表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

06 お祭りの夜

 06 お祭りの夜


 国王一行が王都へ帰ったらしく、街はようやく普段の静けさを取り戻した。


 もっとも、その静けさも長くは続かない。でも楽しい騒がしさだ。


 今度は夏祭りの準備で、町中が朝から賑やかだった。


 今年は温泉に滞在している貴族たちも遊びに来ることを見越し、露店の数は例年よりずっと多い。


 香ばしく焼ける肉の匂い。


 焼き菓子の甘い香り。


 広場では楽師たちが昼から音合わせをしていた。


 夜になれば踊りが始まり、町中が音楽で満たされる。


 毎年楽しみにしているお祭りだ。


 今までは近所の人と歩いたり、顔なじみの冒険者の男の子たちに誘われて一緒に行っていた。


 でも今年は違う。


 キーランに誘われて約束した。約束した時、フィルは本当に嬉しそうだった。


 思い返すだけで自然と頬が緩む。


「今日は一日、全部楽しみましょう」


 朝からキーランは張り切っていた。


「もちろんよ」


 わたしが笑って答えると「ミーナと一日過ごせる」とキーランが笑った。


 せっかくだからと、久しぶりに鏡の前へ長く座った。


 髪を丁寧に結い上げる。


 そして飾りは、自分で聖女の力を込めて加工した白い花にした。


 枯れず、色褪せず、時折ほんのり光る。


 それが少し嬉しかった。


「綺麗です」


 キーランが素直にそう言ってくれた。


「ありがとう」


 おばちゃんになると、こういう褒め言葉も照れずに受け取れる。


 祭りは昼から大賑わいだった。


「ミーナ、これ食べてみよう」


「今度はあっちよ」


 二人で露店を回り、焼き鳥を食べ、果物飴を食べ、揚げ菓子を分け合う。


 歩いている途中、何度か首筋に視線を感じた。


 ちりっと、うなじが熱くなるような感覚。


 見られているのだ。でも理由は分かる。


 隣を歩くキーランは背が高く、美男子で、誰が見ても目立つ。


 その隣がおばちゃんでは、不思議に思われても仕方がない。


 若い娘さんたちが嫉妬しているのかもしれない。


 無理もないか……そう思って気にしないことにした。


 やがて日が沈み、広場にランタンが灯る。


 音楽が流れ始めた。


「踊りましょう」


 差し出された手を取ると腰に手が回った。


 その瞬間だった。


「あら」


 思わず小さく声が漏れた。


 想像以上にしっくりと体が合った。


 軽やかで、それでいて力強い。


 わたしが一歩踏み出せば、次の動きを自然に導いてくれる。


 ちょっとした誘導に体が付いて行く。


 昔、王宮では「妖精の踊り」と呼ばれたことがあった。


 踊る姿が軽やかだからと付けられた、少し恥ずかしい呼び名だ。


 けれど今日はそれ以上だ。


 何曲踊っても疲れない。


 気づけば笑いっぱなしだった。


 踊りながら連れていかれたのか、気づけば椅子に座っていた。


「少し休みましょう」とキーランも楽しそうに笑っている。


「飲み物を取ってきます。ここで待っていてくださいね」


「ええ」


 手を振って送り出す。


 その後ろ姿を見送っていると、近くの席に顔見知りの冒険者たちが座っているのが見えた。


「ミーナさ――ん」「楽しんでますか!」と手を振られたので、こちらも手を振る。


 その時だった。


「やだ」


 背後から甲高い声が響く。


「このおばさんがキーランの連れなの?」


 周囲が静かになる。


「彼も可哀想に。こんなおばさんのお世話をさせられて」


 振り返る。


 金色の長い髪を結わずに背に流している、美しい令嬢が立っていた。


 年は二十歳くらいだろうか。


 豪華なドレスと、高価そうな装飾品。


 祭りの場にはそぐわない。


 その隣には、こちらも整った身なりの青年が困った顔で立っている。


「失礼だよ、エミリー」


 青年が小声でたしなめた。


「聞こえたでしょう、おばさん?」


 令嬢――エミリーは勝ち誇ったように笑う。


「キーランに迷惑を掛けるのはやめなさいって言ったの」


 さて……どうしましょうか?


 わたしは相手を観察した。


 服装と立ち居振る舞い。


 言葉遣いと周囲の反応。


 この威張り方……たぶん領主のお嬢さんかしらね。


 この世界で否定されたことがないって感じ。要はおめでたい娘ね。


 確証はないが、間違ってないだろう。


 こういうのは、難しい。


 下手に恥をかかせると、あとが面倒になる。


「失礼ですが」


 にこりと笑う。


「どちら様でしょう?」


「気取っても無駄よ!」


 エミリーは鼻で笑った。


「キーランは本当はあたしと祭りを回りたかったの!」


 それは違うわよ。


「おばさんに気を遣っただけ!」


 あら、そうなのね。


「あたし、お父様のはやぶさ隊に誘ってあげたのよ!」


 そんなことを大声で……


「認められれば、あたしとも付き合えたのに!」


 そうなの?


「それなのに断ったのよ!」


 連れの男の子! 早く止めなさい。


「全部、おばさんが余計なことをしたせい!」



 自分から領主の娘だと身元を教えて、はやぶさ隊の勧誘まで話して、あげくは父親の名前まで出すなんて。


 こういうおバカさんは困りものよね。


 情報を勝手に喋ってくれるのは助かるけれど。


 本人はそれが失言だと気付いていないどころが得意顔よ。


「失礼ですが」


 もう一度穏やかに尋ねる。


「どちら様でしょう?」


「あなたが知る必要はない」低い声が答えた。


 キーランだった。


 飲み物を両手に持ったまま立っている。


 その表情には、固い。怒りを見せまいと表情を消している。


「キーラン!」


 エミリーが甘え声で名を呼んだ。


「おばさんに気を遣わなくてもいいのよ」


「わたしの連れを話題にするな」


 静かな声だが、棘があった。


「汚らわしい」


 周囲の空気が凍る。


「な……何を言ってるの?」


「わたしの名前を気安く呼ぶな」


 エミリーの顔から笑みが消えた。


 キーランはわたしへ視線を向ける。


「帰りましょう」


 それだけだった。


 わたしの手を取る。


 そのまま広場を後にした。


 あの子たちが目を丸くしたまま固まっていた。


 帰りは、夜風が気持ちいい。


「あのお嬢さんは知り合い?」


 少し、考えて「ええ」と返事が返ってきた。


 そして歩きながら事情を話してくれた。


 以前、はやぶさ隊へ入らないかと誘われた時のことをもう一度詳しく説明してくれた。


 優遇すると言われたので話だけ聞きに行ったこと。


「ミーナのお世話の合間に働けるならと思って」


 わたしは思わず笑った。


「本当にそう言ったの?」


「もちろん、言いましたよ」真顔だった。


「でも全然違いました。勤務時間が長い。その時点で断りましたが、話が続きました」


「断ったのに?」


「そうですよ。あの女の護衛もやれって」


「そこでもはっきりと断りました」


「でも、しつこくて……」


「まぁ」


「だから、振り切って帰りました」


「たいへんだったのね」


「『本当は自分と祭りへ行きたかった』なんてどこからそんな妄想が沸いてでたんでしょうね」


「でも」


 わたしは少し心配になった。


「領主様のお嬢さんに、あんなにはっきり言って大丈夫?」


「関係ありません」


 きっぱり言う。


「ミーナを侮辱した人間です」


 その声は静かだった。だからこそ本気だと分かった。


 だが、権力者というものは、理屈では動かないことがある。


 昔、嫌というほど見てきた。


 少しだけ胸騒ぎはしたが、今考えても仕方がない。


 なんとかなるかな? もし何かあっても、なんとかしましょう。



 家へ帰ると、昨日キーランが焼いてくれていたさくらんぼのパイが待っていた。


 焼きたてとは違う美味しさだ。


「美味しい」


「よかった」


 二人でお茶を飲みながら静かな時間を過ごした。


 祭りでたくさん踊ったせいか、身体が、ほどよく疲れている。


「今日は早く休んでください」


「そうしましょう」


 ベッドへ入ると、あっという間に眠気がやってきた。


 祭りの音楽が、まだ耳の奥で優しく鳴っている気がした。



いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ