10 カナリアの転落
「恐れるが良い、民衆よ。私はこの世界の裏側、魔界の主、魔王カインである!
我が花嫁を貰い受けに来た。殺そうとした命なら、私が貰い受けても構わぬであろう?
私に反するものは、この世界を失う覚悟をせよ」
——なんでなんでなんでなんで?!
カナリアは、奥歯をギリッと噛み締めながら空を見上げていた。
空には、“まだ登場するはずではない魔王”が浮かんでいる。
——ジャクリーンが処刑されてから出るはずじゃないの?!
カナリアの予定は今のところ順調に進んでいた。ジャクリーンの婚約破棄の後、“知っているゲームのルート”とはストーリーが変わった箇所もあるものの、寧ろ順調すぎるほど早くジャクリーンの処刑まで漕ぎ着けた。
——どうしよう、『聖女』の力を覚醒させないとエドワードと結婚できないのに……!!
乙女ゲーム『聖なるカナリアは夜明けの夢を見る』の、王太子ルート。
それは、エドワード王太子とカナリア男爵令嬢が出会い、恋に落ちるところから始まる。
ルートの中で王太子の婚約者であるジャクリーン公爵令嬢は婚約破棄をされ、断罪され、処刑される。すると、魔王が現れジャクリーンは魔女として蘇り、世界を滅ぼそうと戦いを挑んでくるのだ。
この時にカナリアは『聖女』の力を目覚めさせ、悪夢のような戦いに王太子と打ち勝つ。そして功績を称えられカナリアは男爵令嬢であるにも関わらず、王太子妃として認められるのである。
「ああ、可哀想なカナリア。そんなに震えて……私がついているからね」
カナリアをギュッと抱き寄せ、エドワード王太子が囁いてくる。
「エドワード様! そんなことより、あの魔王を早く殺さなきゃ!!」
「な、何を言っているんだカナリア……?! 攻撃しなければこのまま見逃してもらえるんだぞ?! それに、魔王に勝てる騎士なんていない!!」
「でも……でも!! このままじゃジャクリーン公爵令嬢が……」
「あんな女のことはもういいじゃないか、カナリア」
宥めるようなエドワード王太子の声音が気に入らない。なんなのこのヘタレ……このままじゃ私王太子妃になれないんだけど?!
このゲームは、位の低い男爵令嬢であるカナリアを意味もなく王太子妃にしてくれるほどご都合主義じゃない。
エドワード王太子はカナリアにぞっこんだけど、この世界にはジャクリーン以外にも公爵令嬢がいるのだ。
男爵令嬢のカナリアじゃ、せいぜい側室が関の山。
カナリアが唇を噛む間に、魔王は処刑台からジャクリーンを攫うと天高く舞い上がって消えてしまった。
「エドワード……絶対にジャクリーンと魔王はこの世界の敵なの!! 殺さなきゃならないの!!」
「……可哀想なカナリア……余程あの女の仕打ちが堪えたんだね。でも安心して。もうあの女はいないんだ」
まるで幼子をあやすかのように頭を撫でられる。エドワード王太子は、カナリアがジャクリーンの仕打ちで気を病んでしまったと思い込んでいるらしい。
処刑対象を失った処刑場はいつの間にか静寂に支配されていた。
喚き散らすカナリアの声だけが響いている。
——その後、ジャクリーン・ラ・フォンテーヌ公爵令嬢は公には処刑前の事故死として公表された。
エドワード王太子の新しい婚約者には、美しいが凡庸なメルボンヌ公爵令嬢が選ばれることとなった。
カナリア男爵令嬢はもはや、公然の愛人扱い。しかも、ジャクリーン公爵令嬢の騒動で気を病んでしまわれたらしい、という噂付きで。
こうなればもう、側室も厳しいだろう。




