03 過去からの訪問者
03 過去からの訪問者
ポーションを納品に行った時のことだ。
ギルドマスターに呼び止められ、真面目な顔で言われた。
「ミーナ、ポーションの品質を少し見直してくれ」
わたしは思わず首をかしげた。
だが、すぐに意味がわかった。
逆の意味だ。
効きすぎるのである。
最近、自分でも聖魔法の力が以前より強くなっている気がしていた。
うちで治療した患者さんが、意図した以上に元気になって帰っていくのだ。
力を落とそうとしても限界がある。
でも助けたい。
だからつい力を込めてしまう。
その結果がこれだった。
「気をつけます」
素直に頭を下げた。
それからギルドへ納めるポーションは細心の注意を払って作るようになった。
それからしばらくして、買い物に出た日のことだ。
空には重い雲が広がっていた。
「雨になりますね」
店の主人が空を見上げながら言った。
「しかも長引きそうです」
それを聞いて、わたしは予定より少し多めに食料を買った。
本も借りた。
お菓子も買った。
急いで家へ戻る。
主人の予想は見事に当たった。
その日の夕方から雨が降り始め、二日、三日と降り続いた。
わたしは雨音を聞きながら本を読み、お茶を飲み、お菓子を食べて過ごした。
なかなか快適だった。
そして雨が上がった朝。
近所が妙に騒がしい。
何事だろうと思って外へ出ると、一人の男性が倒れていた。
泥だらけで、道端に横たわっている。
近づいて様子を見ると、脇腹に傷があった。
出血は止まっているが、体が冷たかった。
この雨の中、ずっと倒れていたのだろう。
人目がなければポーションか聖魔法で治療するが……
近所の人たちがどんどん集まってきている。
誰かが冒険者を呼んだのか、冒険者が三人やってきて、男性を担架に乗せた。
この街で治療できる場所と言えばギルドくらいしかない。
わたしと隣のおじさんも付き添って向かった。
だが男性は意識を取り戻さなかった。
わたしたちは彼を残して一度、家へ戻った。
翌日、ジャムとパンを持って見舞いに行くと、男性は目を覚ましていた。
「助けていただいてありがとうございました」
そう言って頭を下げる。
「わたしだけじゃないわ。近所のみんなで助けたの」
そう答えると、彼は穏やかに微笑んだ。
「なら皆さんにもお礼を言いたいですね」
「まず元気になってからにしましょう」
医者によると、出血と低体温でかなり危険な状態だったらしい。
回復には時間がかかるという。
「それなら毎日ご飯を持ってくるわ」
わたしはそう約束した。
家へ帰って報告すると、近所の人たちも乗り気になった。
皆が交代で料理を作ることになり、それをわたしが届ける。
しかも皆、わたしの分まで持たせてくれた。
おかげでわたしの食生活は大いに改善した。
毎日昼前になると、わたしは料理とジャムとパンを持ってギルドへ向かった。
彼はキーランと名乗った。
わたしはミーナとだけ名乗った。
それで十分だった。
わたしたちは毎日一緒に昼食を食べた。
ジャムにはほんの少しだけ聖魔法を込めてある。
そのおかげか、キーランの回復は医者が驚くほど早かった。
やがて退院の話が出た。
「退院したらどうするの?」
そう聞くと、キーランは少し考えて答えた。
「行くところがありません」
困ったようでもなく、淡々としていた。
けれどどこか寂しそうだった。
気が付いたらわたしはこう言っていた。
「それなら、うちで住み込みで働く?」
キーランは目を見開いた。
見舞いに行った近所の人たちは、礼儀正しく、真摯にお礼を言う姿に感心して、彼を気に入っていた。
だから危険だとは思わなかった。
結果として、この判断は間違っていなかったと思う。
もっとも反対する人もいるだろうけれど……わたしは気にならない。
わたしの家の離れに住むようになったキーランは、まず近所中に礼を言って回った。
助けてくれたこと。
料理を作ってくれたこと。
全部だ。
その結果、あっという間に近所の住人として受け入れられた。
次に彼は庭をきれいにした。
荒れ放題だった庭は見違えるほど整えられた。
ポーション屋らしい庭になった。
さらに近所の屋根修理や力仕事まで手伝い始めた。
そのお礼に料理を教わり、今度は自分で作るようになった。
おかげでわたしの食生活は非常に快適になった。
そんな生活が続いたある日、フィルに仕事の誘いが来た。
この街を治める城主様の私兵、はやぶさ隊への勧誘だった。
面接へ行ったキーランは、なぜか憤慨して帰ってきた。
「ひどい話です」
「どうしたの?」
「勤務時間が全然合いません」
「それは仕事だから当然じゃない?」
「だってミーナ。庭仕事はともかく、食事の支度なんて大事なことをできなくなる仕事ですよ?」
「え?」
「ミーナのことをどう思っているんでしょうね」
「ちょっと待って。わたしの食事の支度?」
「重要です」
「わたしはパンとスープで生きていけるし、ジャムも作れるわよ」
「そんなことじゃありません」
キーランは真顔だった。
「ミーナがのんびり暮らすために必要なことです」
「それって……」
「もう断りました」
「ええっ?」
「わずらわせることはありません」
わたしは頭を抱えた。
でも少しだけ嬉しかった。
翌日は、ポーション作りの日だった。
キーランは近所に呼ばれて出かけた。
なんでも、庭の木に巣を作った鳥の雛が落ちたから、助けてあげて欲しいとか……
「この、二・三日、見慣れないやつがうろうろしているから、気になるんですよ。でも雛が……」
「大丈夫よ。門を閉めておくから。誰も入れないわ」
「そうして下さいね」
そう言ってキーランは出かけて行った。
休みだと看板を出してあるから、患者は来ない。
だが、門を勝手に開けて中にはいったのか、いきなり窓越しに声をかけられて驚いた。
庭に入り込んだ男がわたしを見ていた。
見覚えがある。確か、王都時代の知り合い?
そうだ。王太子の婚約者だった頃のわたしの護衛騎士。
断罪の日、わたしの腕をねじ上げた男。
トーマス・ムーダー。
「どちらさまですか?」
わたしは知らないふりをした。
「見てわからないか? トーマス・ムーダーだ」
「ムーダーさん、ご用件は?」
「立ち話もなんだ。入れてくれ」
「お断りします」
「逆らうのか?」
「はい」
トーマスの顔が歪んだ。
「関係ないか。おれが話したいのはおまえの情夫だ」
「そんなものがいるなら連れて来てちょうだい」
トーマスの顔から理性が消えた。
「おまえの悪名はまだ消えてないぞ!」
怒鳴り声が響く。
「妹をいじめ、男をたらし込み、神殿の金を湯水のように使った女だとな!」
「ムーダー家の借金返済に使えて良かったわね」
男が絶句する。
「ムーダー家は建て直せたの? わたしを売ったお金で」
「おまえはいつだってそうだ!」
怒鳴りながら窓を叩いている。
「自分だけ正しい顔をして! おれたちを見下して!」
その言葉は最後まで続かなかった。
キーランが現れたからだ。
拳が飛んだ。
トーマスは見事に吹き飛び、地面に転がった。
あわててドアを開けて庭に出た。
「こんな薄汚いやつ、もっと早く始末すれば良かった」
初めて聞いた、冷たい声だった。
「ミーナの耳まで汚した」
キーランは倒れた男を見下ろした。
「ギルドへ届けてきます」
そう言って引きずって行った。
一人残されたわたしは考えた。
なぜ今ごろ、姿をあらわしたの?
王室も神殿も両親も貴族たちも、皆、わたしが無罪だと知っていた。
そのうえで追放した。死ぬことを期待して。
ただ予想外だったのは、この街の人たちがあまりにも親切だったことだ。
もし王都から誰か来るなら。
この街の人たちはきっと守ってくれる。
けれど害意そのものを防ぐ力はない。
引っ越すべきだろうか。
そんなことを考えていた。
だがトーマスについて、心配することはなかった。
翌朝、トーマスは独房で死んでいるのが見つかった。
自殺だという者もいた。
口封じだという者もいた。
事故だという者もいた。
真相を知る者はいなかった。
引き取り手のない遺体は共同墓地へ埋葬された。
それで終わりだった。




