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純粋な《悪意》

 スズカを探しているらしいチヒロさんだが、

今日は愛用のブローチがついていなかった。


 どうやら、振って湧いた用事のようだ。


「あいつならついさっきすれ違ったぞ」


「えっ?すれ違ったかなぁ?」


 チヒロさんが顎に人差し指をあてて首をかしげる。

同じ仕草でも人によってだいぶ印象が変わるんだなぁ。


「それはないでしょう。僕の部屋から出て

 すぐのところで彼女とすれ違いましたし」


「あぁ?すれ違いすれ違い言い過ぎだ。

 結局すれ違ったのか違ってないのか

 どっちなんだ。ああちくしょう、

 わっけわかんなくなってきた……」


 頭をかかえて悶々とつぶやくホタルは無視する。

知っていると分かるの間には大きな違いがあると、

この記憶力だけは良い隣人を見ていると痛感する。


「え、えっとね?僕はスズカちゃんと

 すれ違ってないけど、ホタル君やミズシ君は

 スズカちゃんとすれ違ったんだよね?」


「おう。なーんか妙だったぞ」


「あなたの部屋に戻ったのではないですか?」


「僕は部屋からでてきたよ」


 彼女は僕たちの来た方向へ。

つまり、プレハブの方へ向かった。

てっきり帰るところだと思っていたが。


「商店街にでも行ったか?」


 ホタルが首をひねる。

 あの道は正門、ひいては

商店街や駅に通じる一本道なのだ。

部屋に戻ってないなら、学外だろう。


「お父さんたちが歩いてるのは見えたけど……」


「じゃあちがいますね」


 ホタルが僕の部屋を訪ねてきた時、

途中まで先生方と一緒に来たらしい。


 その一向の後ろ姿が見えて、その後に

でたはずのスズカが見えなかったのなら、

彼女は学校からでていないということだ。


「まあ、気にすることねーんじゃね?

 誰がどこにいようと別に勝手だしよ」


 ホタルが投げやりな口調で言う。


 それはそうなのだが、なにかがひっかかる。

だいたい最初に怪しいと言いだしたのはホタルだ。


「チヒロさんは彼女に用事ですか?」


「えっと、今スズカちゃんにお客さんがきてて、

 それで、今日はここにいるって聞いたから」


 お客さん……?

両親が荷物を届けにきたとかだろうか。


「誰に聞いたんですか?

 それが気になるのですが」


「いや、スズカちゃんが修行してくるよーって」


 ふむ……だとすれば、

ここに来ていたことは間違いないのか。


 朝早くから修行というのは、

ウララさんやジェミニさん、

チヒロさんもしていることだから

それは特に不自然ではない。


 ホタルでさえ修行しようと思うくらいに

昨日のお祭り騒ぎは刺激的だったことだし。


「先生方がいないから修行は断念した

 っていうことですかねぇ……?

 ちょうどどこかの誰かさんみたいに」


「あんだよ?別に普通じゃねぇ?

 週末だし、転入してからは

 ここに泊まり込みなんだから

 親なり兄弟なりに会いてーだろ」


 ホタルは僕の目線の意味を理解できなかったのか、

はたまた何か言えと理解したのか、そんな見解を述べた。


「あぁ、君にしては真っ当な意見ですが、

 彼女は学外にでてないんですってば」


「あの、保護者みたいなものよっていう女の人が来てるよ」


 おずおずと手をあげてそう話したちひろさんが、

例の、お客さんと捕捉して、ホタルが間の抜けた声を漏らした。


「それにしても、あのスーツを見た時から思ってましたが、

 あの子はどこかのお嬢様とかですか?保護者みたいなもの

 と言ったってことは、使用人の方かなにかだったりしませんか?」


「し、使用人とかばっかじゃねーの。

 今時そんなのやとってる家なんざねーし。

 おめぇ、ちと失礼すぎるだろ。 

 おばさんとか、そんなんじゃね?」


「そ、それはそれで失礼な気もするけど……ね。

 お嬢様はないんじゃないかなぁ?

 お客さんは商店街で働いてる人みたいだよ」


 チヒロさんはよく商店街に行く人だ。

どこかでみかけたことがあるのかもしれない。


「つーか、ミズシよ。

 なんかあいつのことは気にするな?

 俺のこととか、聞いたこともない癖に」


「君も僕のことは聞きませんよね?」


「知ったところで何もかわんねーからな」


 それに苦笑して、とりあえず、探しに行きますか

と言おうとした矢先、ポケットで携帯が震えた。


「ちょっとすみません」


 差出人はヤタカ先生。件名はなしだ。内容は……

さっと目を通して、驚くを通り越して呆れた。

 自然と深いため息がもれていたようで、

二人から何だった?という問いかけ。


「どうも、面倒くさいことになりましたよ?

 とりあえず、急いでプレハブへ行きましょう。

 チヒロさんは、未武装みたいですし、

 ウララさんを探してもらえますか?」


「武装って……何が起きたの?」


「《魔物》みたいです。それも、校内に」


「穏やかじゃねぇな。

 ま、訓練なんてかたっくるしいもんより

 ぱーっと実戦する方が良い気もするけどよ」


 ホタルが小太刀を肩にかついで首を鳴らす。


 まったく、こんな時に出なくてもいいものを。


「で?師匠達は帰ってくるって?」


「それが、もう電車に乗ってるらしいです。

 僕らだけでなんとかなりそうな相手らしいですし、

 とりあえずはいてもらわなくても大丈夫でしょう」


「……だと良いんだがな。

 どーもきなくさいぞこれ」


 こいつの直感はバカにできない。

 確かに、魔物は突然現れることが多いが、

それは前触れを察知できる人がいない場所にでるからだ。


 今回のように、魔法に携わるものがいる場所で

思念が固まるといったような前触れを察知させず

いきなり現れたというのはどうにも不自然だ。


「今日もまた面倒くさい一日になりそうですね……」


「言ってる場合か。

 おら、行くぞミズシ」


「ぼ、僕もウララさんに電話してみるね!」


 足早に走り出すホタルにつづいて、

プレハブへと向かうことを決めながら、

携帯を取り出すチヒロさんをみて、

そういえばスズカは、携帯を

持っていないのかという疑問が生じた。


(あとで聞けばいいですね)


 とりあえずは、自分の仕事をしよう。

ホタルではないが、訓練よりは実戦の方が

経験にもなるしやりがいがあるというものだ。


 来た道を戻りながら、

愛用の羽ペンと、昨日手に入れた

ゲンジさん手製の手帳を取り出して、

遠くに立つ黒い影を見据えた。

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