立ち昇る《疑惑》
学長が手を差し入れる。
これが上がった時には、
目の前の少女は名実ともに敵となる。
「先手をあげるほど、
僕は優しくないですよ?」
「えー、レディーファーストは紳士の嗜みでしょう?
くれないんだったら力ずくで奪ってあげる」
にししと笑うスズカに
一切手は抜かないと決めて、
このあとのやりとりをシュミレート。
まだ《奪い屋》として1日しか訓練していない彼女が、
リロイ先生のように《纏い》を使うことは有り得ないとして、
使い慣れた《感情強奪》をメインに据えてくるはずだ。
であれば、僕にできることは限られてくる。
「ミズシ、おりゃお前さんに期待してるからな!男見せやがれ!」
「俺が弟子にしてやったんだ。
負けんじゃねぇぞひよっこぉ!」
ゲンジさんは僕に、
リロイ先生はスズカに、
それぞれの勝利を託したようだ。
「さぁ、いいかね? では、試合開始だ」
学長が手を振り上げる。
「初めから本気で行きますよ?」
頭から帽子を取り、
丁寧に足下に下ろす。
「おー!伸びてる伸びてる」
スズカが歓声をあげる。
これを見て楽しむのだから、
まったくもって手に負えない。
「わたしも本気でいこっかなぁ!」
赤い本に手をかけて
丸くはみ出した栞を頼りに開く。
(感情強奪じゃ……ない!)
何をする気かは分からないが、
おそらくあれはリロイ先生仕込みだろう。
あのおじさんはたった半日で彼女に、
どんな傍迷惑なを技教えてくれたのか。
栞に触れるスズカに時間を与えるつもりはなかった。
一気に魔力を練り込んで、金ボタンをバラまく。
上手く狙った位置に落ちたのを確認してから、
羽ペンを突き立てて術式を組み上げる。
「ちゃんと言いましたよね。
先手をあげるほど甘くないですよって」
顔をあげると、スズカと目があった。
その顔は楽しげに笑っている。
「ちゃんと言ったよね?
力ずくで奪ってあげるって」
「ぐっ!?」
予期しない方向からの、衝撃。
「うわぁ。反則……」
「この角が飾りだとでも思いましたか?」
不意を突かれたが、それくらいの強さでは
角を顕現させて生じさせた魔力の磁場は破れない。
「《結界》の申し子、ねぇ。
本当にその通りだなぁ」
リロイ先生が感心してつぶやいたのが聞こえた。
こんなものは漏れ出た魔力が勝手に形成しただけで、
《結界》というほどのものではないというのに。
「待ってくださいリロイ。
スズカさんのあの術式って……」
側面方向から打撃を加えてきたのは、
黒いくたびれたロープを身に付けた細身の、
「あなた、今それをどうやって出しました?」
「もうギブアップ?少しは自分で考えてよね。
一体だけでもないんだしっと!」
スズカの両脇で、むくりむくりと影が起き上がる。
その姿は磁場の外でこちらを見つめる一体と、
ひいては昨日見た《人為的な魔物》と同一のものだ。
「それをどうやりましたって聞いてるんです!」
「おしえてあーげない!
勝てたら教えてあげるよ」
楽しそうに笑うスズカだが、
あれが《奪い屋》による物だとしたら、
昨日見たそれは、重要な意味合いを帯びてくる。
「考えるのもいいけど、
状況を忘れてないよね?」
「っ!」
三方向から突進を浴びせられる。
まだまだ強度的には余裕があるが、
こちらへ伝わる衝撃はけして0ではない。
「……うそはなしですからね?
僕を怒らせたからには、
洗いざらい白状してもらいます」
生成した術式を展開。原理は至って単純で、
ユウヤ先生のバクを見て浮かんだアイデアだ。
「《結界》の使い方は、
僕だって心得ているつもりです」
羽ペンを引き抜いて、右手で頭上に掲げる。
これで、この《結界》は完成だ。身を守る受け身では、ない。
「うわぁ……ほんと反則!
こっちの攻撃は届かないのに、
全部一撃なんて理不尽だよっ」
スズカの言い分ももっともで、
魔力を吸いとるように規定した《結界》は、
その範囲外にいる射程内の魔力を吸い尽くした。
結果的に、スズカの《魔物》はなすすべもなく崩れ落ちている。
「……なんで君は魔力をなくしてないんです?」
本来ならこの術式で勝敗が決まるはずだった。
彼女の教導師を倒したものと同じ術式ならば、
リロイ先生より未熟な彼女では対処不可能なはずなのに。
「質問ばっかりだねぇ。
まぁいつも答えてくれるし、
特別に教えてあげよう。
この栞、なんだと思う?」
「結局、答えてないですよね……。
まあいいです。種は分かりましたから」
あれこそがリロイ先生の十八番。
彼が悪名高いのは、ふとした拍子に魔力を奪って
溜めこむからで、その溜めこんだ魔力を入れた
魔導具があの栞、《帯》と呼ばれるものである。
「自分の試合で使わなかったのは、
出し惜しみじゃなくてスズカさんに渡したからですか」
「ヤタカ、あいつはおもしれえぜ?
教えてもねーのにどんどん上達してく。
しまいにゃ自分からこんなものねーかって聞いてくる始末だ。
だからあれを渡してやったんだが、まったく末恐ろしい奴だよ。
よーく見てろ、また何かする気だぜありゃ」
教導師同士の会話が漏れ聞こえる。
僕の張った《結界》は吸収限界を迎えて消えた。
「あれあれ?打ち止めかなっ?じゃあほら!
今ある中でとっておきの感情をみせてあげる」
そういって彼女が赤い本を捲る。
今度こそ、その一挙手一挙動を見逃さない。
栞に手をあてて、そのままページへと押しつける。
すると、押し出されるようにしてそこから黒い影が落ちた。
「……なるほど。人から奪って
ストックした感情を、自分の思い通りに
操るには、まだその《帯》の力が必要なんですね?」
「げげ、怖いなぁ。もうお見通しってわけね。
じゃあ、これが誰のどんな感情かもわかるのかな?」
「ええ……ホントにあなたは性格が悪いです」
起き上ったその影には、角が生えている。
ぼろい黒ローブではなくて、もっと身体を覆った、
それでいて体格にフィットした服装である。
「僕の怒りを僕にぶつけるんですね?」
「だいせーかい!同じてはきかないと思うよ?」
そして、ひとり、またひとりと現れて、
合計三体ののっぺらぼうな《僕》がこちらに視線を注いでくる。
どうやら《帯》があっても、彼女の限界は同時に3体のようだ。
さきほどの三体や目の前の僕のまがいものは、
彼女が昨日取り込んだ《感情》であり、姿が同じなのは当然。
彼女やリロイ先生が関与していた、という
わけではなさそうだが、なんともまぎらわしい術式だ。
「うっわ、黒いミズシがいっぱい。
何の地獄絵図だよこれ。気持ちわりィ」
……ホタルは後で殴るとして、
「自分相手なら、全力を出してもよさそうですね」
「このミズシ君たちが負けたら、
もう他にできることないから負けで良いよ」
あっけらかんと言い放つスズカだが、
昨日の自分を三人相手にしろとは、無茶ぶりもいいところだ。
その自分たちが、奇妙に統一された動作で黒いボタンを手にする。
「厄介ですね……あの時考えた
ことを実行するつもりですか」
でも、だとすれば希望が見える。
さきほどの《魔物》たちの突進といい、
奪われた《感情》はあくまでその時のままらしい。
そして、昨日の自分の考えていたことくらい、
手に取るように分かっている。対策法は、ある。
「やっちゃえミズシ君!」
……なんともいえない気分を味わう。
自分にやられるなんてぞっとしない。
「そう簡単にはやられてあげませんけど。
自分のことは自分が一番よく分かっていますし」
三体揃って、ボタンを地面にまく。
彼らの狙いは、ただ単なる《結界》による捕縛。
つまり、ボタンの位置に気を配っていればよく、
彼らのまいたボタンの内部に、入らないように位置どる。
いたるところに、4つの囲む範囲さえ重なり合ってまかれた
16個のボタンが輝き、いくつもの《結界》がフィールドに乱立した。
「いえーい!ミズシ君に勝ったぁ!」
Vサインを決めるスズカに、
見えない壁にもたれかかりながらため息をつく。
「分かりましたから、早く解いてくだってうわっ!」
視界がぐるんと回る。
体制を立て直す暇もなく、
背中にどしんと衝撃がきた。
「いった……なんなんですかあなたは!」
「えー?解けって言ったのはミズシ君じゃない」
「そういう問題じゃありません!
絶対わざとですよね今のは?」
口元に袖をあててくすくす笑って見せる。
「覚えてないの?舐めてると
痛い目見るよって言ったじゃない」
お灸をすえるつもりが、
余計に調子に乗らせてしまったらしい。
《帯》の膨大な魔力があったのだ。
4体目の存在くらい予測してしかるべきだった。
「いっておきますけど、
あなたの歓迎会だから
負けてあげただけですからね」
「はいはい。そういうことにしといてあげるよ」
いちいち腹が立つ物言いをする……。
「さて、ところでだ。ゲンジさん。
賭けは俺の勝ちなわけだがよ。
ちいと頼まれてくれますかいな?」
弟子と似たにやにや顔で、
ゲンジさんの肩に腕をまわして
壁際につれていくリロイ先生だが、
あれは完全に自業自得なので放っておく。
「勝った諸君はおめでとう。
だが、皆が頑張ったわけだし、
メイ君とユウヤ君は帰ってしまった。
だからどうだろう?教導師の分の景品は、
負けてしまった生徒たちに分けるというのは?」
どうだろうもなにも、
教導師側の残る勝者はこの人であり、
この人が言うのであれば誰からも文句が出るはずはない。
これはおれのだ、年上で男なのだから譲るものですわ
などとお菓子のパックを取り合うお決まりの二人や、
これが可愛いあれが素敵と服をみつくろう女性陣にまぎれ、
僕は誰からも目をつけられていない手帳を手に取った。
「おう、さすがお前さんは目が良いな。
俺の特別製だ、その中じゃ一番価値があるぜ」
後ろからかけられた野太い声に御礼を言いながら、
僕はこれにしますといってポケットに押し込む。
教導師陣が次々とおやすみといった
ニュアンスの言葉を口にしながら帰っていく。
いまだ騒がしい面々をみながら、
今の言葉は聞こえてないだろうな。
でもちゃんと言ったし、問題ないとつぶやく。
本当に災難な長い一日であったが、
こうしてみんな笑顔で終われたのだから、
たまにはこんなのも悪くないかもしれない。
なお各々で賞品を選び終えて、
何故かむっつり顔のホタルは置いておく。
自然な流れで6人で向かい合うと、
スズカがお辞儀してポニーテールがぴょこんと跳ねた。
「今日はありがとうございました!
これから、よろしくお願いしますね!」
「楽しんでくれたみたいで良かったよ!
今日も僕の部屋で泊まっていくといいから」
「ま、挨拶くらいはしてあげてもいいですわよ」
「けんぴ美味かったしなぁ。
俺にできることなら多少は手伝うぞ」
「うむ。私もできる限り力になろう。
君はもっと人を頼るといい」
そこまでかわるがわるいって、妙な沈黙が落ちた。
チヒロさんにちょいちょいと袖を引っ張られ、
なにしてるの、ミズシ君といわれる。
みんなの視線が、僕に集まっていた。
正直勘弁してくれよというのが素直な
心境だったから、素直に思った言葉を口にして、
さっさと部屋へ向かって歩き出した。
残した言葉はもっともこの場にふさわしい言葉。
明日は静かな一日でありますようにとの願いも込めての
「おやすみなさい」




