8 めざせ魔界でいちゃラブスローライフ!
「――どうだ? 直接“愛しい”と言われた感想は」
前言撤回ッ! 顔がまっすぐ見られません!!
愛理は、からかうように目を細めるカイン様からバッと顔を逸らした。
た、たしかに地下牢で、“愛しい”なんて直接言われたらどうしようってひとりで喚いてたけど!!
わたわたと慌てる愛理を見て、カイン様がまた意地悪な顔で笑う。彼の真っ赤な瞳が、意味ありげに細められている。
「何度も望みを叶えてやってるのに、平気な顔をしてると思ってたが……
まさか、気付いてなかったのか?」
呆れたようにからかう彼の声音さえ、愛おしい。こうなってはもう、愛理は両手で白旗を振るしかない。
「……最初から全部見てたって、言ってましたもんね……」
「嗚呼、その通りだ。それで、答えはどうなんだ、
――“愛しいアイリーン”?」
わざと小馬鹿にした上目遣いで見てくる、意地悪なカイン様が、大変ずるい。愛理の情緒は、またジェットコースターに乗った。
「アアアアアアもうっっ!! 最高ですよ!!」
「くっくっく、それなら良かった」
心底楽しそうに笑う意地悪な男を、悔しい思いで睨みつける。
クッソ、でも顔がいい、声もいい、全てがいい……推し……
愛理は蕩けるような夢心地と、せめぎあう悔しさに支配されていた。悔しさがちょっと上回るので、ジト目で睨みつけるささやかな反抗に出る。
「ひとのこと玩具か何かだと思ってません?」
「人聞きが悪いな。俺をなんだと思ってる?」
「ひとでなし……魔王様?」
「ふむ……それは正しい」
ゲームじゃ出来なかった、こんなやり取りさえすごく幸せだった。
すると、カイン様が急に真剣な顔をする。
「アイリーン。
……処刑されるのは、やめにしないか?」
「……え? でも、処刑されなくても結婚できるんですか?」
「……」
愛理の質問に、カイン様は答えない。
不思議に思って、俯いた彼の顔を覗き込む。すると愛理の身体をひったくるように強引に抱き締められた。
「アイリーン……俺は、君が殺されるのだけは見たくない。
アイリーンが死ぬのは、耐えられない」
その声があまりにも泣きそうに聞こえて、愛理は恥ずかしいと思う間もなく、彼の引き締まった身体をそっと抱き締め返した。
カイン様が息を飲んだ気配がする。
「でも、貴方が助けてくれるでしょう?」
「そうだが……魔界に行かないなら、アイリーンが1度たりとも、死ぬ必要は無いんだ。俺と、この世界で共に暮らそう」
何度も何度も“ジャクリーン”の処刑を見てきたはずの彼が、アイリーンだけは1度でも死んで欲しくないと、そう懇願するのがたまらなく嬉しかった。しかも、魔王様の力なら、愛理の事を魔界で生き返らせる事が出来るというのに。
愛理の心に、暗い独占欲が立ち上る。
「そっか、生身の身体じゃ魔界に行けないんだ。
でもカイン様。この世界にいたらそれこそ、永遠に地の果てまで、カナリアと王太子に追いかけられる未来が見えます」
これは本心。あのヒロインの目――カナリア男爵令嬢の中に入ってるのは、絶対に素直で可愛いプレイヤーなんかじゃない。
彼女の目の届く場所にいたら、カイン様とのいちゃラブスローライフは絶対叶わない気がする!
「…………なるほど、今回の男爵令嬢を演じている女は執念深いのか……
だが、アイリーンが死ぬのは……」
煮え切らないカイン様の態度に、愛理はジャクリーン節を炸裂させることを決意する。抱き締められたままの背筋を伸ばすと、彼の顔の目の前で濃紺の瞳をスッと冷たく細めた。
「あらあら、魔王ともあろう方が、なんて情けないのかしら。わたくし、誰にも邪魔されない場所でカイン様と生きたいと思ってるのよ?
それとも、わたくしの覚悟を舐めておいでなのかしら。
――貴方のために死ぬ覚悟なら、とうの昔にしておりましてよ」
傲慢に胸を張る。不遜に顎を上げて、そう高飛車に言い放つ。
だって、悪役令嬢の私を、カイン様は美しいと、悪い顔が上手だと仰ってくれたから。
自信たっぷりに、愛理は悠然と艶やかに微笑む。
それにちっとも嘘は言ってない。1度死んだ時、最期に願ったのは貴方の花嫁になることだった。
もう1度死んだとして、願うことはたった1つに決まってる。
「……アイリーン。とても君には敵わない」
カイン様は、困ったように、けれどとても愛おしそうにそう言った。
「絶対に、君を魔界で生き返らせる。
そうしたら、誰にも邪魔されない場所で2人で生きよう、ずっと……」
カイン様は愛理をきつく抱き締め直す。
愛理の肩口に顔を埋めたまま、彼は小さい声でそう呟いた。
あら、意地悪された仕返しは成功かしら!
愛理は、内心すらジャクリーン節でほくそ笑む。
やっぱり私って、ジャクリーンに似てるみたい。
ゲームにないセリフだって、彼女みたいにスラスラ出てきちゃう。
それにカイン様が悪い顔を褒めてくれるのなら、こうして悪役令嬢ぶるのも悪くないわね!
――愛理は最初、魔王様と出会うためだけに処刑されようと破滅ルートに身を投じた。
でも、もう愛おしい魔王様が待っていてくれると知っているから、喜んで破滅ルートを走っていける。
愛理は決意する。
絶対、華々しく処刑されてやる!! 魔界でいちゃラブスローライフするんだから!!! と。




