村人たちの小さな証言
翌朝、北倉庫の前には村人たちが集まっていた。
昨夜捕らえた男たちは、村長の家の空き部屋に閉じ込められている。王都の役人を名乗っていたが、身分を証明する正式な文書は持っていなかった。残されていたのは、採掘場の印が押された通行証と、いくつかの鍵だけだった。
帳面は管理所へ運び、濡れた紙を一枚ずつ乾かした。ノアは窓辺に板を並べ、紙を広げていく。私は記録の年号と水路の番号を照合し、村人たちは昨夜の出来事を順番に話してくれた。
「私が最初に馬車を見たのは、三年前の春だよ」
赤い頭巾の少女が言った。
「でも、大人たちは信じてくれなかった。見間違いだって」
「そのとき、馬車は何を運んでいましたか」
「木箱。今夜のと同じ形だった。それから、北の水路の水が急に減った」
少女の母親が続けた。
「春なのに畑へ水が来なかったんです。役所へ訴えたら、雪解けが遅いせいだと言われました。でも、山の雪は十分に残っていた」
老人は帽子を膝に置いた。
「二年前には、村の井戸を調べる役人が来た。水が足りないなら、採掘場へ働きに出ろと言われたよ」
別の男が手を挙げた。
「私は採掘場の荷運びをしていた。あそこには、王都へ送る水をためる大きな貯水槽がある。鉱石を洗うためだ。村の水門を閉じてまで、あそこへ流していた」
声はどれも小さかった。けれど、ひとつひとつが帳面の空白を埋めていく。
私は紙の余白に、話した人の名と日付を書き込んだ。
「証言を記録に残すのか」
ノアが尋ねた。
「はい。誰が、いつ、何を見たのかを明らかにします。あとから嘘だと言われないように」
「村人たちは王都で証言することを恐れる」
「だから、無理に連れていきません。話せる範囲で話してもらい、署名をもらいます」
私は赤い頭巾の少女へ顔を向けた。
「あなたの話も、書いてよいですか」
少女は母親を見た。母親がうなずくと、少女は小さな指で帳面の端を押さえた。
「名前は、ミナ。見たことを全部書いて」
ノアは黙ってその様子を見ていた。
昼前、彼は古い地図を広げた。採掘場へ伸びる支流と、村へ続く北部水路が一本の分岐点で重なっている。
「ここだ」
ノアが指で示した。
「三年前に修繕された分岐水門がある。記録では、洪水対策のために新設されたことになっている」
「でも、洪水は起きていません」
「起きていない。だから、この記録も偽装だ」
彼は別の帳面を開いた。三年前の修繕費は、通常の四倍に膨らんでいた。石材、鉄具、運搬費。項目は細かく並んでいるが、施工した職人の名だけが記されていない。
「名のない工事は、実際には行われていないか、別の目的で使われた可能性が高い」
「採掘場へ水を流すための水門を、洪水対策と偽った」
「そう考えるのが自然だ」
ノアはそこで言葉を止めた。
「ただし、帳面だけでは王都の審査官を納得させられない。現場の構造を示す必要がある」
「分岐水門を調べるのですね」
「今夜の男たちが黙っていれば、証拠は消される」
その言葉を聞いた直後、管理所の外で馬のいななきが響いた。
扉を開けると、王都の紋章をつけた騎兵が三人、坂道を上ってくるところだった。先頭の男は、昨夜の黒い手袋の男が身につけていたものと同じ留め具を襟につけている。
「水路管理所の責任者は誰だ」
男が声を張った。
私は一歩前へ出た。
「私です」
「下働きが責任者を名乗るのか」
「記録を預かっているのは私です」
男は嘲るように鼻を鳴らした。
「昨夜、王都の保管物を盗み出した者がいる。帳面をすべて引き渡せ」
「保管物なら、正式な受領証を見せてください」
「逆らうのか」
「規則に従って確認しているだけです」
背後で村人たちが息を詰めた。ノアが私の横へ並ぶ。
騎兵の男は彼を見て、目を細めた。
「ノア・ベルク。まだこの娘に従っているのか」
その呼び方に、私は彼を見た。ノアの顔から血の気が引いている。
「知り合いですか」
「王都の水利院にいた頃の上官だ」
男は笑った。
「お前は記録を読めないくせに、ずいぶん偉くなったものだな」
村人たちの間にざわめきが広がった。
ノアは何も言わなかった。握った拳が白くなっている。
私は帳面を抱え直した。
「この記録は、村人たちの生活に関わるものです。正式な審査なしに渡しません」
「ならば、力ずくで持っていく」
男が手を上げた。
そのとき、ミナが前へ出た。
「私、見たよ」
小さな声だった。
騎兵たちが振り向く。
「三年前から、あなたたちの馬車が夜に来てた。雨の音がない夜に、いつも」
母親が娘の肩を抱いた。
「私も証言します。ここにいる全員が、見たことを話します」
老人が杖を鳴らした。
「村の水を奪った証拠を、また持っていかせるものか」
一人の声が二人になり、二人が十人になった。
騎兵たちは顔を見合わせた。人数で勝てないと悟ったのか、先頭の男は馬首を返した。
「王都の審査官が来る。三日後だ。そのとき、すべてを失うことになるぞ」
騎兵が去ったあと、ノアは長い沈黙の末に言った。
「王都は、俺を知っている」
「なら、あなたの過去も証拠になります」
「俺は水利院で、上から来た命令を疑わなかった。数字だけを見て、村人の声を読もうとしなかった」
彼はミナの書いた証言を見つめた。
「だから、記録を読めないふりをしていた。読めば、また誰かの都合に従うと思ったからだ」
「でも今は、読めないふりをしていません」
「君が、記録には声があると教えた」
ノアは初めて、村人たちの前で深く頭を下げた。
「三日後の審査で、俺は水利院で見たことを話す。たとえ自分の責任を問われても」
私は彼の隣に立った。
「私も、ここで聞いた声を届けます」
窓の外では、雲の切れ間から細い光が差していた。
遠くの分岐水門の下で、水がひとつ、低く鳴った。まだ隠された流れがある。三日以内に、その道を見つけなければならない。
私は帳面を閉じ、村人たちの名が並ぶ頁を見た。
小さな証言は、もう小さくなかった。




