いた。
同じ頃、夕焼けの眩しいプレハブで。
散らかった部屋の整理に区切りをつけ、
扉をくぐり、夕陽に大きく伸びをしたホタルに、
逆光の中で影のように浮かぶ人影が声をかけた。
「君にとって、強さとはなにか?」




