32 ソフィーとローランの幸福
32 ソフィーとローランの幸福
ソフィーの結婚式に招かれ、わたしたちが王宮へ到着したのは、式の一週間前だった。
辺境から王都までは距離がある。道中で何かあっては困るからと、第二妃エリーゼが余裕を持った日程を組んでくれたのだ。
「ミーナ様、キーラン様。遠いところをお越しくださり、ありがとうございます」
出迎えてくれたソフィーは、以前よりも少し大人びて見えた。
けれど、わたしたちの姿を見つけた瞬間に浮かべた笑顔は、辺境の祭りを訪れた頃と変わらない。
「まあ、ソフィー。ずいぶんお美しくなったこと」
「もう。ミーナ様ったら」
ソフィーが頬を染めた、その時だった。
「ソフィー様」
少し離れたところから呼びかけたのは、辺境伯のご子息ローランだった。
彼もまた、結婚式の準備のため、ひと足先に王宮へ滞在していたらしい。
ローランはわたしたちに礼をしたあと、すぐにソフィーへ視線を戻した。
「お探しになっていた花ですが、庭園の奥で咲いているそうです。庭師が案内してくださることになりました」
「本当ですか? では、ミーナ様をお部屋へご案内したあと、一緒に見に行きましょう」
「ええ」
たったそれだけの会話なのに、二人の間には、ほかの誰も入り込めないような温かな空気が流れていた。
ローランはソフィーを見つめるたびに眼差しを柔らかくし、ソフィーも彼に話しかけられると、自然に笑みを浮かべる。
辺境の祭りで初めて出会った頃よりも、二人の距離はずっと近くなっていた。
「幸せそうね」
わたしが囁くと、隣にいたキーランがうなずいた。
「ええ。見ているこちらが照れてしまうほどに」
「あなたでも照れることがあるの?」
「ありますよ。ミーナが人前で抱きついてくだされば、きっと」
「では、一生確かめられないかもしれないわね」
「それは残念です」
そんな話をしながら、わたしたちは用意された部屋へ向かった。
結婚式までの一週間、王宮の中はひどく慌ただしかった。
侍女たちは式で使う花を選び、料理人たちは祝宴の献立を確かめ、楽師たちは何度も同じ曲を練習している。
その中心にいるソフィーとローランも、衣装合わせや礼拝堂での打ち合わせに追われていた。
それでも、二人はいつも楽しそうだった。
ソフィーの歩調が少し遅れれば、ローランが足を止めて待つ。ローランが慣れない王宮の作法に戸惑えば、ソフィーがそっと教える。
二人で招待客の席順を確認していた時には、一枚の紙を覗き込みながら、何がそんなにおかしいのか、声を抑えて笑っていた。
「仲がよろしいこと」
わたしが声をかけると、二人は慌てて顔を上げた。
「ミーナ様。これは、その……」
ソフィーは言い訳をしようとしたが、笑いが収まらないらしい。
ローランが困ったように説明した。
「わたしの名前が、一か所だけソフィー様の隣ではなく、ずいぶん離れた席に書かれていたのです」
「それでローラン様が、『結婚式の日になのに離されるのですか』と、ひどく悲しそうなお顔をなさるものですから」
「それは大変ね」
「ええ。ですから、すぐに直していただきます」
ソフィーはそう言って、ローランの名前が書かれた札を自分の隣へ移した。
その仕草があまりにも自然で、わたしの胸まで温かくなった。
政治的な意味のある結婚であることは、二人も分かっている。
王都と辺境を結ぶ大切な婚姻だ。
けれど今、二人を結んでいるものは政治だけではない。
互いを思いやり、共に歩いていこうとする確かな愛情が、そこにはあった。
そんな二人を見ていると、わたしの胸まで温かくなる。
結婚式まで、あと二日。
きっと、誰もが笑顔になるような、よい式になるだろう。




