04 ギルド長の心配
04 ギルド長の心配
「おいおい、そんな怖い顔をするな。まずはそいつを床に下ろせ、キーラン」
おれは机の上の書類を脇に押しやり、目の前の若い男をなだめるように両手を広げた。
おれは、この街のギルド長をしている。
初心者冒険者が多く集まる、のどかで平和なギルドだ。周囲からは「たいした仕事もなくて楽なポジションだ」と「羨ましいだろう」と言いたくなるような悪口を言われるが、とんでもない。代々のギルド長には、秘匿された重大な任務が課せられている。
それは、街の片隅でひっそりと暮らす一人の女――ミーナを見張ること。
月に一度、彼女の様子を記した報告書をギルド本部に送る。これだけなら大した手間ではない。彼女はいつも静かに暮らしているからだ。それよりも本当に胃が痛む任務は、彼女が作る「規格外のポーション」の秘密を、絶対に外部へ漏らさないよう守ることだった。
先だって、彼女の家にこの若い男――キーランが住み着いた。
住み込みで働きだしたと聞いたときは少し警戒したが、男手があるほうがミーナも楽だろうと静観していた。その証拠に、荒れていた庭が見違えるほどきれいになったのを見て、おれは胸をなでおろしていたのだ。
だが、今日ばかりは肝を冷やした。
キーランが、ぐったりとした男を一人、今にも殺しそうな形相で担ぎ込んできたからだ。
「……ギルド長。こいつが、トーマス・ムーダーがミーナを脅しやがった」
キーランの低く地を這うような声に、おれは背筋が寒くなるのを感じた。まずは落ち着かせるのに一苦労だった。冷たい水を飲ませ、何があったのかを吐き出させる。
「こいつはミーナの王都時代の知り合いだ。『過去を言いふらされたくなければ金を出しな』と、そうぬかしやがった」
「王都、だと……?」
その言葉を聞いた瞬間、おれは王宮だの神殿だのといった、巨大な権力の影を思い浮かべた。背景にとんでもない大物がいるのではないか。ミーナの秘密がどこぞの貴族に割れたのか。そう考えてしまい、ずっしりと胃が重くなった。
だが、キーランから詳しく話を聞くうちに、それが杞憂だと分かってホッとした。
結論から言えば、そいつはただのケチな小悪党だったのだ。
このトーマス・ムーダーは、かつて聖女であり王太子の婚約者だったミーナの護衛を務めていた騎士だった。あの悪名高き「断罪の場」で、ミーナの腕をつかみ、ねじ上げたのも彼だったという。
もっとも、話を聞く限りでは、彼自身も何者かにはめられたのだろう。気絶から目覚めた男を軽く問い詰めると、予想通りの実にくだらないことを話した。
「お、俺だって被害者なんだ! 賭け事で大きな借金を作っちまって、その返済のためにあの女を裏切るしかなかったのだよ」鼻血を拭いながら、見苦しく言い訳を並べ立てた。
「だが、一度嵌まった沼からは抜け出せなくてな……また借金を作っちまった。大きく儲けて返そうと思っているうちに……王都にいられなくなって、この街まで流れてきたんだ。それで、食いつなぐために『はやぶさ隊』に入って、なんとなく日々を過ごしてたんだよ!」
おれは呆れて額を押さえた。こんな男が、曲がりなりにも街の治安維持に関わる『はやぶさ隊』に紛れ込んでいたとは。
「で、偶然見かけちまったんだ。あの女を。……驚いたぜ、あまりにも昔と変わらない姿のままでいやがるからな。娘と言ってもおかしくないけど、本人みたいだから、ちょっと脅して小遣い稼ぎをしようと思っただけだ。頼む、見逃してくれ!」
実にくだらない話だ。
面倒な後ろ盾(王都の権力者など)もなさそうだと分かったので、おれはこいつを釈放することにした。
「ギルド長、本気か!? こいつを野放しにするのか」
不満げに噛みつくキーランを、おれは手で制した。
「いいか、キーラン。正直、ここで殺してしまったほうが楽ではある。だがな、うちのギルドで死人が出るのはもっと面倒なんだよ。釈放と言っても、ただで帰すわけじゃない」
おれは裏から手を回し、男の身柄を『はやぶさ隊』に引き渡した。
――ところが、話はそれで終わらなかった。
はやぶさ隊の内部でも、この男の今までの素行や今回の恐喝未遂は問題視されたらしく、懲罰として独房に放り込まれたそうだ。
そして翌朝。そいつは無残な死体になっていた。
おれが隊に潜り込ませているスパイからの報告書には、目を疑うような惨状が記されていた。
『――喉を潰され、声を出せない状態にされたうえで、全身を滅多切りにされていた。ただし、使われた武器はまだ特定できず。きわめて怨恨の線が強いと思われる』
なお、被害者は事件の直前、はやぶさ隊の同僚に『近々、でかい金が入る当てがある。すぐに倍にして返すから、今夜遊ぶ金を貸してくれ』と、しつこく金を借りようとしていた形跡あり』
これを読んで、おれは確信した。
あの男は、ミーナを脅しに行く直前、すでに手に入った気になって同僚に吹聴していたのだ。近いうちに金が入る、と。それはつまり、ミーナを一度きりでなく、これから何度も脅し、骨の髄までしゃぶり尽くすつもりだったという証拠に他ならない。
そして、その男の浅ましい計画に、キーランが気づかなかったはずがない。
どうであれ、いろんな方面から強く恨まれていたのだろう。王都時代の敵か、あるいはこの街で別の誰かの逆鱗に触れたのか。だが、それ以上のことはいくら調べても分からなかった。
結局、トーマス・ムーダーの遺体は引き取り手もなく、静かに共同墓地に埋葬された。
「……クズが一人、消えた。そう思うことにするか」
おれは報告書を蝋燭の火で焼きながら、呟いた。
しかし、おれの胃の重みは消えない。
男を切り刻んだ犯人は誰なのか。普段は穏やかに微笑むキーランが見せたあの冷徹な眼光が、どうしても頭から離れなかった。




