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課せられた《依頼》

 なんだってこんなことになってるんだ。


 怒鳴りつけたものの、

何の反応もよこさない侵入者。


 ぺたりと座り込んで、

ただ迫りくる腕を見上げて、

そんな《彼女》を見ていたら、

勝手に身体が動いていた。


「こりゃ……どういう状況だ?」


 困惑顔のホタルが、

僕にのしかかろうとする影を殴りつける。


「思ったよりも全然弱え。

 けど、問題は、数だな」


 非力なホタルでも殴り飛ばせるほど、

手ごたえのない相手。これは、さきほど

戦った相手とも共通していることだ。


 おそらくは、同じ使い手によって呼ばれたか。

違うところと言えばその数。部屋を飛びかう影は

軽く数えただけでも10体以上はいるだろう……!


 入学して以来、いやそのもっと前の、

父の後について巡回をしていた頃からでも、

今までには、2体同時でさえ経験したことがない。

 

 この状況はそうとう異常で、

その中で沈黙を保つ侵入者が

ひどく不気味な存在に思えた。


「どういうことか、答えてくれませんか?スズカさん。

 僕はそれなりにあなたを信用し始めていたのですが?」


「おい、それどころじゃねぇって。

 わかんねぇのか?さっきの俺と一緒だよ!」


 自由になった左手で彼女を揺さぶると、

力なく揺れる様子が数分前の友人と重なった。

 はっと思いつき、状況を理解する。

 

「《瘴気》か!」


 何体かが固まり、そこを起点に

大量の《瘴気》が渦巻いているのが見える。

 

 これは明らかに、通常の《魔物》が

放つ《瘴気》の量とはかけ離れている。

いかに《奪い屋》といえど、見習いで

成り立て間もないとなれば《瘴気》に

あてられるのも無理はないだろう。


 僕のように身体的な《結晶》があるわけでもないし。


「ホタル、スズカを連れて外へ!」


 敵が同レベルであることを祈りつつ、

金ボタンを投擲。組み上げた《結界》には

三体の《魔物》がひっかかってくれたようだ。


 狙い通り、ホタルを追おうとした奴らを捉えた。


(よし、このまま一匹ずつ手帳に……)


 懐から手帳を取り出そうとするが、

結界に収まったのは奴らの中で一部だ。


「っ!」


 それに一体、他の《魔物》

よりも動きが素早い相手がいる。

 実体を持つタイプのようで、

隙を見せれば拳を振り上げて迫りくる。

 そう簡単に封印には持って行けそうにない。


(こいつは、一昨日ホタルに頼んだ相手と同じか)


 完全に人型で、ボクサーのように

近接格闘を繰り出してくる強敵だった。


 この狭い部屋で、囲まれつつある今、

俊敏で力強いこいつは非常に厄介な相手だ……。


 弱気になりそうな精神をふるい立てて、

奴以外は取るに足りないという事実にも焦点を当てる。

 殲滅には時間はかかるだろうが、ある程度耐えきれば、

チヒロさんやウララさんもかけつけてくれることだろう。


 ふと、風を感じたかと思えば、視界を横切ったのは紅茶色の髪。

《結界》によって動きを止めた一体に、ぶんと小太刀が振りかぶられた。


「《瘴気》を断つには元から、なんだろ?」

 

 乱入者はにやりと笑って振り下ろす。


「ホタル!……君は本当にバカですね」


 まったくもって救いようがない。

 スズカはしっかり外へ逃がしているが、

当のホタルは戻ってきてしまったらしい。


 《瘴気》耐性の一般人といい、

《瘴気》に弱い《奪い屋》といい、

僕の周りに普通の魔法師はいない気がする……。


「はっ、ばかばかうるせぇ。

 ここは俺の部屋だからな!

 お前だけにまかせてられる、かってんだ!」


 語尾を気合いに変えて振り切る。

その渾身の一撃は《魔物》の頭を――

――――通過した。


「え? うがっ!」


 やっぱり気付いていなかったらしい、

実体のない《魔物》に対して、物理的な攻撃は

すり抜けるだけで通用しないというのに。


 あの《魔物》も、前に同系統のモノと

戦った経験があるが、その時は民家をすり抜けて

するすると逃げ回られて捕捉に苦労した覚えがある。


 床に打ち付けた衝撃で、

ホタルが小太刀をとり落とす。


「あ、ああっ!」


 が、その打ちつけた位置が、

これ以上にないほど最悪だった。


「自爆するのは勝手ですが、

 僕の術式の要まで壊さないでください!

 ホントに君は余計なことしかしませんね!」


 見事に陥没した金ボタンでは、

《結界》の一端を維持できずに、

その綻びから揺らぎが全体へ広がっていく。


 逃れ出た《魔物》達は、

乱雑な円を作ってゆらゆらとゆれる。


 思わず一歩後ずさると、

その背中が何かにぶつかった。


「お、おりゃ戦うのは専門じゃないんだが……」


 壁でも敵でもなく、武器を構えなおした

ホタルであったことにほっと胸をなでおろして、


「君の専門はまる写しでしたね」


 などと軽口をたたく。

互いの背中越しに伝わる《瘴気》がうとましい。


「まる写し……? おい、

 ミズシ、まさかこいつら!」


 何かに気付いたらしいホタルが続ける。


「全部、俺が《記録》した奴らと同じじゃないか?」


 そういえば、さきほどの外で戦った相手といい、

今、不格好な包囲網を完成させつつある《魔物》達といい、

どれもみな見覚えがある。おそらく、これは偶然じゃない。


「なるほど……さすが、記憶力はいいですね。

 確かに、これらはみな一度戦った相手ばかりです」


 それに、ある一体を除く奴らの動きは鈍い。

ゆらゆらとその身から放たれる《瘴気》は、

通常の放出よりも多く、それはまるで霧散するかのようで……


「そう、か!この《魔物》達の正体が分かりました!」


 一体だけ、敏捷な動きを見せるのは、

三日前に相対し、ヤタカ先生と封印した実体を持つ、

拳から強力な《瘴気》を放ち意識を刈り取ってくる《魔物》。


 おそらく、スズカはこいつの一撃を受けた。

そして、こいつだけが速く、強いのではなく、

こいつだけが他に比べて弱っていないのだとしたら。


 そして、まるで霧散するかのようなこの《瘴気》。

それらがこの部屋で同時に発生した、この意味するものは!


「ホタル、君の《封魔原典》は!?」


「あぁ?こんな状況でそんなもんで何を……ん?」


 彼が目をやった本棚は部屋の机などと同じく

散々に散らかされていて、ひときわ目立つあの

革装丁の分厚い本も床に落とされているのが見えた。


 だが、重要なのはその本の状態で――


「っ!こいつら、《原典》の《魔物》か……!!」


 ホタルが言い放った一言を肯定するかのように、

本棚の影で、ハードカバーよりも厚いその本は、

ひも解かれた状態で見開きを上にして鎮座していた。



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