1 悪役令嬢の断罪ルート? なにそれご褒美ですか?
『あっ、コレ死ぬ?!
――死ぬなら、次こそ魔王様の花嫁にしてください、お願いしますお願いしますお願いします!!!』
私――佐藤愛理は宙を舞う感覚の中、必死に祈る。駅の硬い階段を転げ落ち、冷たい空気が肺に突き刺さる――
そんな絶望の中、愛理の頭に浮かんだのは毎日スチルを眺めていた乙女ゲーム、『聖なるカナリアは夜明けの夢を見る』の美麗なイラストたち。
最推しの“魔王様”の低くて少し掠れた甘い声が、耳の奥に蘇る。
『世界を呪う不憫な花嫁よ。
――愛しいお前を殺した世界に、私が復讐してやろう』
次の瞬間、宮殿のような広間に立たされているのに気付いた。
白と金色を基調とした広間に、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。
数メートル先には、豪華な騎士服を着た金髪の男が、淡いパステルカラーのドレスを着た令嬢の肩を抱いて、こちらを睨みつけていた。
「この私、エドワード・カレドニア王太子は、ジャクリーン・ラ・フォンテーヌ公爵令嬢との婚約を破棄することを、ここに宣言する!」
その名前、“ジャクリーン”には聞き覚えがあった。
愛理――ジャクリーンは、ゴホンと咳払いをして、さも癇癪持ちの“悪役令嬢”らしく金切り声を上げた。
「まぁ、そんな勝手、わたくしのお父様が許さなくってよ!」
愛理は顎をあげて、胸を張った。その時、サラリと赤い髪のひとすじが視界に落ちてくる。
艶やかな髪は、高級なシャンプーを使っている仕上がりだった。推し活の資金調達のため、安いリンスインシャンプーで洗っている愛理のものじゃない。
「醜いぞ、フォンテーヌ公爵令嬢――! これは、王家の決定である!
貴様はあろうことか、このカナリア・フルール男爵令嬢の命を執拗に狙ったであろう!
自分が私に愛されないからといって、このか弱い令嬢を逆恨みするなど――」
今にも泣き出しそうなカナリア嬢の肩をしっかりと抱いたエドワード王太子は、ジャクリーンの罪状を朗々と読み上げていく。
カナリア。エドワード。
その名前を聞いた時、愛理の中で確信が生まれた。
ふと広間の壁に目をやると、壁一面が鏡のように磨かれて自分の姿が映っているのが見える。
愛理の頭の中で、パズルのピースが素早くはまっていく。目の前に映る赤い巻髪と、つり上がった大きな濃紺の瞳を持つ美貌に、“ジャクリーン”という名前――間違いなかった。
愛理は、気付いた瞬間思わず叫び声を上げそうになるのをなんとか我慢する。彼女らしい嘲笑で目を細めて、手持ちの扇子をバッと広げた。
「……酷いわっ……! 私たちの純愛を妬んで、そのような権力を笠に着た振る舞いっ……!」
「カナリア……泣かないでくれ。
――いい加減にしないか、何度カナリアを泣かせれば気が済むんだ、フォンテーヌ公爵令嬢!」
目の前のカナリア男爵令嬢とエドワード王太子は、さも悲劇のヒロインとそれを守るヒーローみたいな顔をして、寄り添いあって立っている。
「お話はそれだけかしら? 陛下が戻っていらっしゃってから、もう一度お話を聞かせてくださる?
本当に『王家の決定』なのかどうか」
愛理は、何百回と画面越しに見たジャクリーンの嘲笑的な笑みを、そっくり真似して微笑んだ。
ぱたん、と手に持った扇子を閉じ、恭しく礼を取る。エドワード王太子の返事を待たずに、滑るように踵を返す。ふわり、と長いドレスの裾が揺れた。
彼らに背を向けた愛理は、懸命に裾を蹴って歩きながらにやける顔を抑えるのに必死だった。
広間から出て、長い廊下でひとりになると堪えきれずに叫ぶ。
「ってか、キタコレ――!! “ジャクリーン”じゃん!! 『魔王様ルート』なんですけど――?!」
もしかして、私異世界転生ってやつしちゃった?
死ぬ間際に、一生懸命お願いしたのが報われた気がする。
思い返しても、階段から落ちた先の記憶がない。きっと、駅の階段から落ちて、頭を打って死んだんだ。
痛い記憶がないのはいいけど、間抜けな最期だったなあ……でも!
愛理はギュッと目を瞑った。
「……もう、1回死んでる私に怖いものはなし!
魔王様! 今、会いに逝きます――!」
乙女ゲーム『聖なるカナリアは夜明けの夢を見る』の、悪役令嬢ジャクリーン・ラ・フォンテーヌの未来はどのルートでも決まっている。
ヒロインに断罪されての、処刑エンドだ。
でも、処刑エンドが『魔王様ルート』に入るための鍵でもある。
全てに絶望し、世界を呪いながら処刑されたジャクリーンの前に、その呪詛に心打たれた魔王様が、手を差し伸べてくれる。そして、ジャクリーンは魔王の花嫁として魔界へ攫われてしまう――
その後ジャクリーンがどう過ごしたかは語られず、ここまでで魔王様ルートはエンド。
だがヒロイン視点では、ジャクリーンの後日談が描かれる。
悪の化身となった魔女ジャクリーンは、魔王と手を取り世界の破滅を目論む。それを、ヒロインとエドワード王太子が滅ぼして世界の平和を守る――それが王太子ルートのエンディング。
でも、愛理にはそんなの関係ない。
世界の破滅なんて願わないし、王太子やヒロインへのざまぁだってどうでもいい!
「ゲームと違って、迎えに来てもらったあとも人生は続くんだよ〜! 結婚したら魔界に引きこもろ〜!」
誰もいない廊下で、愛理は高らかに拳を突き上げる。彼女は本気だった。
おっといけない。ジャクリーン公爵令嬢はこんな下品な行動はしないよね、気を付けなきゃ!
愛理は手を下ろすと、袖をポンポンと叩いてシワを伸ばす。そして、軽やかな足取りで滑るように廊下を進んでいった。
そしてその弾んだ足取りを、柱の影から遠目でそっと見る黒い影があった。
白い肌に精悍な顔立ち。漆黒の艶やかな髪をした、長身の男。全身を黒で統一した装いは、この世ならざる冷たい雰囲気を纏っていた。
その血のように真っ赤な瞳が、愛理をじっと見詰める。
「ほぅ、“次の”花嫁は、随分愉快な女らしい。
彼女なら、もしや――」
黒い革手袋をはめた指先で隠した口元に、ふっと笑みが刻まれる。
淡く微笑む彼の眼差しには、なにか秘めた期待が宿っているかのようだった。
――これは、最推しへの愛情が激重なとあるオタクが、たったひとりの魔王様のため、破滅へ全速力で駆け出していく、一途な純愛(?)の物語。




