2 このルート、聞いてたのと全然違うんですけどォ?!
それからの愛理――ジャクリーンの日々は忙しいものだった。フォンテーヌ公爵邸に帰って、父であるフォンテーヌ公爵からのお叱りイベントをこなし、この数日間で売れるものは全て売り飛ばした。
だって、ジャクリーンは処刑されちゃうんだもん。
今のうちに現金化しておいてもバチは当たらないよね?
そしてその日愛理は、『王様による断罪イベント』のため、王宮へと呼び出されていた。
謁見室へ続く、長い廊下を歩く。
白を基調とした壁に、金の豪華な縁どりが施されている。豪華なシャンデリアが等間隔に長い廊下を彩っていた。
裾を蹴って軽やかな足取りで進む。
今日のドレスは、瞳に合わせた濃紺で、裾がふんわりと広がったAラインのドレス。王宮の装飾に似せた金色の刺繍が裾に施されていて、如何にも公爵令嬢! って感じの華美なもの。
ヴェルサイユ宮殿の仮面舞踏会風イベントに、貯金を叩いてはるばる参加した経験がまさか役に立つ日が来ようとは――!
そう、愛理は形から入るタイプのオタクなのだ。
王宮ロマンスにドハマリした愛理は、現代に残る王宮っぽい文化を追いかけていた。だから、バロック風ロングドレスでの裾捌きはお手の物。もちろんダンスだって履修済み。
当時、舞踏会風イベントで推しの概念ドレスを絶対着たい! とSNSで喚き散らした愛理に、友人(コスプレ制作オタク)がなんと黒と赤のけばけばしいドレスを仕立ててくれたのである。
もちろん、布地は愛理がフランスのサイトで買って送った。ゼロの桁が3度見するくらい多かったけど、後悔はしていない。
愛理は懐かしい記憶に思いを馳せる。
――あのドレス、すっっごいお気に入りだったんだよねえ!
なんていったって、“魔王様概念ドレス”である。どうにかしてこちらの世界でも、仕立てて欲しい。
公爵令嬢の財力ならできるかなあ。あ、でも処刑されちゃうから、今更散財しても仕方ないか……
愛理がそんなことを考えていると、侍従の硬い声がした。
愛理は、意識して背筋を伸ばすと大きく息を吸う。ギチギチに締められたコルセットのせいで、深呼吸するのもままならないけれど。
「ジャクリーン・ラ・フォンテーヌ公爵令嬢、陛下の御前へ!」
謁見室の重たい扉が開かれる。
赤い絨毯が、玉座まで真っ直ぐに伸びていた。
愛理は、すっと前を向いてゆっくりと歩き出す。小さな歩幅で、滑るように。ふわふわと、ドレスの裾が揺らめいた。
ある程度まで近付いて、ドレスの裾を摘むと片足を後ろに引いて膝を曲げる。背筋を真っ直ぐに意識しながら、頭を軽く下げて待機した。
動画サイトを見ながら、めちゃくちゃ練習したカーテシー……! 当時、宮殿の舞踏会風イベントでも中々褒められたけど、これで大丈夫なのかな?!
愛理はドキドキしながらカーテシーを保った。
いくらゲームの世界だとは言っても『王様』の前である。
「――楽にせよ」
陛下の声に、愛理は姿勢を崩した。玉座のある高さに視線を合わせて見上げる。
「単刀直入に言おう。我が息子が婚約破棄を申し入れたそうだな。私としては、優秀なそなたが、王妃としてエドワードを支え立つのを見たかったのだが――」
陛下の声に、周りに控える近衛騎士や側近たちの厳しい視線が愛理に突き刺さる。
「聞けば、エドワードに幾度となく諫言を呈していたそうだな。女のくせに、政治に口を出すとはいただけない。
それに、カナリア男爵令嬢への仕打ち。己の可愛げのなさが問題であったのに、愛されぬ苛立ちを彼女へ向けたのか?」
愛理は、眉間にしわがよりそうなのを懸命に耐えた。陛下の『女のくせに』という言葉が、OLだった頃上司や男性の同僚に影で言われていた言葉と被る。
婚期を逃し、30代にもなって寿退社の気配もない。あんな可愛げのない女、仕事くらいしかやることないんだろう――だから、女のくせにあんなに仕事が出来るんだよ。
自分の無能を棚に上げていけしゃあしゃあと――!!
って言うか寿退社とかいつの時代だよ?!
愛理の個人的な恨みも相まって、ジャクリーンの姿でつい目の前の王様を睨みつけてしまう。思わず、“ゲーム通り”よりもっと辛辣な言葉が口をついてでる。
「陛下、わたくしの諫言が『口出し』に聞こえたのであれば、それは王太子殿下の御器量が及ばなかったからではございませんか?
わたくしはただ、おひとりではお決めになれないと仰る殿下を、未来の王妃として支えるために、助言を申したにすぎません。
それを、愛されぬ苛立ちと仰るなんて――
陛下のご期待にお答えできず、誠に申し訳ございませんでした。
わたくしでは、王妃は務まらないでしょう。
何故なら、この王国で王妃に求められるのは、男に愛される可愛らしさだけのようでございますから!」
愛理がそう言いきった途端、近衛騎士たちが槍でドレス姿のジャクリーンを取り押さえる。赤い髪が、赤い絨毯にばさりと広がった。
「不敬な!! 恥を知れ!」
冷たい槍の感触が、首に触れる。上から降ってきた騎士たちの苛立った声に、愛理はやっちゃった、と思った。
だけど、成功じゃない?
もしかして、処刑ちょっと早まってたりして。
どうしよう、私天性の悪役令嬢の才能があるのかも!




