招かれざる《天邪鬼》
カーテンを開けて、
窓から朝の陽ざしを取り込む。
(昨日は散々な一日でした……)
冬の太陽に目を細めて、
騒がしかった一日を振り返る。
この学校にはお祭り好きが多すぎる。
必要のないエネルギーの消費は無駄だというのに。
ベットを整えて顔を洗う。
今日はおだやかな一日になってほしい。
そんなささやかな願いさえ、
聞き入れてはくれないようだ。
神様というお人は優しくないらしい。
扉を開けようとしているのだろう、
がちゃがちゃという音が玄関から聞こえた。
こんな無作法なことをするのは一人だけである。
朝っぱらからという愚痴とともに、ため息がもれた。
枕元に置いた帽子をかぶって、玄関へ向かう。
「おい、開けろよ!
なんで鍵閉めてんだ」
言われなくても開けてやるとも。
閉めだすと後が面倒くさいからだが。
それに鍵を閉めるのは当たり前のことである。
扉を引くと不機嫌そうな顔のホタルが立っていた。
大きなリュックを背負っているのは何のためか。
ドアを押さえたまま身をずらして、入れとアピールするが、
首は左右に振られた。どうやらすぐにすむ用事らしい。
「君はノックという言葉を知らないんですか?」
「あ?俺を誰だと思ってんだ。
それくらい知ってるっての」
「だったらそれをしてください。
朝からガンガンわめいたら近所迷惑ですよ」
「必要ねーだろ。こっちには俺らしか住んでねぇし」
どこかで聞いたやり取りをして、
朝の挨拶に変える。こいつの方から
僕を訪ねてくるのは珍しい。何だろう。
「それで、何の用ですか?」
「あー、うん。
昨日よ、あれやったろ?」
話しにくそうな雰囲気だが、
これは人に物を頼む時の彼の癖である。
(また面倒なことになりそうですね)
あれだよ、あれ、と繰り返すホタルに
新手の詐欺か何かかと思いながら、切り返す。
「あれじゃ分かりません」
「分かるだろ!分かれよ!
試合だよ試合。歓迎会の」
「いやそれくらい分かってますけど」
「……殴っていいかお前」
はぁっと肩を落としてため息をつかれた。
心外だ。そうしたいのはこっちの方である。
「だからどうしたんです?」
なんとなく要件は予想が付いた。
朝の弱いホタルが僕と同じくらいの時間に
それも休日に起きてきたことを考えれば、
思い当たる用事はひとつ、ふたつに限られる。
「今日土曜日で学校休みだろ?
師匠たちはなんか、学長たちとも
そろってどっか出かけるらしいし、
お前も暇してんだよな?」
「先生方が出張とは初耳ですが、
予定がないことは確かですね。
ただし、休日であろうと修行するので
けして君のように暇ではありませんよ」
このところ珍しいことが続いている気がする。
教導師がそろって出張を重ねたことは記憶にない。
「いいから本題は?
回りくどいのは嫌いです」
「あー分かった分かった。
お前、今日も修行すんだろ?
でもヤタカ先生いねぇし。
俺が付き合ってやってもいいぜ」
つまり、修行しようと思い立ったが、
ゲンジさんに相手にされなかったから、
僕に泣きついてきてるというわけですか。
でも、
「なんで上から目線なんですか」
「お前昨日あいつに負けたろが。
俺はちんちくりんに勝ったし」
ふふんと胸を張って答える。
こいつ、殴ってもいいだろうか。
「空気を読んだだけですよ。彼女の歓迎会ですし、
主役の顔を立ててあげることは、人としても
男としても当然のことだと思いますが」
「よく言うよ。《結晶化》して
《煉獄》まで使おうとしたくせに」
一瞬何を言われているのか分からなかった。
その意味に気付いて、不覚にもぎょっとした。
「角を伸ばしましたから《結晶化》はともかく、
《煉獄》の魔法陣まで分かってたんですか?」
「前に一回見たからな」
「……まだ練習でしか使ってないはずですが」
「うぐっ」
気まずそうに顔を伏せる。
なるほど。
ゲンジさんか。
僕のオリジナルである《煉獄》は、
ゲンジに助力を頼んで完成させた技である。
彼を訪ねたホタルが修行風景を目にしたとしても、
その名前を聞いていたとしても、こいつらの性格ならおかしくない。
「じゃあもうそれはいいですけど、
どういう風の吹きまわし……とは
聞く必要もなかったですね。
君も負けたようなものですし」
抗議が飛んでくる前に、手を挙げて制する。
「いいですよ。付き合ってあげます。
そのかわり、音を上げないで下さいよ」
ハンガーにかけた学ランを手に取り、
何度も繰り返した動作で羽織って電気を消す。
まずはこいつと手合わせか。
いったい全体いつ以来だろう。
古い記憶をたどりながら、
ホタルとともに修行場へ歩いていく。
かばんを肩から降ろしたと思えば、
中からでてきたのは安定の塩けんぴ。
行儀なんのそのでぽりぽりと齧るが、
あれは昨日スズカからもらったものだろう。
そんなことを考えていると、
噂をすればなんとやらというか。
前から歩いてくる緑のコートは、
こちらを認めるとにっこり笑って駆け寄ってきた。
「おはよう!おふたりさん。
ちょうどよかったよ。
今日も早いねぇ。あっ、
それあたしがあげたやつ?」
「おう。うまいぞ」
満足げにうなずきあう二人。
心なしか打ち解けているような気がする。
いや、手なずけられたというべきか。
「あなたはなんでまたこんな時間に?」
この道を逆からくるということは、
今から部屋に戻るということで、
いったい全体どこにいっていたのだろうか。
「ん?気になるんだ?」
いたずらっぽく笑いかけられて、思わず目をそらす。
「べ、別にそんなことはありませんが」
「ふーん。そう。
じゃあおしえてあーげない!」
上機嫌にプレハブへと向かっていく。
「またね、おふたりさん!」
ぶんぶんと手を振る様子は
朝から元気だなぁという感想を抱かせた。
(僕が朝に弱い……わけではないですよね。
そもそもテンションが高い方がおかしいんです)
「おい、聞いてるかお前?」
「ん?」
聞いてなかった。
なんか言ってたのか。
「だから、なんか隠してたなって言ってんの」
「隠してる?スズカがですか?」
「そう、それ」
「何か持ってましたか?
そうは見えませんでしたが」
「いや、あれだ。
なんつーか、その」
この説明下手はどうにかならないものか。
「それとかあれとか言ってないで、
いい加減はっきり言ってください」
「あー、へいへい。わぁった。
持ってたとかじゃなくてよ。
なんか昨日とちげえっていうか」
そうだろうか。
いつも通りのように思えたが。
「うーん。そうは思えないですよ」
「そうか。じゃあいいんだが。
何がちょうどよかったのかなって。
とりあえず、まずは試合でいいよな?」
その声につられて前を見れば、
学長の埋めた《願樹》が消えた修行場。
どうやらなんらかの方法で始末したらしい。
「ええ。それが無難でしょう。
少しはマシになったか、見てあげます」
「はっ。お前は昨日何を見てたんだ。
その《煉獄》とやら、試してみろよ」
売り言葉に買い言葉で中へ入る。
ウララさんとジェミニさんがいるかとも思ったが、
ひとまずいまのところは先客はいないようだった。
「さて、と?
ルールはどうするね」
「昨日と同じく、武闘会仕様でいいでしょう。
これで怪我させて文句言われても嫌ですし」
「前提がおかしーぞバカ野郎」
言いあいながらも構えをとる。
修行である以上、手を抜く気はない。
羽ペンと、昨日もらった手帳を取り出し、
ああ、そうだ。というホタルの声に顔を上げる。
「試したいことがあるんだわ。
全力で付き合ってくれ」
「どんな告白ですか気持ち悪い」
「ちげっ!ばかかおまえは!」
「分かってますよそれぐらい」
「やっぱぶん殴る」
「ルール違反ですからね?
じゃあ先手はいただきます」
からかいがいのある相手は嫌いではない。
帽子を取りながらそんなことを思った。
奴が聞くとまた怒るだろうが。
「芸がないなぁ。また《結晶化》かよ」
「君には何もないでしょう?」
「そうやってバカにしてると足元すくわれるかんな」
ホタルがリュックを降ろして、
中から取り出した小太刀を構える。
「おや。それ使えたんですか」
「これが俺の武器だよ……」
そうなのか。初耳だ。しかしその持ち方からは、
武器と言うより、道具といった印象しか受けない。
「魔力がないと苦労しますね?」
「魔力しかねーのも考えものだぜ?」
何度目かの皮肉の応酬を終え、
金ボタンをまいて術式を組み上げる。
「さて、いきますよ?」
確認をとって攻撃を加えるつもりだった。
かえってきた答えは予想だにしないものだった。
「待った」
「はぁ?」
おじけついたわけではなく、
彼の目は僕の後ろ――――――振り返ってみると入口から
顔をのぞかせるチヒロさんを見ているのだとわかった。
「あ、えっと。おはよう。
邪魔しちゃったかな?」
「おはようございます。
僕はかまいませんよ」
「俺も別に。んで、どうかした?」
この人が用事中の相手に声をかけたそうにする、
ということは、おそらく何か面倒くさいことが起きている。
「ここにきてるって聞いたんだけど……
スズカちゃん知らないかなぁ?」
遠慮がちに紡がれた問いに、嫌な予感が、した。
この日も面倒くさい日になる雰囲気に覚悟を決めて、
構えを解いてチヒロさんの元へ歩いて行った。




