02 ギルド長の語り
02 ギルド長の語り
おれはギルド長だ。この街のギルドに赴任してから十年になる。
穏やかな十年だった。
朝になれば依頼板の前に冒険者たちが集まり、受付嬢が依頼書を張り出す。
「荷運び二人、先着順だよ!」
「草刈りなら俺が行く!」
「じゃあ俺は薬草採集だ」
そんな声が飛び交う。
ギルドは街の人たちに親しまれ、荷運びや草刈り、薪割りや屋根の修理まで、小さな依頼が絶えない。
だから駆け出しでも食っていける。
ダンジョンも初心者向けで危険が少なく、新人を育てるには申し分ない土地だった。
最初は木剣を振るのもおぼつかなかった若者が、数年後には胸を張って旅立っていく。
「ギルド長、世話になりました!」
「死ぬなよ」
「はい!」
そんな背中を何度も見送ってきた。
いい街だ。
だからこそ、おれも十年も腰を据えていられた。
だが、この街にはひとつだけ特殊な仕事がある。
ギルド長だけが知る極秘任務。
ある女を監視し、月に一度、本部へ報告書を送ること。
赴任初日、前任者から封蝋付きの書類を渡された。
「読むのは部屋に戻ってからにしろ」
そう言われて開いたそこに書かれたことは簡単なことだった。
以下の女を監視して、月に一度報告を上げる。
ただし、ポーションについては書く必要はない。ギルドの秘密だ。
その下に女の名前と似顔絵。
そして短い経歴が書かれていた。
かつて王太子の婚約者。
妹と王太子によって悪行を暴かれ、公衆の面前で断罪。
家からも見放され、処刑寸前までいったが、妹が命乞いをしたことで辺境へ追放。
そういえば、酒場でそんな噂を耳にしたことがある。
王都じゃ有名な話だったらしい。
まさか、その当事者がこの街にいるとは思わなかった。
「余計なことは考えるな」
前任者はそう言った。
「月に一度、生存と生活状況を報告するだけだ」
出世のためだ。
おれは何も聞かず、その任務を引き継いだ。
だが実際に監視してみると、拍子抜けした。
朝は庭をうろつき、昼は薬草を干し、夕方には市場で買い物をする。
近所の住民が集まって茶を飲み、喋って行く。
近所の婆さんと立ち話をし、子どもに手を振られれば笑って振り返す。
どこにでもいる平民だった。
……まあ、今は平民なんだから当然か。
ただひとつだけ違っていた。
ギルドへポーションを納品していることだ。
しかも、その件だけは報告書に書くなと命じられていた。
上層部からの厳命だった。
「ポーションについては完全に秘密」
理由は書かれていない。
つまり、監視を命じた誰かよりも、ギルドは彼女を優先しているということだ。
おれはその時ようやく悟った。
この監視任務は見張るためじゃない。
守るためでもあるんだ、と。
そして最近、その理由がよく分かる出来事が起きた。
女の作るポーションの評判が、急激に広まり始めたのだ。
最初に気づいたのは、街を出ていく冒険者たちの雑談だった。
「忘れてないな」
「いや、ちゃんと持った」
「いつものポーションな」
体調管理のために飲んでるんだろう。
そう思って聞き流していた。
だが、続きが信じられない内容だった。
「これ、本当にこんな値段でいいのか?」
「疲労回復ポーションって書いてあるけど嘘だろ。おれの怪我が治ったぞ」
「どういうことだ?」と耳に神経を集中する。
「いやさ、この前ダンジョンで魔物にやられて倒れたんだ」
「ああ、あれはやばかったな」
仲間が苦笑する。
「血が止まらなくてさ。せめて痛みだけでも和らげようと思って、無理やり口に流し込んだんだよ」
「そしたら?」
「傷が、みるみる塞がった。」
全員がうなずく。
「俺たち全員、目を疑った」
「嘘じゃねえぞ。本当に塞がったんだ」
背筋に冷たいものが走った。
さらに別の男が笑う。
「おれなんか骨折だぞ」
「骨折?」
「ああ。足が変な方向に曲がって歩けなかった。」
「それで?」
「試しに飲んだら痛みが消えた。街まで歩いて帰れたんだ。」
「医者は?」
「診てもらったら『もう治ってるな』って湿布だけ渡された。」
一同が大笑いする。
「湿布だけかよ!」
「治ってるんだから仕方ねえ!」
笑い話にしているが、おれは笑えなかった。
冗談じゃない。
そんな代物が世間に知れたらどうなる。
貴族が奪いに来る。
商人が囲い込もうとする。
王都の連中が放っておくはずがない。
いや、それどころか国同士で取り合いになる。
……まずい。
本当にまずい。
最近、どうも大量に買うやつがいるなと思っていたが、そういうことだったのか。
おれはその日の夕方、本人を呼び止めた。
「少しいいか」
「はい?」
女はいつものように薬草の籠を抱えていた。
「最近、お前のポーション、効き目が良すぎるらしいぞ」
そう言うと、彼女はきょとんとした。
「そうなんですか?」
本当に知らない顔だった。
「薬草の出来が良かったのかもしれませんね。今年は雨がちょうど良かったですから」
……本気でそう思っている。
演技じゃない。
おれは思わず額を押さえた。
「いいか。効きすぎる薬は薬じゃない。騒ぎの種だ」
「はい?」
「目立つな。」
できるだけ低い声で言った。
「そんなものを作り続けたら、お前は静かに暮らせなくなる。」
女は少し考え、小さくうなずいた。
「分かりました。もう少し薄めてみます」
実に素直だった。
変に反論もしない。
賢い女で助かった。
……いや。
本当に助かっているのか?
あの天然ぶりを見る限り、また無自覚にとんでもないものを作りそうな気がする。
おれは帰っていく後ろ姿を見送りながら、大きくため息をついた。
「頼むから、静かに暮らしてくれよ……」




