21 第二妃エリーゼの招待
21 第二妃エリーゼの招待
ある日、王宮からまた使者が来た。
今度はギルド長を通してではなく、直接家に馬車が横付けされた。
飾りは控えめだが、上質な仕立てだと分かる。降りて来た馭者は丁寧に一礼した。
「ミーナ様、キーラン様。第二妃エリーゼ様より、お迎えに上がりました」
キーランの目つきが瞬時に鋭くなった。
「エリーゼ様?」
その呟きが、なぜか気にかかった。
(キーランは彼女を見た事があるのかしら?
あってもおかしくないわね)
わたしは少し考えてから答えた。
「大丈夫よ。あの方なら」
キーランが探るようにこちらを見た。
「知り合いなんですか」
「前から少しね」
正確には、あちらが一方的にわたしを観察していただけかもしれない。だが、あの目には裏がなかった。少なくとも、わたしを利用しようという気配は感じなかった。
「危険はないと思うわ」
そう言うと、キーランはまだ納得しきっていない顔をしながらも、うなずいた。
「分かりました。でも、俺も一緒に行きます」
「もちろんそのつもりよ」
わたしは馭者に向き直った。
「いくらなんでも、すぐに馬車には乗れないわ。支度をしないと」
「もちろんでございます。今日はお知らせに上がっただけですので。ご用意ができましたら、いつでもおっしゃってください」
「それは助かるわ。明後日の朝に来てくださる?」
「承知いたしました。それでは、明後日に」
馭者は深く一礼すると、来た時と同じ静かさで馬車を返して行った。
その後ろ姿が見えなくなると、キーランがぽつりと言った。
「本当に大丈夫なんですよね」
「大丈夫よ」
「もし何かあったら」
「そのときは、あなたがなんとかしてくれるんでしょう?」
からかうように言うと、キーランは真顔でうなずいた。
「もちろんです」
その返事があまりにも迷いのないものだったので、思わず笑ってしまった。
翌日から、留守にする間のポーションを大量に作った。大鍋を火にかけ、薬草を煮出す匂いが家中に満ちる。瓶詰めを終えると、いつもより多い荷を抱えてギルドへ運んだ。
「ずいぶん多いな」
ギルドマスターが積み上げられた瓶を見て目を丸くした。
「しばらく留守にしますので」
「また王宮か」
「今度は第二妃様からのお招きです」
マスターの表情がわずかにこわばった。
「キーランも一緒に行くんだね」
「当たり前です」
キーランが間髪入れずに答えると、マスターは肩の力を抜いたように笑った。
「そうか。なら安心だ」
ギルドを出ると、日差しが少し傾き始めていた。
「明日は最後の一日ね。何をしましょうか」
「庭の手入れをしたいです。留守の間、荒れてしまうと困りますから」
「相変わらず庭が好きね」
「ミーナの庭ですから」
そんな会話を交わしながら、家路についた。
そして約束の朝が来た。
支度といっても、着替えと道中用の焼き菓子を少し詰めた程度のものだ。玄関を出ると、すでに馬車が到着していた。
「おはようございます。本日はよろしくお願いいたします」
馭者が一礼する。
馬車に乗り込むと、思いのほか座り心地が良かった。
「ずいぶん立派な馬車ね」
「クッションもふかふかです」
キーランが座席を軽く押して確かめている。子供のような仕草に、思わず笑いそうになった。
「揺れも少ないですね」
「そうね。前に乗った馬車より、ずっと快適だわ」
馭者が扉を閉めると、馬車はゆっくりと動き出した。
窓の外には見慣れた景色が流れていく。畑、林、それから温泉街へ続く整備された街道。
「こうして二人で遠くへ出かけるのは、初めてね」
「そうですね」
キーランが嬉しそうに目を細めた。
「馬に乗ったことはありますが、馬車で二人きりというのは初めてです」
窓の外を眺めながら、他愛のない話を続けた。
途中の街道沿いには、湯治客らしき人々の姿もちらほらと見える。温泉が有名になってから、こんな辺境の道にも旅人が増えた。
「賑やかになったわね」
「そうですね。少し前まで、こんなに馬車が行き交うことなんてなかったのに」
「変わっていくのね、この街も」
「でも、ミーナは変わりませんね」
「あら、それはどういう意味かしら」
「良い意味です」
キーランが真面目な顔で言うので、思わず笑ってしまった。
「あなたって、時々真剣な顔でおかしなことを言うから、返事に困るわ」
「そうですか? 俺はいつも真面目です」
「そうなの?」
「はい。本気でそう思っています」
そんな軽口を交わしているうちに、馬車は緩やかな丘を越えていった。
昼を過ぎた頃、馭者が声をかけてきた。
「そろそろ休憩を挟みましょうか。少し先に、良い見晴らしの場所がございます」
「お願いするわ」
やがて馬車が止まったのは、川沿いの小さな広場だった。
木陰にはすでに敷物と軽食が用意されている。心配りが行き届いていた。
「エリーゼ様のご配慮です」
馭者がそう説明してくれた。
「あの方らしいわね」
「あの方らしい、というのは」
キーランが不思議そうに聞いてくる。
「細やかで、抜かりがないの。そういう人だったわ」
「そうなんですね」
わたしは敷物の上に腰を下ろし、用意されていた果実水を口にした。冷たくて、ほんのり甘い。
「美味しいわ」
「本当ですね」
キーランも隣に座り、川の流れを眺めた。
「あの方は、信用できる人なんですか」
その問いに、少し考えてから答えた。
「少なくとも、わたしを陥れようとした側の人間ではないと思うわ」
「それだけですか」
「それに」
わたしは笑った。
「もし何かあっても、あなたがいるでしょう」
キーランは一瞬驚いた顔をしたあと、ふっと表情を緩めた。
「そうですね。俺がいます」
その声には、いつもの穏やかさと、少しだけ揺るがない強さが滲んでいた。
「頼りにしているわ」
「はい。何があっても、ミーナは俺が守ります」
きっぱりとした言葉に、思わず頬が緩んだ。
休憩を終えると、再び馬車に揺られた。
宿は前回と同じ所だった。案内された部屋も見覚えがある。
「ここに泊まるのも二度目ね」
「前より、少し落ち着いて眠れそうです」
「そうね。今回は火急の用事じゃないもの」
夕食を済ませると、旅の疲れもあってわたしはぐっすりと眠った。
翌朝、目を覚ますと、すでにキーランが身支度を終えていた。
「おはよう。キーラン」
「おはよう。ミーナ。よく眠れましたか」
「ええ、とても」
「今日は、馬で移動してみませんか。護衛の方に借りられそうです」
「馬車じゃなくて?」
「たまには違う景色もいいかと思って」
そう言うキーランの目は、少しだけ悪戯っぽかった。
「あなたが一緒なら、いいわ」
支度を終えて外へ出ると、護衛の一人が馬を引いてきていた。
「お借りします」
キーランが軽く声をかけると、若い護衛が笑って答えた。
「どうぞ。おとなしい馬ですから」
「ありがとうございます」
わたしはキーランの前に乗せてもらい、手綱は彼が握った。馬が歩き出すと、風が心地よく頬をなでる。
「気持ちいいわね」
「はい」
道中、護衛たちとも自然と言葉を交わすようになった。
「ミーナ様は、乗馬がお上手だと聞きました」
護衛の一人が言うと、わたしは笑って答えた。
「まあ、少しは」
「今度、街道を競争しませんか」
「いいわね」
「駄目です」
即座にキーランが答えたので、護衛たちがどっと笑った。
夜になると、宿の食堂で馭者や護衛たちと一緒に食事をとった。
「今回はミーナ様のおかげで賑やかな旅ですね」
護衛の一人が笑いながら言うと、わたしも笑って返した。
「せっかく、一緒になったんですもの」
「そうですね。今回の護衛をやれて運がよかった」
別の護衛がそう続けると、また笑い声が上がった。
グラスを合わせ、笑い声が絶えない夕食になった。キーランはあまり酒を飲まず、それでも楽しそうにわたしの隣で笑っていた。
馬に乗ったり、馬車に乗ったりしながら、退屈しない旅が続いた。
エリーゼが何を望んでいるのかは、まだ分からない。
けれど、こうして穏やかな旅ができたことだけは、確かな幸せだった。
馬車と馬は、静かに、王都への道を進んでいった。
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次回 07/28 の更新になります。




