22 王宮にて
22 王宮にて
やがて馬車は王宮の奥へと入り、人気の少ない中庭で静かに止まった。
迎えに現れたのは、第二妃エリーゼ付きの侍従だった。
「お待ちしておりました。第二妃殿下がお待ちでございます」
侍従は周囲を一度だけ確認すると、人目を避けるように二人を回廊へ案内する。
長い廊下には柔らかな朝日が差し込み、磨き上げられた床には窓からの光が映り込んでいた。
歩く途中、侍女や騎士とすれ違うたび、彼らは一瞬だけミーナへ視線を向ける。
その視線には驚きと好奇心、そして信じられないものを見たという色が混じっていた。
二十年前に追放されたミーナを知るものは今は、少ない。
だが、平民の恰好ながら、品がよく美しいミーナ。そのミーナに付き従うキーラン。二人はは充分注目を集めていた。
やがて侍従は、一室の前で立ち止まった。
「どうぞ」
扉が静かに開かれる。
部屋の中央には、一人の女性が立っていた。
淡い翡翠色のドレスをまとい、柔らかな微笑みを浮かべている。
彼女が、第二妃エリーゼだった。
ミーナとキーランはそろって一礼する。
エリーゼは慌てるように二人へ歩み寄った。
「どうか、お顔をお上げくださいませ」
その声には、王族らしい威厳よりも、長年会いたかった相手を迎える喜びが滲んでいた。
「ジェルミーナ様……」
少しだけ言葉を止める。
そして、優しく微笑んだ。
「……いえ。今はミーナ様とお呼びする方がよろしいのでしょうね」
「はい。そのように呼んでいただければ嬉しく思います」
ミーナも穏やかに微笑み返した。
エリーゼはその笑顔を見つめたまま、小さく息をつく。
「本当に……変わっておられませんね」
その目には感嘆が宿っていた。
「わたくしは、ずっとミーナ様に憧れ、尊敬しておりました」
その言葉に、ミーナは少し驚いたように目を丸くする。
「王太子妃教育の頃、遠くからお姿を拝見することしかできませんでしたけれど……いつも凛としておられて、とても美しい方だと思っておりました」
そこまで聞いた時だった。
黙って後ろに控えていたキーランの口元が、ふっと優しく緩む。
自分が褒められたわけではない。
それでも、大切な人が正当に評価されることが、心から嬉しかった。
エリーゼは続けた。
「こうして再びお迎えすることができて、本当に嬉しゅうございます」
ミーナは少し目を伏せたあと、静かに答えた。
「わたくしも、あなたのことをよく覚えております」
「まあ……」
「いつも周囲をよく見ておられて、控えめで、それでいて芯の強いお方でした。もし、あなたがそばにいてくださったなら、とても心強かっただろうと思ったことを覚えております」
エリーゼは胸に手を当てた。
「そのように思っていただけていたなんて……」
「ですが、人の歩む道は思いがけないものです」
ミーナは穏やかに笑う。
「運命が用意した人生は、予想とは違う方向へ進んでしまいました」
「ええ……本当に」
エリーゼも静かにうなずいた。
「それでも」
彼女はミーナを見つめる。
「ミーナ様は、とてもお幸せそうです」
その言葉に、ミーナの表情がふっと柔らかくなる。
「おかげさまで」
そう答えたあと、少しだけ窓の外へ目を向けた。
「王宮では決して得られなかったものを、あの小さな町でたくさんいただきました」
近所の人たち、冒険者たちとポーション作り。
毎日の穏やかな暮らしと美しい景色。
そして――ミーナは隣に座るキーランへ視線を向けた。
キーランも静かに微笑み返す。
「今では、あの暮らしがわたくしの宝物です」
その視線だけで、二人の関係を理解したエリーゼは、小さく微笑んだ。
「本当に良かった」
部屋の空気が柔らかくなる。
その穏やかな時間を壊さぬよう、キーランは終始一言も口を挟まなかった。
だが、その金色の瞳は静かに部屋全体を観察している。
窓の位置、出入口と侍女の立ち位置。
護衛の力量と配置。
誰が敵になり得るか?
また、誰が信用できそうか?
無意識のうちに全てを確認していた。
エリーゼはようやく本題を切り出した。
「間もなく、この知らせを聞いた方々がお見えになると思います」
「そうでしょうね」
「皆さま、ミーナ様にお会いしたくて仕方がないのです」
エリーゼは少し苦笑する。
「わたくしが後ろについておりますので、どうぞご安心ください」
「ありがとうございます」
「おそらく、アーデル・ハウアー侯爵夫人も参ります」
「はい。息子さんのお話は聞いております」
ミーナは静かにうなずいた。
「それと……」
エリーゼの表情が少し曇る。
「王妃殿下がご病気で臥せっておられます」
ミーナは驚いたように目を見開いた。
「まあ……あの子が?」
「はい」
少し間を置いてから、エリーゼは静かに言った。
「もしよろしければ、お見舞いくださいませんでしょうか」
ミーナは静かにうなずいた。
「もちろんです」
エリーゼは安心したように微笑む。
「お部屋にはドレスをご用意しております。侍女も付けますので、ご不自由はございません」
そして少しだけ笑って、
「それから、キーラン様のお部屋はお隣です」
そう告げた。
キーランは静かに一礼した。
「ご配慮ありがとうございます」
「ゆっくりお休みくださいませ」
ミーナは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
エリーゼが言った。
「もしご都合がよろしければ……明日の朝食をご一緒させていただいてもよろしいでしょうか」
ミーナがにっこりと笑って
「もちろんでございます」と答えた。
「その時に、娘を紹介させてください」
「それは楽しみです」
柔らかな笑みを交わしたあと、エリーゼは侍女へ視線を向けた。
「ご案内して差し上げて」
「かしこまりました」
侍女に導かれ、ミーナとキーランは部屋へ向かう。
王宮の廊下を歩きながら、キーランは小さく息をついた。
(……この女は信用できそうだ)
それでも油断はしない。
この王宮で、ミーナを泣かせる者が現れるのなら。
今度こそ、自分は決して見逃さない。
そう静かに心へ誓いながら、キーランはミーナの半歩後ろを歩き続けた。
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次回 07/30 の更新になります。




