6 さては『ヒロイン』もプレイヤー入ってますね?
「美しいよ、アイリーン。君は悪い顔が上手だな」
「まぁ、それって褒めてらっしゃるの? “魔王ジョーク”かしら」
恍惚と囁かれたので、調子に乗ってジャクリーン節をかましてみる。片方の眉を釣り上げて、肩まで竦ませる大サービス付きで。
「くっくっく、堪らないね。本当に君は、俺を楽しませてくれる」
心底楽しげに笑うと、カイン様は黒い手袋をはめた手で愛理の頭を撫でると、正面からぎゅっと抱きしめてくる。
なんとかジャクリーンの仮面を被りきって、やたら大量の瞬きをする愛理。叫び出しそうになるのを堪えて震えていると、カイン様は愛おしそうに見詰めてくる。
そして彼の姿は、愛理の足元に落ちる影にふっと吸い込まれていった。
「……成程、便利な魔王スキル……!」
愛理は小さく頷いて呟いた。
ゲームに描かれていない魔王様の情報が沢山分かって、なんだか嬉しい。
程なくして、カイン様の言った通り2人の足音が湿った地下牢に響いてきた。
こちらから見える曲がり角に、2人が持っているのだろう手持ちの松明に照らされた影が映った。
「こんな所に御足労頂いて、大変恐縮ですわ、王太子殿下。それに、フルール男爵令嬢」
愛理は、ジャクリーンらしく嫌味たっぷりな声音で高らかに告げる。
あんたたちは、憔悴しきったジャクリーンを見に来たんでしょうけど、残念ながら私は今史上最強に幸せな気分なんだから!
愛理は胸を張ってふんぞり返る。
曲がり角を超えて現れたエドワード王太子は、悔しそうな顔をしていた。
その隣をぴったりと寄り添って歩くカナリア男爵令嬢も、顔だけは怯えた風を繕っていたが、瞳はジャクリーンを憎たらしげに睨みつけてくる。
「……フン。地下牢に繋がれたというから見舞いに来てみれば、全く反省していないんだな、ジャクリーン」
「あら、やめて下さる? 王太子殿下。わたくしもう、貴方に名前で呼ばれる関係じゃないはずだわ。
……ねぇ、フルール男爵令嬢? あなたもそうは思わなくて?」
顎を上げて見下すように微笑んでみせる。
カナリア男爵令嬢の方を向いたけど、エドワード王太子に阻まれてしまった。
「カナリア、構うな! こんな女の言うことなど」
「エドワード様……! でも、この方お可哀想よ。それもこれも、わたしが……エドワード様の寵愛を賜ってしまったから……」
まるで今にも泣き出しそうに瞳を揺らして、カナリア男爵令嬢はエドワード王太子の胸にしなだれかかる。そのか弱い姿に、エドワード王太子はぎゅっと強く彼女を抱き締めて応えた。
だけど、愛理からは抱き締められたカナリア男爵令嬢の悪意に歪んだ顔が丸見えだった。
見知った茶番にうんざりしかけていた愛理の意識は、ヒロインの表情に釘付けになる。
あらー。随分恨まれちゃった。
って言うか、ヒロインって確か清純可憐なキャラクターじゃなかった? こんな顔する子だったかな?
そして、さっきカイン様が言っていたことがふと甦った。
ジャクリーンは役名……
それなら、ヒロインもカナリアは“役名”で、愛理と同じようにプレイヤーが入っているとするなら?
このイベントが起きたのは、物語を本筋に戻す強制力なんかじゃない。ヒロインのプレイヤーが、物語をなぞろうとしている。
悪役令嬢を処刑して、エドワードエンドを迎えようってわけね? もしかして、正規ルートなぞって魔女になった悪役令嬢と魔王様も滅ぼして世界も救おうとかしてる?
は??? 絶対許しませんけど???
「――世界の破滅なんてどうでもいい。でも。
最愛のカイン様に害が及ぶなら、王太子諸共、絶対に破滅させてやる……」
愛理はその呪詛を無意識に口に出していた。
その時、愛理の濃紺の瞳の奥がゆらり、と黒く揺らめく。
身体がやけに冷たく感じる。自分のものじゃないみたいに、身体中が硬くて意識が後ろに引っ張られてく違和感。
その瞬間、赤く長い髪が空中にひとりでに舞いあがる。足元の影はいつの間にか、煌めくネイビーの魔法陣へ変わっていた。冷えきった風が足元から吹き上げて、濃紺の豪奢なドレスが激しくはためく。
チカチカと揺らめく青い光を纏った黒い霧が、ジャクリーンの身体を包み込んだ。
「ねぇ、戯言も程々にして頂戴な。
わたくし、そこの王太子になんか興味ありませんの。
わたくしの魔王様への愛を邪魔などせず……
貴方々はおとなしく、幸せにお過ごしになって?」
自分でも驚くほど冷たい声だった。
ヒールで一歩前に進む。足先が触れた地面に、輝くネイビーの魔法陣が展開される。
エドワード王太子も、カナリア男爵令嬢も凍り付いたように青ざめて動かない。
さらにもう一歩足を踏み出す。湿った地下牢に、甲高いヒールの音が鳴り響いた。
そして、愛理の身体はカイン様がやったのと同じように、まるで影がすり抜けるように牢屋を通り抜けていく。
硬直した2人を冷たく一瞥すると、ヒールを鳴らしてその真横を、背筋を伸ばしたまま通り過ぎた。
「……ごきげんよう」
愛理は、1度だけ振り向いて、ジャクリーンよりももっと悪辣で艶やかな笑顔を浮かべた。




