01 二十年前に追放された聖女は静かに暮らしている
01 二十年前に追放された聖女は静かに暮らしている
冒険者ギルドにポーションを納め、買い物を済ませて家へ向かった。
馬車が行き交う大通りを避け、裏道に入る。
街道から少し外れた場所にある我が家まで続く道は、今日も気持ちがいい。
この数年で、この街はずいぶん賑やかになった。
領主が温泉に目をつけたのだ。
貴族向けの立派な保養施設を作り、街道を整備した結果、王都から多くの貴族が訪れるようになった。
宿屋も増えたし、商人も増えた。
街は日に日に活気づいている。
けれど、わたしの暮らしはほとんど変わらない。
家の周りには相変わらず畑と林が広がり、人も景色も二十年前と大差なかった。
わたしは今のこの景色が好きだ。
二十年前、追放されてこの地へやって来たときは、正直どうしていいかわからなかった。
王都から遠く離れた辺境の地。畑と山以外なにもない。
最後の慈悲で与えられた家は古く、庭は荒れ放題。
荷物を前に呆然と立ち尽くしていたわたしを助けてくれたのが、隣に住む夫婦だった。
「大丈夫かい?」
「何か手伝おうか?」
わたしは慌てて事情を説明した。
自分は訳ありなのだから、迷惑をかけるかもしれないのだと。
けれど二人は笑った。
「隣人が困っているのに助けないなんてことはないさ」
「そうそう。難しい話はあとでいいのよ」
その言葉を聞いた瞬間、涙が止まらなくなった。
断罪の場でも泣かなかった。
追放を言い渡されたときも泣かなかった。
けれど、あのときは駄目だった。
王太子妃教育が始まって以来、初めて声を上げて泣いた。
奥さんに抱きつき、子供のように泣きじゃくった。
奥さんは何も聞かず、ただ髪や背中を撫で続けてくれた。
泣き終わった頃には、何かがすっかり軽くなっていた。
生まれ変わったというより、元の自分に戻ったのだと思う。
子供の頃のわたしは、野山を駆け回る元気いっぱいのお転婆娘だったのだから。
問題は、その後だった。
わたしは家事がまったくできなかった。
料理も洗濯も掃除もできない。
お湯を沸かすだけで一苦労だった。
近所の人たちは呆れながらも助けてくれた。
食事を差し入れてくれたり、洗濯の仕方を教えてくれたり、一緒に掃除をしたり……
そのお礼として、わたしはポーションを作って配った。
聖女の力を水に定着させた簡単なものだ。
疲れが取れる。
痛みが和らぐ。
熱も下がる。
ちょっとした不調なら十分に治せる。
やがてその評判を聞きつけた冒険者ギルドから声がかかった。
街の近くには初心者向けのダンジョンがあり、多くの冒険者が訪れる。
大怪我は少なく、治療師も常駐している。
だから需要があるのは疲労回復や精神安定のポーションだった。
仕事終わりに飲んでぐっすり眠る。
翌日に疲れを残さない。
そういう使い方をされているらしい。
一方、家では近所の人向けに痛み止めや熱冷ましを売っている。
最初は無料で配っていた。
お礼に食べ物をもらえれば十分だったからだ。
けれど、それではかえって恐縮されてしまう。
だから今は少しだけ代金をもらっている。
それでも皆、野菜や果物や肉を持ってきてくれる。
お互い納得しているので良しとしている。
そのおかげで食材には困らない。
ただし、料理は相変わらず苦手だ。
そこで考えたのが大鍋料理だった。
大きな鍋に貰った肉と野菜を放り込み、塩で味を整える。
朝昼晩と同じものを食べる。
なにか貰ったら、それを足す。
それを延々と繰り返す。
単純だが失敗しない。
わたし向きの料理法だった。
最近になって、ようやくビスケットの焼き方とジャムの作り方を覚えた。
最初のビスケットは苦かった。
なぜ苦くなったのかは今でもよく分からない。
ジャムは美味しかった。
薄く切ったパンをこんがり焼き、ジャムを塗って食べたときは感動した。
味もそうだが、自分がこんな美味しいものを作ったことが、なによりも。
そんなことを考えているうちに家へ着いた。
「あら?」
庭に人が立っている。
近所のおじいさんだった。
腰が痛くてポーションを買いに来たらしい。
留守だったので待っていたという。
「ごめんなさいね」
「いやいや。そんなに待っておらんよ」
家に入ってもらい、お茶を出した。
世間話をしながらポーションを飲んでもらう。
「おお、楽になった」
そう言われたが、念のため様子を調べる。
向かい合って座るだけでも、ある程度のことは分かる。
骨の異常ではない。
疲労だ。
話を聞けば、孫が遊びに来ていて毎日付き合わされていたらしい。
「温かくして、ゆっくり休んでくださいね」
「そうするよ」
おじいさんは笑いながら帰っていった。
その後は干していた薬草を取り込み、本を読みながら夕方まで過ごした。
最近流行っている小説はなかなか凄い。
婚約者に振られた女性が復讐を誓い、悪魔のしごきに耐え、絶大な力を手に入れて世界を征服する話だ。
大人気らしい。
ただ問題も起きていた。
悪魔のしごきを参考にした騎士団が訓練で疲労骨折したらしい。
社会問題になっている。
わたしも興味本位で腹筋運動を試してみた。
すぐにやめた。というより、できなかった。
確かに悪魔の所業だ。
その後、同じことを試したらしいお客さんが何人もやって来たので、笑いを堪えるのが大変だった。
さて、注文していた空き瓶が届いたのでポーション作りを始めた。
わたしのポーションは本来透明だ。
ただ、それではあまりにも味気ない。
だから薬草の煮出し汁で色を付けている。
赤は体も疲労回復。
緑は精神の回復。
黄色は熱さまし。
茶色は腰痛。肩こり。
色が違うだけで効果というより、中身は一緒だ。
聖女の力を溶かしているだけだから……
足が痛いからと飲めば、治る。単純に悪い所に効く薬だ。
ずるしている気もするが、万能薬なんて、有難味がないような気がするからこれでいい。
もう一つの理由は、薬草を煮出している姿を見せた方が、それらしく見えるというのもある。
今日も大鍋いっぱいにポーションを作る。
昔は瓶詰めを魔法でやっていた。
けれど便利すぎた。
気づいたら腕に柔らかいものがつき始めたので、今はちゃんと手でやっている。
運動は大事だ。
今回の色付けには玉ねぎの皮も使った。
よく考えると作る度に色が違っているが、わたしは気にならない。
わたしが気にしないからお客様も気にしない。世の中はうまく行くものだ。
出来上がったものを小分けにして、色をつけていく。
瓶に詰めて出来上がり。
並んだ瓶は色とりどりで綺麗だった。
冒険者ギルドは取りに来てくれると言うが、断っている。
荷物を持って歩くのは、いい運動になる。
そのうえ、帰りに買い食いもできる。
煮出し終わった薬草は庭に埋める。
すると不思議なことに、そこから生える薬草が変化することがある。
色が変わったり、香りが変わったり。
不思議なことがあるものだ。
ただし、庭は雑草だらけだった。
わたしは庭仕事が嫌いなのだ。
特に草むしりが嫌いだ。
そして今のわたしは、嫌いなことを無理にしなくてもいい。
好きなことだけして暮らせる。
そんな毎日が気に入っている。
妹をいじめ、自らを聖女と偽り、王家を騙した悪女。
二十年前に王都から追放された女。
ジェルミーナ・スプランドル侯爵令嬢。
――彼女は今、平民のミーナとして、誰よりも幸せに暮らしている。




