31 物語のような出会い
31 物語のような出会い
ソフィーも彼から目が離せなくなった。
絵姿で見た青年が、祭りの広場に立っている。
けれど、彼もまた絵姿とは違っていた。
整った顔立ちよりも先に目を引いたのは、穏やかな眼差しだった。先ほど少年を助けた時に見せていた優しい笑顔が、まだその顔に残っている。
(物語の騎士のような人)と、ソフィーは思った。
ただし、姫君を救うためだけに剣を振るう騎士ではない。
祭りの天幕を直し、子どもを高い場所から降ろし、困っている者がいれば当たり前のように手を差し伸べる。
この土地で暮らす人々を守る、本当の騎士だ。
ミーナが二人の視線に気づき、そっと第二妃を見た。
第二妃は何も言わなかったが、満足そうな微笑を浮かべている。
「行きましょうか」
キーランが囁いた。
「ええ」
ミーナはソフィーの手を取り、彼のもとへ歩いていった。
辺境伯の息子は自分の鼓動が速くなるのを感じた。
(王女へ失礼があってはならない)
そう自分に言い聞かせ、何度も練習した挨拶を思い出そうとする。けれど、ソフィーが目の前まで来ると、用意していた言葉はすべて消えてしまった。
「ソフィー様。こちらが辺境伯閣下のご子息です」
ミーナの紹介を受け、青年は慌てて胸へ手を当て、深く礼をした。
「お初にお目にかかります。お会いできる日を、心待ちにしておりました」
どうにか口にした言葉は、練習していたものとは違っていた。
あまりにも率直な言葉に、ソフィーの頬が淡く染まる。
「わたくしも……お会いするのを楽しみにしておりました」
すぐ近くで、もう一度、視線が絡んだ。
それを少し離れたところから見守り、第二妃がミーナへ囁いた。
「少し手を貸した偶然にしては、上出来でしょう?」
ミーナは笑いをこらえながら、隣のキーランを見た。
「物語のような出会いね」
「そうですね。ですが、物語ならここからが大切です」
キーランの言うとおりだった。
出会いがどれほど美しくても、それだけで二人の未来が決まるわけではない。
けれど、若い二人はすでに周囲の思惑を忘れていた。
「この祭りは初めてでいらっしゃいますか?」
辺境伯の息子が尋ねる。
「はい。見るものすべてが珍しくて、先ほどから驚いてばかりです」
「では、よろしければご案内いたします。派手なものはありませんが、この町の者が一年で一番楽しみにしている祭りです」
「ぜひ、お願いいたします」
「何かご覧になりたいものはありますか?」
ソフィーは少し考え、それから楽しそうに答えた。
「あなたがお好きな場所を見てみたいです」
青年は目を見開いた。
「わたしの好きな場所、ですか」
「はい。この土地で育った方が大切にしているものを、わたくしも知りたいのです」
その言葉に、青年の眼差しが柔らかくなる。
王都の王女が辺境へ嫁ぐ可能性をどう思っているのか、彼はずっと気にしていた。華やかな王宮で育った女性にとって、この土地は不便で寂しい場所にしか見えないのではないかと。
けれどソフィーは、辺境に何が足りないかではなく、ここに何があるのかを知ろうとしてくれている。
「それでしたら、お見せしたいものがたくさんあります」
「まあ。今日一日で足りるでしょうか?」
「足りないかもしれません」
青年は、ほんの少し勇気を出して続けた。
「その時は……また、いらしてください」
ソフィーは驚いたように彼を見つめたあと、嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。きっと」
二人は並んで祭りの人波へ歩き出した。
王宮の護衛たちも、少し距離を空けてそのあとに続く。
第二妃は離れていく娘の背中を見守りながら、静かに息を吐いた。
政治のために結ばれた縁が、必ずしも不幸になるとは限らない。
王都と辺境を結ぶために用意された出会いであっても、そこから育つ思いは、二人だけのものだ。
「うまくいくとよろしいですね」
ミーナが声をかけると、第二妃はうなずいた。
「ええ。けれど、結論を急がせるつもりはありません。まずは、あの子たちが互いを知ることからです」
その先で、ソフィーが何かを見つけて立ち止まった。
辺境伯の息子が説明すると、ソフィーは楽しげに笑う。青年も、つられるように笑っていた。
祭りの飾り布が風に揺れ、色鮮やかな花びらが二人の上へ降り注ぐ。
それはまるで、この出会いを祝福しているかのようだった。
そして、この日を境に、王都から辺境へ手紙を運ぶ使者が、少しずつ忙しくなっていくことになる。




