優秀な《調教師》
「えっ」
「やあ」
進み出た2人は、
ユウヤ先生とリロイさん。
「あー、これあれか?
俺とゲンジの出る試合は賭けなしなのか?」
「そりゃあ、自分をオッズにするのはフェアじゃねぇだろ」
「つまり、あそこの2人次第なわけか」
指指されたのは僕とスズカ。
まあそういうことになるかな。
「ほ?じゃあ俺学長と?」
「お手柔らかに頼むよ。ゲンジ君」
がっくりと肩を落とす巨漢だが、
その滑稽なフォルムに笑いが起きている。
「ユウヤさんまで……」
「はは。いや失礼。何も負けると決まったわけじゃないだろう」
あの人の強さは、認めざるを得ないからなぁ。
ゲンジさんが落ち込むのも無理はない。
「で、武闘会にゃ滅多にでえへん
ユウヤさんは、俺より強いのかなっと?」
愛用の黒いジャケットの
ポケットに手を入れ挑戦的に尋ねる。
「俺は実戦というより実践派でね」
「んんん?同じじゃねぇのか」
上手く脳内変換できなかったらしい。
ホタルが小さく呟いた。
「強さより実用性を重視したってことだよ」
「おぉ。なるほど」
チヒロさんとホタルは、
その父とのセットよりよほど師弟に見える。
「しかし君が試合なんて、何年振りだろうね?ユウヤ」
「んー。シキさんと競った覚えがあるから、
はっきりとは言えないけど5年は前だね」
これはまたあまり耳にしたくない名前だ。
思わず横目でホタルを伺うが、
模範解答のようなきょとんとした表情だった。
「そういや学長、最近連絡はよ?」
「今は都会生活だそうだ」
肩を叩かれ振り向くと案の定、
だれそれ顔のスズカと目があった。
「だからなんで僕に聞くんですが!」
「まだ何も聞いてないよー?」
「なぁミズシ。おまえそれ新しい口癖?」
「君は黙っててください」
しかし言われてみればワンパターンかもしれない。
何より癪なのが……
「なんだかんだで君も楽しんでるよねぇ?」
「な、そんなわけないでしょう!」
断じて楽しんでなどいない。
が、迷惑なだけではない……
気も、しないこともないかもしれない。
「それで、結局シキさんとはどなたですの?」
「む?それも気になるがジェミニ、
今までどこに行ってたのだ?」
ウララさんが咎めるように言う。
そういえば少し前から姿が見えなかったような。
「お、お花摘みですわ」
「あぁ」
ウララさんが納得したように頷く。
「ちょっ!それいいのかよ?サボりじゃねぇか!」
別に出席の義務はないし、
そもそもお手洗いでは、
サボりとは言わないだろう。
それより彼の脳みその
ほうがサボりではないのか。
「うるさいですわね!行きたいなら行けばいいですことよ?」
「はぁ!?なんで俺が花むしらなきゃならんのだ」
「……せいぜいご自由になさって?」
ものの見事に会話が噛み合ってない。
ぼんやりと入り口を見やるホタルだが、
後でチヒロさんかウララさんあたりが
上手く誤解を解いてくれることだろう。
「かーっ!利くねぇ?」
微妙な沈黙に降ってきたのは
リロイ先生の声で、
「あれっ?もう始まってる!」
片膝をつくリロイ先生と、
見下ろす形で腕をむけるユウヤ先生。
その腕には雪のような白い翼を持つ鳥がとまっている。
いつの間にか試合が始まっていたようだ。
「えっ、ふくろう?」
「ユウヤ先生は《調教師》だからね」
なんでも彼は動物の言葉がある程度分かるらしい。
らしいというのは、本人が断言しないからだ。
「いや、どこからもってきたのかなぁって」
「さっきそっから飛んできたけど」
ホタルがすまし顔で入り口を指差す。
あぁ、ぼうっとしてたんじゃなくて、
飛んでくるふくろうを見ていたのか。
指示系統に用いるのは白フクロウを、
乗せてない方の手に持つ笛のようだ。
「じゃあ俺もちいくら本気だそうかなっと」
立ち上がって埃を払い落とすと、
リロイ先生がそう言って不敵に笑う。
それに答えたのは甲高い、しかし鋭い音。
もちろん発生源はユウヤ先生の口元。
それを受けた白色の猛禽は
翼を大きく広げて飛び立ち、
「はっ!しゃらくせぇ」
リロイ先生が頭上のふくろうを
無視してユウヤ先生との距離を詰める。
そのまま拳を突き出した。
「お、おいおい。非魔力干渉は禁止だろう?」
すんでで交わしたユウヤ先生が指摘する。
対するリロイ生活は悪びれたそぶりもない。
「なにいってんだよ?
俺は《奪い屋》だぜ。ほれ」
開いた拳には小柄の笛。
「あっ」
ユウヤ先生が右手を開いてまじまじと見つめる。
そこにあったはずの笛はすでに相手の手中だ。
「いつの間に!」
「いや、だから、今でしょう」
目を剥くホタルに突っ込みを入れて、
今度はこちらからスズカの肩を叩いた。
「ん?」
振り返る彼女に対して、
肩に置いた手の人差し指を伸ばしておく。
ふにっと柔らかい感触。
「な、なんっ」
「やられっぱなしは性にあいませんからね」
「おい、いちゃつくなら帰れよ」
ホタルは置いとくとして
チヒロさんからも非難の視線が。
少し悪ふざけがすぎたようだ。
軽く咳払いしてから、
「さっきのは《奪い屋》の技ですか?」
「あのねぇ……君わたしが転入したてだってこと忘れてない?」
「「あ」」
「もうっ。チヒロちゃんまで!」
てへへと舌を出すチヒロさんと、
決まりの悪い笑いを交わす。
手を腰に当てて、逆の手は
こちらを指差しているあたり、
スズカは演技っぽいというか、
ややオーバーリアクションなところがあるようだ。
「ヤタカ師、今のが見えましたか?」
ウララさんがヤタカ先生を見上げる。
「ええ、ミズシ君は注意力が散漫しているようですね」
「いや、そっちではないのだが……」
ウララさんが呆れ気味になるが
分かってますよとヤタカ先生がとりなす。
「注意力がないと言ったのは、
あれがさっき僕の使った技だからですよ」
……なるほど。
そう言われればカラクリが見えた。
「今更なにいってんだ。《纏い》だろ?」
得意気にホタルが言う。
気付いていたのかと驚いたが、
そういえば彼の唯一の取り柄は
一度見たことは忘れないということだった。
ファイティングポーズで半身に構える
リロイ先生の周囲には、黒いモヤが
陽炎のようにゆらゆらと立ち上っている。
「《纏い》ってのはこういった使い方もあんだ。
っつーかこっちがメインだぜ?」
急降下をしかける白梟に対して腕を振る。
間合い的には届くわけがないその一撃は、
しかし的確に彼の使い魔を弾き飛ばした。
「おぉぉぉ!影が伸びた!」
「影じゃないけどね」
ホタルがまたしても目を輝かせる。
かっこよければそれでいいのだろうが、
あいにくと記録士にはそんな真似は無理だろう。
「ふむ。影がのびた、か
言い得て妙という奴だな」
ウララさんもウララさんで、
身を乗り出して観戦している。
「こいつは俺の動きを真似る術式でね。
本来は離れたところで作用させるものなんだが、
《纏い》として使うとタイムラグが完全に消えて、
かつややこしい空間規定の術式をはぶけるわけだ」
にししと笑うリロイ先生。
「そうか。そしてそれは対象に働きかけるのだな?」
「ふははっ。さすがじゃねえか。正解だ」
対象に働きかける?
そう言いたそうな視線を二つ受けるが、
全てシャットアウトしておく。
まあようするに、
対象として指定したもの以外には
干渉しないということで、さっきの
ユウヤ先生が握り込む笛を気付かれずに
奪いとったのがその最たる実例だろう。
「オルでは歯がたたないようだ。
こいつは連絡、下見用だから仕方ないが」
オル、というのがあの梟の名前だろう。
腕に止まらせ、ユウヤ先生が何かを語りかけると、
オルは飛び立って来た道を辿り、夜空に溶け込んだ。
「じゃあ俺も護身用に頼ってる奴を呼ぼうか」
そう言って懐から小瓶を取り出し、
放り投げた地面に液体がこぼれ出す。
「俺にはこれの維持が負担でね。
悪いが何かする前に決めるぜ!」
リロイ先生が踏み込み、足を横薙ぎに回す。
その足を延長するかのように、靄が集って伸びる。
「残念。もう仕込みは済んだんだ」
そう言って無表情を崩したユウヤ先生だが、
もう蹴り技が決まるのも時間の問題と思えた。
……不意に、その靄が拡散するまでは。
「なんだぁ?」
いぶかしげなリロイ先生だが、
その身体を包んでいた靄が消えてく。
「魔導師相手は簡単でいい。
魔力をもらってやればカタがつく」
ユウヤ先生が言い終わるかどうかの
タイミングで、リロイ先生が前倒しに倒れた。
「可愛いなぁー。うりうり」
うりうりを繰り返しながら
そこいらの草を小刻みに揺らすスズカと
その横で同じようにしゃがみこむチヒロさん。
「か、可愛い……かなぁ?」
ベクトルが多少違うが、
彼女たちの関心の矛先は、
さきほどユウヤ先生が呼んだもの。
「ユウヤ師。これはなんという動物なのだ?」
「これって……まあいいけど。
こいつはバクって言ってね。
聞いたことないかい?夢を食うって話」
女子たちが歓声を上げる生き物に
少しずつ引き寄せられていたホタルが、
それを聞いてずざざっと距離をとった。
「ははは。普通バクは無害だし、
本当に夢を食うわけじゃないよ。
ただ、こいつは特別製でね。
気力が好物なんだ。魔導師なら魔力。
武闘家なら闘志っていうのかな?
そういうのを寄せ付ける体質がある」
「末恐ろしいもんもってやがるぜまったく。
そんなやつ出されたらなんにもできねえだろうが」
リロイ先生の言うとおりだ。
今まで見てきた中で一番理不尽である。
「いや、俺も例外じゃないんだ」
ひらひらと手を振って、
無表情から苦笑へと変わる。
その様子は確かに、
心なしか疲れているように見える。
「もろ刃の剣、というやつだね」
そういうとユウヤ先生は
バクへと近づいていく。
「良い子だ。メア。一緒に帰ろう。
学長、後お任せします。
じゃあスズカさん、何か困った
ことがあれば遠慮なく頼ってくれ」
呼び出した時には、高等術式である空間転位、
いわゆる口寄せというものをやってのけたが、
還すのは骨が折れるというか、吸われ過ぎて
上手く制御できるほど力が残ってないという。
……本当に恐ろしいもろ刃の剣である。
リロイ先生は賭けがまだだとかで、
ぜーはー言いながらも壁際に残っている。
「スズカ君、せっかくなんだ。
君たちは最後に回りたまえ」
スズカがはーいと手を挙げて弾んで答えるのと、
よっこらせっとゲンジ先生が跳ね起きるのが目に入った。




