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《樫賢者》の学長

「学長、こんなとこで種まきはよろしくないと思うんだわ」


 のっしのっしと歩みでるゲンジさん。


「それはわきまえているとも。

 ただ老いたこの身に君の拳は少々応えそうでね?」


 同じように牽制を飛ばしながら、

颯爽と対面に立つのは学長、ルミズ。


「ミズシ君、久しぶりに見るんじゃないですか?」


「何回見ても一緒ですよ。

 まあ、いつか越えて見せますけどね」


 耳打ちのような声量で

ヤタカ先生と囁きかわす。


「わはは。歳はそう変わらんだろうが。

 俺にはこれしかないもんでな」


 ゲンジさんがパキポキと拳で包んだ指を鳴らす。


「わたしにもこれしかないのだよ」


 対する学長も手のひらに大きな種を載せている。


「うーん、まあリロイみたいな、

 地味なやられかたもいやだしなぁ。

 おっしゃ、分かった!

 どうせなら派手にいこうや」


 パンパンと手を打ち鳴らして腰を落とした、

半身の前傾姿勢の巨漢は格闘家を彷彿させる。


「学長さんって、偉いだけじゃないの?」


 明け透けなスズカの問いには、

チヒロさんが苦笑して応えた。


「偉いのにはそれなりの意味があるよ」


「実際は偉そうなだけですけどね」


「あはは、言うねぇ?」


「駄目オヤジですからね」


 挑発的なスズカに乗せられ、ついつい口が滑った。


「まったくだ。ただのいけすかねぇオヤジだよ」


 思わずしげしげとホタルを見る。

まぁ、まさか……ね。


 このやりとりを苦い顔で

見ていたヤタカ先生に声がかかる。


「ヤタカ君、すまないが」


「あーあー、合図なんていらねぇよ。

 どうせ取れもしない先手くらい

 初めから譲ってやるから、

 いつでもかかってこいってんだ」


 ゲンジさんが首をならす。

堪え性がないのは悪い癖だと思う。

が、革本を持ち出したゲンジさんを見て、


「うわぁ……本気だよお父さん……」


 とチヒロさんが呟いた。

スズカの赤い本や《封魔原典》

などを作ったことからも分かるが、

このおじさんの製本技術は抜きん出ている。


「わたしやユウヤ君にとって、

 試合は滅多にない機会だからね。

 お望み通り手加減無用でお相手しよう」


 こちらもこちらで、この変わり者集団の

長である以上、ただものであるわけがない。


「面白い組み合わせになったね?」


「僕はゲンジさんを応援しますけど」


「素直じゃないなぁミズシ君。

 僕は二人とも応援しようかなぁ」


 ことあるごとに思うのだが、

いったいどうすれば盗賊団の

頭領のようながさつなおじさんが、

こんな人格者を育てられたのか不思議でならない。


 ……優秀な反面教師、

という説なら大いに納得できる話だが。


 ゲンジさんが器用に片手で本を開く。

人差し指で裏表紙を、中指で背表紙を、

薬指で表紙をそれぞれ支えて、

残る2本で見開きを保つ持ち方だ。


「何がこれしかないだよ。

 師匠は《記録士》だろうが」


 いつの間にか、ゲンジさんの右手には筆が握られている。

当たり前だが、素手で戦う気はさらさらないようだ。


「取れもしない先手、とはよくいったものだよ。

 そもそも受け身の技だというのに」


 アンダースローで種を投げる。

それが、開戦の合図だった。


「さて、これが育ちきった時に、決着がつくよ」


「無事に育つとでも思ってるんですかい?」


 売り言葉に買い言葉で

ゲンジさんが踏み出す。


「わ、わ。すごい伸びてるよっ」


「そりゃ《樫賢者》だからなぁ」


 スズカとホタルが眺める先では

学長の蒔いた種が芽吹き、

にょきにょきと夜空を目指している。


 あの人の十八番の《霊樹》だろう。

根ざした土地の生命力を吸い育つもので、

昨日学長が栽培していたものと同種である。

もっとも、植木鉢か大地かという大きな違いがあるが。


「そうらよっと」


 ゲンジさんが筆を走らせたことで、

紙面に白と黒で再現された《霊樹》は

描かれた状態で成長を止めて沈黙する。


「……あれが本来の《記録士》の力なのかな?」


「ドーセオレハサイノウナイデスヨー」


 意外と気にしていたらしい

ホタルがスズカの一言でいじけてみせた。


 しかし《記録士》の力は、

対象を記録した姿で留めるだけではない。

 記録した書や筆の持つ特性に応じる。


 例えば僕の使う羽ペンなら

対象を取り込み記録する力が、

《封魔原典》には記録されたものを

分解、拡散させる力が秘められている。


 今回の業物の力はおろか、

力を持つのが筆なのか、

書なのかさえ分からないが、

それだけということはないだろう。


「ほれ、お得意の《霊樹》は打ち止めだぜ?」


「君の力は理解しているつもりだよ」


 微笑んだ学長が動きを止めた《霊樹》に、

小型の注射器で何らかのアンプルを打ち込む。


「記録されたものと性質を変えてやれば、

 その効力はなくなる。そして、

 一度記録した対象を記録し直すには、

 それなりの時間がかかるはずだ」


 ゲンジさんは答えず、やおら枝葉を

伸ばし始めた《霊樹》を見つめている。


「あっけない。これで終わりかね?」


 ……何かがおかしい。


「へっ。あっけねーのはおっさんじゃねぇか」


 ホタルが鼻を鳴らした。

誰かがその意味を問うより早く、

《霊樹》が成長しきって果実をつける。


「さて、これでここは――――――」


「おう、これでここは俺の土壌だ。

 わざわざ《霊樹》を育ててくれてありがとうよ」


 してやったりの表情でゲンジさんが言う。


「ふむ。上書きといった感じか」


「上書き、何を?」


 ウララさんは理解しえたらしい。


「魔導具は書の方だろう。そして力は対象術式の支配権の上書き」


 なるほど。

《霊樹》はいまや、

ゲンジさんが発動したようなものなのか。

その土地の力を吸い、育ちきれば、

その身が枯れるまで主である

ゲンジさんに魔力を供給する。

 

 そうともしらずアンプルを

打ち込んだ学長が哀れに思えてくる。


 その学長はと言うと、

あごを撫でながら余裕の表情だ。


「何か勘違いしているようだね?

 わたしはなにもそれが《霊樹》だ、

 とは言っていないよ?」


「へっ?」


 ぽかんとした顔でゲンジさんが問う。


「《霊樹》は土地の力を吸う。非常時でもないのに、

 このわたしが自分の農地の土壌を消費するわけがないだろう」


 そうか、さっきの違和感はこれか。

 性根の曲がった学長が歓迎会の

デモンストレーションくらいで、

切り札を見せるわけがない。


「君は記憶力はそこまでよくないからね?

 似た術式なら騙されてくれると思ったよ」


 ゲンジさんが本を構えるが、

突然その足元から水しぶきがあがった。

 学長が果実を手にもって笑う。


「わたしは昔から嘘が嫌いでね」


 ゲンジさんの本は当然紙である。

水に濡れたら、その結末は単純だ。


「宣言通り、これで試合終了だ」


 ひとつ、またひとつと果実を落とすと、

それに呼応して間欠泉のごとく水砲があがり、

ついにはゲンジさんの体を捉えた。









「だーから学長とやるのは嫌なんだよ」


 ゲンジさんが水に濡れた上着を絞って言う。


「勝ったと思わせといて負かす。

 それがあの性悪のやり方ですよ」


チヒロさんがゲンジさんにタオルを渡す。


「ミズシ君は分かってたの?」


「まぁ、いつものことですしね」


 横合いからかかった声に振り向くと、

予期せぬ真剣な表情とぶつかった。


「……さっきから思ってたけど、

 ミズシ君ってもしか――――――」


「なんだこれ!すげーうめぇぞ!」


 大声のしたほうを見やると、

さきほどの果実をかじるホタルが見えた。


「そうだろうそうだろう。

 この樹は《願樹》といってね。

 障害を打倒し、傷を癒すものなのだよ」


 得意げに果実を抱える学長は

上機嫌でホタルのたべっぷりを眺めている。


「どれどれ……。

 ふむ。おいしいな」


 シャリっといい音を立てて、

ウララさんも《願樹》の果実を食べ始める。


「これはどういう原理なのか教えてほしい」


「良い質問だ。答えよう。

 《願樹》は根に秘密があってね。

 果実へ大量の水を送って、

 みずみずしく育たせるための

 球根のようなものをつけるんだ」


 早くもはてなマークが浮かぶホタルを余所に、

ウララさんがさすがの考察力を見せる。


「それが果実の数だけあるのだな?」


「いかにも。そして、

 果実をとれば、その果実に

 流れ込んでいた水分が球根へ逆流する」


「なるほど。その結果の間欠泉……」


「そういうことだね。

 だから支配権なんて関係ないのさ。

 あのフィールドであれば、安全圏は

 《願樹》の木の周囲だけというわけなのだよ」


 講釈をたれる学長も、

熱心な聞き手がいて嬉しいようだ。

それにしても多彩な植物を持ってるもので、

《願樹》などという種類は今日初めてみた。


「さっきあれだけ食べてたのに、

 まだ食べれるんだねぇ。

 僕はいらない……かなぁ」


「あいた口がふさがらないって、

 ああいうことを言うんだねっ」


 言葉だけ聞いてその通りだと思ったが、

スズカの言葉は現実をもっと的確に言い表していた。


 というのも、ちょっとしたりんごくらいある果実を、

1つまるごと口に入れたホタルがもがもが呻いているからだ。


「いや、バカと言った方が適切ですね……」


 呆れてものを言えないという意味ならば、

そして本当の意味でもあいた口が塞がらないのだが、

あれはもはやそんな風情のある例えをする必要はない。


「それはそうと、次の試合って」


「えぇ。ぼくたちですね」


 スズカが弾むような足取りで進む。

彼女には少しお灸をすえてやらないといけない。


 学長やホタル、ウララさんと入れ違いで、

木の生えたままのステージへと歩いていく。

  

 そして改めて正面から向き合うと、

こんなところにも自然体で立っている

彼女が、ひどく不自然な存在に見えた。

 その唇がにんまりと言葉を紡ぐ。


「今、余裕で勝てるとか思ってるでしょ?」


「そ、そんなことないですよ?」


「あー!図星なんだー?別にいいけど、

 舐めて掛かると痛い目見るよー?」


「あなたこそ、へらへらして、

 油断してると命取りですよ」 


 スズカがポーチから本を取り出し、

指だし手袋をしっかりとはめなおす。


 僕も愛用の金ボタンを外し、

胸ポケットの羽ペンを確認する。

最後にメモ帳がすぐ取り出せる

位置にあることを確かめてから。

 おだやかにたたずむスズカを見やり、

二人で静かに試合開始の合図を待った。

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