表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

05 王都からの客 アーデル・ハウアー侯爵夫人

 05 王都からの客 アーデル・ハウアー侯爵夫人


 なんだか最近、街に騎士の姿が増えたと思っていた。


 それも普通の騎士ではない。近衛騎士だ。


 何事かと思っていたら、国王と王妃が温泉に来ているらしい。


 一応、お忍びということになっているそうだが、お忍びなら近衛騎士をこんなにぞろぞろ連れて来ないと思う。


 わたしは面倒事が嫌いだ。


 正確に言うと、権力者に関わる面倒事が嫌いだ。


 だから決めた。しばらく引きこもろう。


 ポーションを多めに作り、キーランと一緒に納品を済ませる。


 食料も買い込んだ。


 本も山ほど用意した。


 これで当分は外へ出なくていい。


 なんならこのまま一生出なくてもいい。


 そう思いながら、わたしは実に平和な日々を過ごしていた。


 だから、ある日、使者が訪ねて来た時には心底うんざりした。


 差し出された手紙を見ただけで分かった。


 筆跡を忘れるものか。


 アーデル・カーター侯爵令嬢。


 今はアーデル・ハウアー侯爵夫人。


 今は王宮の侍女長を務めているらしい。出世したもんだ。


 学院時代、わたしは彼女を親友だと思っていた。


 王太子妃教育の愚痴を聞いてもらった。


 悩みを聞いてもらった。信頼していた。


 そして彼女は、わたしの侍女でもあった。


 だからこそ、わたしの部屋から「妹を害する計画の証拠」を見つけだせた。


 あれは仕組まれていと、今なら分かる。


 妹が首謀者だったとは思わない。


 あの子は愚かだった、そこまで頭は回らない。


 計画を立てたのは別の誰かだ。


 そして、アーデルはそれに加担してわたしを貶めた。

 

 断罪の日、彼女は妊娠していた。


 あの子の父親はハウアー侯爵なのだろうか。


 今となってはどうでもいいことだった。


 会いたくはない。


 だが断ったところで別方面から圧力が来るだけだろう。


 だから、面倒事は早期に解決するに限る。


 わたしは使者に口頭で「会う」と返事をした。


 すると、アーデルがやって来た。


 久しぶりに見る顔だった。忘れられない顔だった。


 手入れは行き届いている。


 年齢のわりには悪くない。


 けれど、精神的に追い詰められているのが一目で分かった。


 キーランは奥へ下がってもらった。


 こんな薄汚い女をみせるなんて教育に悪い。


 とはいえ、あの子のことだ。


 何かあればすぐ飛び出して来られる位置にいるだろう。


 心強いけど、心配だ。


「ずいぶん急な訪問ですね。ハウアー侯爵夫人」


「失礼は承知よ」


 彼女は言った。


「助けてほしいの」


 わたしはわざとゆっくりと答えた。


「無理だと分かっていて来るなんて、おかしくなったのね」


「……」


「わたしも暇じゃないの。結論の分かっている話に付き合うつもりはないわ」


「お願い」


「お引き取りを」


「息子が」


 その言葉で、わたしは少しだけ眉を上げた。


「息子が怪我をしたの」


 震える声だった。


「背骨を傷めてしまったの」


「……」


「治療してほしいの」


たっぷり待たせたあと、わたしは尋ねた。


「あの断罪劇の時、お腹にいた子?」


 彼女が息を呑んだ。


「気づいていたの?」


「もちろん」


 わたしは肩をすくめた。


「聖女ですから」


 彼女は驚いた顔をした。


「何も言わないの?」


「何を?」


「大事な息子なの」


 だったらなおさら助ける気にならない。


 わたしは黙って見つめた。


「お願い……」


 彼女の声が震える。


「何とか言って」


「偽聖女には無理だわ」


 わたしは冷たく答えた。


「王妃に頼めばいいのでは?」


「彼女に能力はないわ」


「彼女を聖女にしたのはあなたたちでしょう」


 アーデルの顔が歪んだ。


「悪かったわ」


「……」


「仕方なかったの」


「そう」


「脅されていたのよ」


 思わず笑いそうになった。


「脅されていた?」


 わたしはゆっくり言った。


「誰に脅されていたの?」


「……」


「わたしの罪の証拠を出したのはあなたよ」


 アーデルは目を伏せた。


「違うの」


「違わないわ。嬉々としていたわ、あの書き付けを出した時。脅されていたのね。お気の毒様」


「……」


「あんなのを証拠とするなんて侮辱だわ。証拠を残す間抜け扱いされて……」


 やがて彼女は椅子から降りた。


 床へ膝をついて、わたしを見上げた。


「……息子は何より大事なの」


「そう」


 わたしは静かに言った。


「なら余計に助けたくないわね」


 その時の顔は忘れられない。


 絶望と怒りと悲しみ。


 そして憎しみ。


 すべてが入り混じった顔だった。


 少しだけ胸がすいた。


「お願い」


 彼女は涙を流した。


「どんなことでもする」


「あれはわたし、アーデルの独断だった。町の広場でそう叫んで。息子も一緒に」


「息子を治療してくれたら、言うわ」


「信用できないわ。先に自分が嘘つきだって言わないとね」


 すると彼女の顔色が変わった。


「そう」


 その目に憎悪が宿る。


「この街がどうなってもいいのね」


「そんな脅し怖くないわ」


 わたしは鼻で笑った。


「たいした力もないくせに」


 彼女の唇が震えた。


 そして「子供の頃から嫌いだった」


 ぽろぽろと涙を流しながら言った。


 わたしは肩をすくめた。


「気が合うわね」


「……」


「わたしもあなたが嫌いだった」


 彼女が顔を上げる。


「いつもわたしのおこぼれを貰おうとして付きまとっていたもの」


「そう思っていたの……」


「違ってた?」


 そして彼女は立ち上がった。


 何も言わず、振り返らず、よろめきつつ部屋を出て行った。


 扉が閉まった。その瞬間、全身の力が抜けた。


 手が震えている。ぎゅっと拳を握る。


 すると奥の部屋からキーランが出てきた。


「ミーナ……」


 ぎゅっと抱き締められる。


「あの女……」


 怒りで声が震えていた。


「ミーナにあんなことを……」


「キーラン」


「許せない」


 その言葉に、わたしは少しだけ笑った。


「ありがとう。だけどわたしも相当よ」


 キーランはわたしの髪を撫でた。


「ミーナ、ベッドへ行こう」


「うん」


「温かいミルクを持っていくから」


 そう言って抱き上げられる。


「今日はいっぱいお世話したい」


 少し拗ねたような声だった。


 部屋へ運ばれ、ベッドへ座らされる。


「着替えて、横になって待っていて」


 キーランはそう言って出て行った。


 しばらくして戻って来る。


「少しだけお酒を入れたよ」


 温かなミルクを差し出した。


 それから、額へそっと口づける。


「ミーナ」


 優しい声だった。


「たくさん寝て忘れて」


「ありがとう、キーラン」


 そう言ったつもりだった。


 けれど声になったかどうか分からない。


 眠りに落ちる直前、夢とも現ともつかない世界で。


 一頭の獣が部屋へ入って来た。


 しなやかな黒い身体。


 長い尾。


 金色の瞳。


 とても美しい獣だった。




 目を覚ますと朝だった。


 いつもよりずっと遅い。どれだけ寝たんだろう。


 窓から差し込む日差しは高かった。


「おはよう」


 キーランが声をかける。


「体はどう?」


 わたしは身体を起こした。


 不思議なくらい軽かった。


「大丈夫」


 少し考えてから答える。


「たくさん寝たからかな」


「うん」


「なんだか新品になったみたい」


 キーランが笑った。


「元気になったみたいだね」


「そうね」


「ご飯もできてるよ」


「ありがとう」


 遅い朝食を食べて、庭のベンチへ座った。


 キーランが薬草の手入れをしている。


 その姿を眺めながら、わたしは自分の心を覗き込んでいた。


 今まで、断罪の時のことは忘れたと思っていた。


 違っていた。忘れたのではない。


 心の奥底へ沈めて、見ないふりをしていただけだった。


 吐き出さなければ消えないものがある。


 憎しみと怒りと復讐心。


 苦しめてやりたい。


 奪ってやりたい。


 報いを受けさせたい。

 

 償わせたい。償うのは彼女の息子。


 そう思いついた時、すかっとした。あの女に相応しい罰だわ。


 そして今、わたしはそれを自覚した。


 復讐は蜜の味。それは本当だ。


 経験者だから言える。これは本当に甘い。


 甘くて、甘くて……飲み込むとどこまでも苦かった。



「キーラン。いつか、あの女の息子に会えるような気がする」


キーランがわたしを見て、ほんのりと笑った。


いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。

よろしくおねがいします。


書籍を出すことができました。

挿絵(By みてみん)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ