↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私がいなくても回る国だそうなので、王妃の座をお返しします。復縁?お断りです~有能すぎた元王妃は隣国で大切にされています~  作者: 猫燕


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
26/28

第二十六話「没落の顛末」

数週間が過ぎた頃、ローゼンヴァルトの王都から人の声が減った。

怒号が収まったわけではない。

ただ、叫ぶ者たちの多くがすでに王都を離れていた。

城門の前に押し寄せていた民衆は、雪の気配が濃くなるにつれて、一人、また一人と故郷の村や親類のいる町へ散っていった。


残ったのは、行き場のない者と、まだ何かを期待している者だけだった。

財政の破綻は、もはや誰の目にも明らかだった。

国庫は空になり、兵の俸給は滞り、地方の代官たちは王都への納税を止めた。

いくつかの領地では、領主が私兵を集めて城に籠もり、小規模な反乱が相次いだ。


幸い、大きな戦になる前にその多くは鎮まった。

誰にも、戦うだけの力が残っていなかったのだ。

エーリヒとミリアベルは、あの謁見の間の一件以来、完全に求心力を失っていた。

王の号令に従う者はなく、寵姫の頼みを聞く者もなかった。


勅命は書かれても読まれることなく、机の隅に積まれていく。

玉座はあっても、統治はそこになかった。

悲惨な光景はいくらでも語れた。

だがゲオルクは、それを語ることを自分に許さなかった。


ただ事実として受け止める。

そうするしかない者たちが、この国には多すぎたのだから。


☆


貴族たちの合議によって新たな統治体制への移行が決まったのは、初雪の降った日のことだった。

誰かが叫んだわけでも、剣を抜いたわけでもない。

ただ、諸侯が円卓を囲み、淡々といくつかの書面に署名をしていっただけだった。

まるで他人事の帳簿を締めるように。


エーリヒは、王都から離れた離宮へ移されることが決まった。

ミリアベルの処遇は、エーリヒのそれよりはるかに簡素に決まった。

隣国への工作は、伯爵家の印璽と資金によって行われた。

その事実が、アルダーシュから届いた原本によって動かぬものとなっていたからだ。


伯爵家は、爵位の降格と領地の半分の返上を命じられた。

賠償の大半は、その領地から支払われる。

当のミリアベルは、実家の屋敷へ戻された。

ただし、そこに彼女を迎える者はいなかった。


社交界への出入りを禁じられ、衣装も装飾品も、賠償のために売り払われた。

依頼状の原本は、ローゼンヴァルトの新体制に引き渡された。

アルダーシュは、それ以上の追及を求めなかった。

引き渡しに訪れた使者が、ゲオルクに口頭でこう伝えた。


「大公閣下のお言葉です。『これ以上は、あの国の仕事だ』と」


二人は、こうして表舞台から音もなく退けられていった。

離宮に移ったあとも、エーリヒは訪れる使いの者たちを罵り続けていた。


「俺は何も悪くない」

「あの女が悪い」

「ゲオルクが悪い」


ミリアベルもまた、実家の一室に閉じこもり、手鏡ばかりを覗き込んでは「わたくしのせいではない」と繰り返していた。

以前なら、彼女が部屋から出れば誰かが振り返った。

愛らしい声をかければ、誰かが手を貸した。


今、訪ねてくる者はいない。

侍女の一人も、長くは居つかなかった。

かつて金で人の心を買えると思っていた女の周りから、金が尽きた途端、人が引いていった。

鏡の中の顔は、以前と変わらず愛らしいままなのだろう。


ただ、それを見てくれる者が、もう誰もいなかった。

最後まで、二人は自分の非を認めなかった。

王が離宮へ向かう馬車に乗る日、ゲオルクは遠くからその出立を見送った。

窓越しにちらりと見えた横顔は、ひどく痩せていた。


指には、父王から受け継いだ指輪だけが変わらずに光っていた。


☆


合議の議題は、続いて、旧体制に関わった文官たちの処遇へと移った。

長い名簿が、円卓の上を回されていく。

財務、内務、外務。

かつて王の側に仕えていた者たちの名が一つひとつ読み上げられ、去就が議論されていった。


ある者は職を解かれ、ある者は領地の返上を命じられ、ある者は不問とされる。

ゲオルクの名は、当然のようにその中にあった。

宰相。

長年にわたり王の側近くにあって、国政の中枢を担ってきた男。


責任を問われるべき者の筆頭にその名が挙がるのは、自然なことだった。

彼は円卓の端に座り、背筋を伸ばして待っていた。

自分もまた、これで終わりだろう。

そう覚悟していた。


それが当然の報いだとさえ思っていた。

あの人が一人で国を支えていた間、自分はただ見て見ぬふりをしてきたのだから。

直言に踏み切ったのは、決して遅くなかったとは言えない。


「宰相の処遇についてですが――」


議長を務める貴族が、名簿を見下ろしながら口を開いた時だった。


「少し、よろしいか」


落ち着いた声が、円卓の反対側から上がった。

立ち上がったのは、あの老侯爵だった。

先日の謁見の間で最初に席を立った人物。

改革派の重鎮として知られ、新体制の中心になることがすでに囁かれている。


☆


老侯爵はしばらく口を開かなかった。

円卓の面々をゆっくりと見渡す。

それから、ゲオルクへ視線を向けた。


「この国の内情を、彼ほど知る者は他にいない」


低く、よく通る声だった。


「財政の裏側も、各地の蔵の位置も、官吏たちの癖も。それを新体制が一から学び直すには、あまりにも時間がなさすぎる」


円卓に、ざわめきが起こった。


「それに」


侯爵は言葉を継いだ。


「土壇場で陛下に真実を告げる勇気を持てた者が、この宮廷に他に何人いたでしょうか。あの朝のことは、取り次ぎの侍従から聞きました。扉の外で、彼の声を聞いていたそうです」


ゲオルクは思わず顔を上げた。

侯爵の目は彼を見ていた。

責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ事実を述べる者の目で。


「彼は、地位も命さえも失いかねないと知りながら、あえて言った。それを、この場で見なかったことにするのは、公正ではありますまい」


議長が何か言おうとして口を開きかけた。

侯爵はそれを制するように続ける。


「ただし、無罪放免とは申しません。宰相の位は解く。俸給は返上させ、北部の救済に回す。そのうえで、北部の被害を、一村ずつ、彼自身の手で調べさせる。名簿を作らせ、遺族への謝罪も彼の仕事とする。……それが、彼の償いです」


沈黙が円卓に落ちた。

反対の声は上がらなかった。

誰かが小さく頷く気配があった。

誰かがそっと視線を落とした。


数人の貴族が互いに顔を見合わせている。

ゲオルクは反論しようとした。

私は、そのような処遇に値する者ではない、と。

あの朝の直言は遅すぎた償いに過ぎず、それ以前の長い沈黙は決して赦されるものではない、と。


だがその声は喉の奥で止まった。

赦されるとは思っていなかった。

それでも、この機会を無下にすることがかえって不誠実であることも、彼には分かっていた。

断れば、それは謙虚さではなく、また一つの逃避になってしまう。

眼鏡の奥で、目の縁が熱くなった。


「……お引き受けいたします」


やがて、ゲオルクはそう口にしていた。


「裏方で構いません。肩書きも、いりません。一から、やり直させていただきたい」


老侯爵が短く頷いた。


☆


数日後。

ゲオルクは、王城の隅にある、以前より遥かに小さな部屋に通された。

かつて宰相の執務室だった広い部屋は、新体制の議事堂として使われることになった。

彼に与えられたのは、書類棚が一つと机が一つ。


窓は北向きで、朝の光もあまり差し込まない。

華々しい役職ではなかった。

名も肩書きも、与えられていない。

合議の最初の日、彼は北部の蔵番宛の追認書に署名していた。


あの返書に対する、遅すぎる返事だった。

新体制が諸侯の備蓄を動かし、遅ればせながら北部の村々に穀物が届いたのは、それから二十日後のことだ。

間に合わなかった村があることも、彼は知っている。

その名簿を、彼は自分の手で作るつもりでいた。

忘れないために。


これから始まるのは、地道な仕事だ。

この国の綻びを、一つずつ繕い直していく。

派手な成果も称賛もない。

おそらく誰にも気づかれないままに終わる日々になるだろう。


もっと早く動いていれば、と悔いても遅いけれど、今できることをする。

彼は机の上に、真新しい帳面を置いた。

まだ一文字も書かれていない。

革の表紙がまだ硬く、指に馴染まなかった。


真っ白な帳面を前に、ゲオルクはしばし手を止めた。

ふと、あの筆跡を思い出す。

数字の「7」に入れられた、迷いのない横棒。

誰にも知られないままこの国の綻びを繕い続けていた、あの人の手。


あの人のようにはいかないだろう。

彼女は誰に頼まれたわけでも、誰に感謝されるわけでもなく、ただ黙ってそれを続けていた。

自分にそこまでの強さはないけれど。

――今度こそ、目を逸らさずにいよう。


ゲオルクはペンを取り、インクに浸した。

北向きの窓から差し込む淡い光の中で、ペン先が白紙に触れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。