20 王妃への復讐 キーラン目線
20 王妃への復讐 キーラン目線
ミーナの回復を待って、俺とギルド長、それにミーナは家へ戻った。
家に着くと、近所の人たちが次々と差し入れを持って訪ねてきた。
温かな料理を囲みながら、ミーナはほっとしたように笑う。
「王宮で食べるものより、美味しい。やはりおうちが一番ね」
俺は肉をお代わりしながらうなずいた。
「そうですね。俺も、ミーナのそばが一番です」
その笑顔を見ているだけで胸が満たされる。
だからこそ、あの女だけは許せなかった。
あいつは、この笑顔を奪おうとした。
夜になり、ミーナが寝室へ行ってから俺は一人で考えた。
二日あれば十分だ。
ゆっくりと、あの女に自分が何をしたのか理解させながら切り刻み、戻って来られる。
だが、それではミーナに疑われる。
ならば口実を作るしかない。どうすればいい?
何日も考えた。そして決めた。
俺はギルド長を巻き込むことにした。
事情を聞いたギルド長は頭を抱えていたが、最後には諦めたように頷いた。
俺はミーナの前で肩をすくめる。
「やりたくないんですけど、引き受けないとギルド長が困るみたいなので、行ってきます」
「わたしのことは心配ないから。無理しないでね」
「はい」
何も疑わず送り出してくれるミーナに、少しだけ胸が痛んだ。
だが、これでいい、余計な心配をさせることはない。
王宮では獣の姿になり、庭をゆっくり歩き回る。
「キャー! 狼がぁ!」
「あぁーー黒猫――大きい!」
「いや――!」
悲鳴があちこちから上がり、騎士団が総動員された。
俺は木陰から人間たちを眺める。
「火事の時、わたしね、見たのよ。黒いのを」
「実は、時々見かけてたの。綺麗だった。わたしを優しく見てたの」
「綺麗よね。しなやかで……目が神秘的」
侍女たちは怯えるどころか噂話に夢中だった。
やがて第二妃エリーゼが王妃の部屋を訪ねて来た。
俺は窓の外、植え込みに身を潜める。
「王妃殿下。噂を聞きましたか?」
「お母様も聞かれましたか?」
王女まで興味津々らしい。
王妃は落ち着いた様子で笑っていた。
「まぁ、エリーゼ! あなたまでそんな噂話を真に受けて」
だがエリーゼは首を振る。
「それが殿下。わたくし、実際に見ましたのよ。前に平民が庭にいたことがありましたでしょ。その時、平民を守るように黒い獣が……あれは猫でいいのでしょうか? 大きいのですけど」
王女は椅子から立ち上がった。
「まぁ、お母様、ご覧になったのですか? 教えてくださればよかったのに。でも猫でございますね。大きい猫。わたくし、図書館で調べます。せっかくお母様がいらして下さってますけど、待てませんわ。すぐに行って参ります」
そう言うと侍女を連れて飛び出していった。
「ほんと、申し訳ございません。落ち着かなくて、王妃殿下の落ち着きを見習って欲しいですのに」
エリーゼは苦笑していた。
二人はそのまま茶を飲み、帰り際に彼女は言った。
「わたくし、あの獣と話してみたいと思ってますの」
そして、第二妃エリーゼは帰っていった。
しばらくして王女が図書館から戻ってきた。
「王妃母様、あれは黒ヒョウですわ。気高い人だけが親しくなれますのよ。気位が高いのでしょうね。噂が本当でしたら、わたくしも見てみたいですわ」
「噂は噂ですからね」
王妃は取り合わなかった。
俺は植え込みの中で二人を見つめる。
第二妃には少しだけ興味を持った。
だが、調べるほどではない。
俺の獲物は一人だけだ。
その夜、俺は王妃の部屋へ忍び込んだ。
獣ではなく、人間の姿で。
言葉を交わし、恐怖を味わわせてから殺す。
そんなつまらない欲が出たからだ。
それが慢心だった。
部屋へ踏み込んだ瞬間、仕掛けられていた罠が作動する。
鋭い刃が脇腹をえぐった。
「くっ……!」
しまった、そう思った時には遅い。傷が深い。
それでも、このまま逃げるつもりはなかった。
王妃が悲鳴を上げるより早く距離を詰める。
首をつかみ、そのまま力を込めた。
鈍い音と共に首の骨が折れる。
王妃は力なく床へ倒れた。
俺は倒れた体を踏みつけ、窓から飛び出す。
着地した瞬間、激痛が走る。
血が止まらない。必死で王宮から出て森に紛れた。
気がついたらベッドに寝ていた。王都のギルドの部屋だった。
「そちらのギルドマスターが連絡して来てな。一応王宮を見張っていたんだ。
キーラン、下手を打ったな。ポーションを飲んでくれたからよかった」
「何日、寝てましたか」
「四日だ」
「あぁ、ミーナに心配かけた。あっ、助けてくださいましてありがとうございます」
そういうとキーランは起き上がった。
「もう一日休め。食事をとって体力を回復してから帰った方がいい」
「いえ、もう大丈夫です。帰ります」
「それなら、持って行け……あぁ……腹ペコで行っちまった」
案の定、騎士団長はギルド長を疑ったらしい。
そして捜査の手は真っすぐミーナへ向かった。
証拠など何一つない。
ミーナが王宮へ来た記録すら存在しない。
それでも騎士団長は、遥々辺境の小さな町までやってきた。
いきなり、騎士団が家へやって来た。
戸惑いながらミーナが迎え入れる。
「キーランは具合が悪くて休んでいます。お話はわたくしが聞きます」
だが団長と護衛は、その言葉を無視して俺の部屋へ向かおうとしたようだ。
止めようとするミーナの声が聞こえる。
「病人になんてことをするの。そんな権利は……」
俺は部屋から姿を見せた。
「ミーナ。大丈夫です。こちらでお話をします」
「お茶の用意をお願いします」
「分かったわ」
心配そうな顔で台所へ向かう。
その姿を見送りながら、俺は団長へ向き直った。
「ここまでいらしたってことは……」
「休んでおられる所を申し訳ないが、こちらとしても……」
「はい。なにか、その、疑われているのですね」
団長は言いにくそうに続ける。
「それが、体を調べさせていただきたい」
ミーナが息を呑んだ。
「まぁ、なんてことを」
俺は笑って答える。
「いいですよ。それなら部屋へいらしてください」
俺は団長たちを部屋へ案内した。
もちろん、傷など見つかるはずがない。
俺の体は、もう治っている。
彼らは驚いたようだが、その表情には、さっきまでの疑いは残っていなかった。
一緒にリビングに戻ると、
「わたしどもが探している相手は、わき腹を深くえぐられておりまして……」
「まぁ」
「キーランさんは何の傷もありませんでした」
「当たり前です」
ミーナが少し怒ったように言う。
団長は深々と頭を下げた。
「大変、申し訳ありませんでした」
庭や小道を調べていた騎士たちも引き揚げていく。
家の周りから人の気配が消えた。
ようやく緊張が解ける。
俺はミーナを強く抱きしめた。
ミーナも何も言わず、俺を抱き返してくれた。
この温もりだけは、誰にも奪わせない。
二度と。




