《裏の裏》を読む試合
修行場の中央、腕を下ろして立つ学長を挟んで。
「ウララさんと試合するのは初めてでしたよね?」
「うむ。私は前から君と戦ってみたかったから嬉しいぞ」
「そ、そんな!僕なんて……その、全然未熟、ですから」
「何を言う。君は粒ぞろいの二年生の代表ではないか。
もっと自信を持っていいと思うが」
「ウララさんは三年生の代表じゃないですか」
「1人しかおらんのだ。当然だろう」
背恰好だけを見ればどちらが年上なのか、
惑わされがちな二人だが、ちゃんとウララさんが年上である。
ついでに言えば僕らは17歳、ウララさんは18歳のはずだ。
あ、そういえばホタルはジェミニさんと同い年だったか。
「そろそろいいかね?」
学長が低い声で告げる。
謙虚な《言霊師》さんと本心から
彼女を賛美する《裏占い師》さんは、
先輩後輩という関係の鏡だろう。
「少なくてもあれよりは断然いい関係ですね……」
ちらりと目を向ければ、
さきほど模擬戦を終えた二人が
「ちょっと、あんなの卑怯ですわ!
攻撃はしないのではなかったのですか!」
「誰もそんなことは言ってねーよ……
てかあんなのは攻撃じゃねーし」
などとぎゃあぎゃあ騒いでいる。
まぁ、あれはあれで一つの、
先輩と後輩の形ではあるのだろう。
「ま、まだかね?」
若干震えた学長の声に振り返ると、
ぺこぺこと握手をしながら頭を下げ合う二人が。
……よくみると学長の手はぷるぷると小刻みに震えている。
しんどいならやめておけばいいのに。
「ねっ、ミズシ君!」
後ろから衝撃。
これはきっと、いや間違いなく
「……なんですかスズカさん?」
案の定、振り返るとそこにいたのは
にこにことしたポニーテールの《奪い屋》。
「これ、私は君と当たるってことで良いんだよねっ?」
「まぁ、そういうことになりますね。
手加減とか、するつもりないですよ?」
ホタルとジェミニさん、チヒロさんとウララさん、
残る学生は二人。つまり、僕とスズカが当たるのは決定している。
「始めっ!」
「おっと、しっかり見とけよ!
うちのはつえーかんな!」
「はっ。一年ってのはでかいもんだぜ」
やはりこの試合の場合、チヒロさんにゲンジさん、
ウララさんにリロイさんという勝敗予想らしい。
ポケットからすうっと札を抜き出し、
両手を頭上に交差させて構える《裏占い師》と、
胸元につけたブローチを外して針を弾き出す《言霊師》。
「私の占いでは引き分けとでているぞ」
「ちゃんと決着がつくんですね……。
お手柔らかにお願いしますっ!」
先に動いたのはチヒロさん。
ブローチを右手に持ち、左手を顔の横でかざす。
「ハイル。エルグレファ!」
ふわりと、シャボン玉のような泡が
チヒロさんのかざした手から浮かぶ。
ただようそれをしばらく見守った後、
ウララさんへ向けてその手を握り、拳を突き出す。
「む……!」
《裏占い師》さんが足元に手をつける。
ぱちんという音と、砂にころがったのはブローチ。
「えっ?えっ?」
「相変わらずちゃんと見てても見失いますね。
左手の方はフェイクです。右手が本命ですよ」
いつの間にかチヒロさんの右手からはブローチが消えていた。
「さすがですね」
「いや、いい手だ。拘束なら怪我させずに勝てる」
「あ、あはは。そこまで見抜かれてますか」
彼女の投げた針はウララさんの足元に。
一方のウララさんの手から離れた札は
空中で不自然に硬直したまま。
「ジェミニさんと同じような手なのかな?」
「ん?なんです?」
「あの浮いてる札だよー」
スズカが指をさした札は、
不意にぱさりと地面に落ちた。
まぁ、たしかにあれは普通ではない。
「ああ、あれはですね」
「ウララちゃんじゃないわ。チヒロちゃんの力よ」
「メイ先生!え-と、どうなってるんですか?」
その横にはヤタカ先生の姿もある。
そういえば今日も影が薄い気がする。
「……ミズシ君、何か失礼な事考えてません?」
「え?か、かんがえてないですよ影が薄いなんて」
「ちょっ、ミズシ君、刺さってる!刺さってるから!」
どんよりと肩を落とす先生。
いやでもさっきもあまり見掛けなかったし。
事実である。僕は悪くない。
チヒロさんが、右手を何度か振っている。
手を止めた後、彼女の指には再びブローチが戻っている。
「ジェミニさんのような、
というのも間違えてません。
今のは糸をつけてたんでしょう。
使い捨てにしない辺りが、
チヒロさんらしいですね」
「そうだねー!ミズシ君は投げたら
その後必死になって探してるもんねー」
「僕のことは放っておいてください!」
「うん、まぁ簡単にいえば、今ミズシ君が
ヤタカ君に、スズカちゃんがミズシ君に
与えた影響のようなものね。さっきの一幕は」
「え?え?なんです?」
「私とあの子の力よ、スズカちゃん」
さっき大の大人二人を硬直させたのと、同じ。
「言葉は相手になんらかの形で作用するでしょ?
その力を意図的に増幅するのが《言霊師》の力よ。
さっき先輩たちにかけた動くなという暗示みたいにね
ハイルは言葉を圧縮するもので、
それに続く言葉はそれが持つ意味を増長させるの」
「へぇぇ。じゃああのブローチはなんです?」
「言葉を圧縮して、ぎゅっと固めて強調するのよ。
そしたら、その後は解放してあげなきゃいけないでしょ?」
シャボン玉のように言葉を縮めたあと、
あのブローチの針で弾けさせてやる……ということか。
別に気にしたことはないので原理は知らなかった。
「では、次は私からいこうか」
そう宣言したウララさんが、
新たにポケットから札を取り出して、
人差し指と中指で挟むようにして持つ。
「君のその気遣いに感謝して、
私も君を傷つけないことを誓おう」
親指ですっとなぞると、花が開くように5枚に。
どうやら薄いので、重なって一枚に見えていたようだ。
「占い……って、どうやって戦うんですか?」
「あれはどっちかってーと俺らよりの力だよ」
ポケットに手をつっこんで、
いつの間にやらヤタカ先生の横に
立っていたリロイ先生が言う。
ウララさんの飛ばした呪符は
チヒロさんの周囲へ散らばり、
地面につくなり砂埃を巻き上げて、
チヒロさんの姿を覆い隠した。
「ありゃ呪符っつってな。
あれに現象を取り込んでおいて、
発動させるってのが戦い方だ。
今のはたぶん風ってところだろうよ」
「現象を取り込む…ですか?」
「おう。俺らは現象ごと奪っちまうから、
その現象はなくなっちまうけど、
ありゃ現象自体はそのまま残るんだよ。
俺らが切り取りなら奴らはコピーだ。
貼付ができるのは一緒だわな」
上手く調節されているらしく、
札に囲まれた位置にだけ、
もうもうと砂嵐が起こり、
壁のように丸く取り囲んでいる。
こちら側には一切こない。
「でも、それが占いとなんの関係が……?」
「オオアリだよ。わかんねぇか?
いや、自分も似た力持ってたらそうなるか」
軽く首を振って、思案した後に続ける。
「占いってのは、もともと物の性質を読み取るものだ。
あの子が《その日》に起きねーことを当てられるのは、
《その日》の持つ性質を見てるんじゃなくて、
そこからはぶられたものを見てるからだ。
その方が情報量は少なくて正確性が増すからな
あえて当てるんじゃなくて外すから裏占いってわけ」
つまり、起きる現象を片っ端から取り除いて、
そこから残った起こらない要素を見ている……と?
効率はいいかもしれないが、あまり使い勝手はよくないような……
「ん?でもそれと現象の読み込みと、
なんの関係があるんですか?」
「おいおいミズシ……しっかりしてくれよ。
お前はかなりいろんなことができる職業なんだから。
発想はもっと柔軟にしないといけねーぜ」
「まぁ、ミズシ君にはまだ封印と結界しか教えてませんから。
いいですか、はぶられてないものを見つけるには、
細かく特定するまでいかなくとも、
全体をざっと洗い出す必要があります。
そのざっと洗い出したものを入れるのが、
あの札、すなわち呪符というわけです」
「えっ!?じゃああの呪符には今日起きることが入ってるの!?」
「理論的には可能ですが、そんなものを取り込める札なんて
ゲンジでも作れませんよ。だから、小さい現象しか起こせません」
「なるほど。それで5枚も投げたんですね。一つずつは小さいから」
目を向けた砂の壁が、突然動きを止め、
ざざぁと音を立てて地面へ崩れ落ちた。
「ふむ。やはりこれくらいではダメか」
「けっこう危なかったです……」
「うぅむ。1枚では少なかった。
眠ってくれればよかったのだが」
けほけほとせき込んでいるチヒロさんの周りは、
ぐるりと取り囲む形で砂が降り積もっていて、
その足元の、砂に埋もれていない札はボロボロと崩れている。
「あれは破壊、ですか?
なんでもありな力ですね」
「いくらなんでもそんな言葉じゃ作用しないわよ。
あれはおそらく無効化でしょうね」
「いや、それも十分無茶苦茶な力だと思いますけど……」
砂がかかっていないことから見ても、おそらくは
あの真ん中の一枚だけ、何か別の性質のものだったのだろう。
眠ってくれれば、という言葉からして、性質は睡眠かなにかだろうか。
「ってか俺の相手あのちみっこでよかった……」
また一触即発の雰囲気を作りだした友人。
まあしかしその発言は僕も同じ思いである。
ゲンジさんがほれそこだとっとと決めちまえー
などとヤジを飛ばしているが、チヒロさんは真剣そのもの。
息が上がっているのはその証拠だと言える。
「どうしようもない欠点があるわ。
一回一回の消耗が辛いのよね……
言葉の力って、それくらいすごいのよ」
深々と嘆息するメイ先生だが、
この人けろりとしてなかったか。
「あまり呪符を使うのも気が引ける。
また作らねばならぬしな。
すまないが決めさせてもらうぞ」
そう言って右手で呪符を取り出し、
左頬に右手の掌をつける形で構える。
短い気合いで投げたそれは、
地面につく前から水を吹きだす。
「望むところです。
誓って受け止めますよ!
ハイル。ベルテ!」
泡が二つ、続いて浮かんで、
ぱちんと割れる音がする。
「あらあら。面白いことするようになったじゃない」
メイ先生がしみじみと口にする。
「だからあんなまどろっこしい言葉使ってたのね」
「まどろっこしい、ですか?」
「見ていればきっと分かるわ」
泡が割れたところに、小さな渦となって
呪符からあふれだす水がどんどん吸い込まれていく。
「これを吸い込みきるか……滝から作った
渾身の呪符だったのだが、たいしたものだ
まぁ、それで終わりではないのだが」
派手に水しぶきをあげる呪符が、
虚空に吸い込まれて消えたかと思うと
その裏から、こちらは地味な呪符が現れる。
それも泡の弾けた地点で小刻みに揺れたが
消えることなくそのままチヒロさんへと向かう。
「うっ……で、でも僕だって
それだけじゃないですよ」
右手が動いたかと思うと、
空を切ったブローチがぱちんという音を鳴らす。
お互いの技を受けた二人が
地面に倒れたのは、ほとんど同時だった。
「だから言ったろう?引き分けと出ていると」
「あれ……引き分けるって意味だったんですね」
数分後。しっかり手加減はしていたらしく、
すぐに意識を取り戻した二人が、顔を見合せて笑う。
「たった3つの事象だからな、当てることだってできる」
「ではどうしてわたくしの時は当ててくださらなかったのですの?」
「おや、君はホタルが勝つと言って欲しかったのか?」
「うーー……明日からもっと修行することにしますわ!」
ぶつぶつともらしながら、
壁際で座って人形をいじる様は
その、なんというか、鬼気迫るものがある。
「二人ともお疲れ様。良い試合だったわよ」
「そう言っていただけると嬉しい」
「ありがとうございます!」
「特に最後のは良かったわ。
ニ言語使用、できるようになったのね」
「えへへ。さっき先生がされてたので、
ちょっと真似してみたんです。
上手くいってくれて本当に良かったです」
「おうおう?ぶっつけ本番だったのかよ?
おまえあっぶねーことするなぁ」
ゲンジさんが体中についた砂を払いながら
まあ俺の娘だしなと上機嫌に笑う。
賭けは今のところ一勝一分けで彼が有利だ。
「ニ言語なんたら……っていうのはなんですかー?」
「ふふ。スズカちゃんは勉強熱心ね。
言葉の具現化っていうのは、大きな力を持つの。
それでいて影響を受けやすい性質があってね。
同じ言語体系だと、同時に発動すると相殺しちゃうのよ」
「え?じゃあ最後二つ出したのは奇跡ですか?」
「いいえ、そこがニ言語使用よ。
精霊語と日本語、二つの言語で述べたの」
「はい。《誓う》が鍵、《受け止める》が核です。
あとは、《ハイル》と《ベルテ》ですね」
「こんな急な企画でなければ、
もっとマシな呪符を用意したのだが……」
「い、いえ!あれで十分すごいと思いますけど!」
あれ以上行くのかこの二人は敵に回すまい。
「さて、スズカ君。そろそろ、次をひいてくれるかね?」
「はーい!えっと……1番です!」
スズカの掲げた1番の紙が、
次なる試合にむけての流れを作りだした。




