11 『推し』に文字通り殺された女です♡
愛理は、酸素の薄い高い空で、魔王様らしい姿で現れたカイン様の腕の中にいた。
『俺に殺されてくれないか?』
朦朧とする頭で、必死に彼の言葉を咀嚼する。
でも理解が及ぶ前に、カイン様は酷く優しく目を細めて、いつもはめていた黒い手袋を外すと尖った爪の素肌の指先で、愛理の頬に触れた。
チクリ、とまるで毒針にでも刺されたような痛みが頬を貫く。
思わず痛みに目を閉じる。
「……愛してるよ、アイリーン」
目を閉じた瞬間、カイン様の甘くかすれた低い声が酷く近くで聞こえた――
そっと唇が重なる。愛理が狼狽える間もなく、息が出来なくなった。心臓が壊れるように痛い。頭の中で心臓が鼓動してるみたいに、目眩がした。
私、ときめきすぎて死んじゃうんだ――
遠のいていく意識の中で、愛理は幸せな思いで意識を手放した。
「――痛い思いをさせてすまなかった、アイリーン……」
愛理は、ぼんやりと霞む意識の中でカイン様の懺悔の声を聞く。でもその声は、悲しみじゃなくて少しの甘い響きを帯びていた。
ぱちぱちと瞬きをする。
目の前にいるカイン様の真っ赤な瞳と目が合った。
「かかかカイン様……?!」
急に意識がはっきりしてくる。さっき、彼の素肌の手に触れられたこと、キスをされたこと。鮮明に記憶が甦ってきて、愛理は真っ赤になってしまう。
「……目が覚めたんだな! よかった……」
カイン様はふわっと解けるように笑って、愛理をきつく抱き締めた。
「あわわ、あの、さっき何が起きて――」
「嗚呼すまない、説明をしなかったな。
生身の人間にとって、俺たち魔族の身体は毒になるんだ」
そして、彼は手袋を外したままの手で愛理の手を取った。思わずびくりと肩が跳ねる。
でも、今度は毒針に刺されたみたいなツキンとした痛みは襲ってこない。不思議に思っていると、カイン様は重ねた指先を絡めてきた。
「もう痛くないだろう?
魔界へようこそ、アイリーン」
優しい顔で微笑まれる。
思わず愛理は両手で自分の頬をぶっ叩いた。
「アイリーン?! 何をしている?!」
「エヘヘ……夢かと思って……」
急に恥ずかしくなって誤魔化せば、愛理の意志とは関係なしに視界が滲む。
「あ、あれ? おかしいな……」
パチパチと瞬きをする。涙が頬を伝うのを感じていた。カイン様が、唇を噛み切なげな眼差しを愛理に向ける。
——あ、私の大好きなカイン様のスチルだあ……♡
切なげで、どこか寂しげに笑う瞳。
愛理はこの顔で、沼に落ちたのだ。強大な力を持っていて、魔王だなんて地位があって、きっとなんでも思い通りにできる。だけどその瞳は寂しい色をしていて。
……私が、幸せにしたいって、そう思ったんだった。
そこまで考えた時、彼の長い指が愛理の頬に触れた。流れ落ちる涙を、優しい指先が拭ってくれる。
「夢じゃないんだ、アイリーン。
これからはずっと一緒にいられる」
そうして微笑むカイン様の笑顔は、ゲームで見たどんなスチルも敵わないくらい美しい。
「……ああそうだ、なんだったか」
ふと思い出したようにカイン様が呟く。
愛理は首をかしげて次の言葉を待った。
「“魔界でいちゃラブスローライフ”を、するんだろう?
泣いてる場合じゃないぞ」
ニヤリ、と唇の端に意地悪な笑みが浮かぶ。
「ギャーーーー?!?!?!
な、ななななんでそれを?!?!?!?!」
「くっくっく、本当にアイリーンは可愛いな」
「いや答えになってないんですけど?!?!」
「自分で何度も言っていただろう、忘れたのか?」
「エッ、口に出てた?!?!?!」
目を白黒させる愛理を、カイン様は愛おしそうに目を細めて見つめ……いや若干遊んでいる気もする。
声を上げて笑って、愛理を楽しそうに揶揄う意地悪な魔王様。
愛理は魔王様の花嫁を願って1度死んだ。
そして目の前のカイン様と出会って彼に殺されて、2度目の恋をした。
「でも、本気なんだろう? アイリーン」
「もちろんですよっ!! 絶対引きこもって二人で幸せになりましょうねっ!!」
——そしてこれは、魔王だけが知る後日談なのだが———
聡明な“ジャクリーン”を失い、魔王と魔女の侵略もなかったあの国は静かに滅んでいった。
エドワード王太子の新たに迎えた婚約者は、“女らしく散財し着飾るだけの、男に諫言など呈さない可愛い女”だった。
ジャクリーンを処刑に追いやったあの男爵令嬢は、自分は聖女で、魔王と魔女を殺さねばならないという妄執に取り憑かれて狂ったそうな。
狂った妾にうつつを抜かし、王太子妃の散財も止められない王太子。
そして、諫言を受け入れられない独裁国家に座る王。
市民の蜂起は避けられず、それはやがて大きな革命となる。
王家は、“あの処刑台”へと並ばされていた。
「——ここまで駒が揃って、未来がどうなるかなど分かりきっているな」
カインの独り言に、紅茶を入れていたアイリーンが顔をあげる。
「……カイン様? 何か仰いました?」
「アイリーン。君を断罪した奴らがあの後どうなったか、知りたいか?」
「断罪?……ああ、いましたわねそんなハエ。
——もう忘れてしまいましたわ」
アイリーンは、カインのお気に入りの悪い顔で微笑んだ。
魔王の隣に座るのは、艶やかな“悪役令嬢”。
彼女の言葉に、カインは満足そうに目を閉じた。
「嗚呼。そんなもの忘れて構わない」
これにて完結です!
お付き合いありがとうございました♡
気に入っていただけましたら、評価、ブクマ、感想などいただけますと大変励みになります!




