19 第二妃エリーゼの語り
19 第二妃エリーゼの語り
王太子妃となるはずだった、あの方が追放されて三年。
その三年間、王宮は静かに崩れていった。
まず問題になったのは世継ぎだった。
王妃は子を授からない。
最初は「まだお若いのだから」と笑っていた貴族たちも、二年、三年と過ぎるころには笑わなくなった。
やがて重臣会議で、側室を迎えるべきだという声が正式に上がる。
わたしはその時には文官として王宮中枢にいた。
学院を主席で卒業し、縁談をすべて断って手に入れた場所だ。
目的は最初から一つ。
あの方を追放した者たちを、誰一人逃がさないことだ。
陛下は優しい、本当に優しい。ただ、ただ優しいだけの人だった。
自分で決断することを苦手とし、人の言葉を疑わない。
だからこそ、あの方のような妃が必要だった。
あの方なら間違いを正し、暴走を止め、国を導いただろう。
それが邪魔だと思う勢力が多かった。
操りやすい妃を迎えたかった。
だから、あの茶番が起きた。
わたしはそう考えている。
実際、あの女は実に扱いやすかった。
少し褒めれば上機嫌になり、少し持ち上げれば自分が世界の中心になったような顔をする。
「あら、やっぱりわたくしって特別なのね」
「ええ。王妃様ほど素晴らしい方はおりません」
そう言えば満足して、思いのままに動く。
本当に、扱いやすい。
「側室には彼女を」
誰が最初に言い出したのかは知らない。
だが、一人が口にすると雪崩のように賛同者が増えた。
「執務能力は誰より高い」
「国政にも通じている」
「王妃様のお力にもなれる」
もちろん表向きはそうだ。
実際には「子をはらみやすそうだ」「優秀な跡継ぎが生まれそうだ」
そんなところだ。
わたしは笑顔で受け入れた。
「国の為に身をささげます」
こんなことを言う娘を持った実家の両親は鼻を高くした。
そして、わたしは期待通り、いや、期待以上の成果をだした。
一年目に第一王子を、三年目に第二王子を産んだ。
二人とも素晴らしい子たちだった。
王位継承者を二人もうけた。これでわたしの立場は揺るがなくなった。
父は浮かれていた。
「これで我が家は王家の外戚だ。わたしは、いずれ王の祖父になる」
毎日のように酒宴を開き、誰彼かまわず威張り散らしていた。
わかりやすい愚か者でよかった。だから遠慮なく潰した。
父の不正を一つずつ集めて、証拠を揃えてネルフへ渡した。
あの男へ手柄を立てさせた。わたしの目論見通りあの男は実の父に取って代わって宰相になった。
わたしの父は爵位も権力も失った。
実家という後ろ盾をなくした第二妃。そんなわたしの後ろ盾になりたい貴族が争い始めた。
わたしが何をしなくとも、新しく宰相になったネルフが始末してくれた。
ただ困った顔をしていればよかった。
三人目に王女が産まれた。わたしはその子を王妃へ預けた。
「王妃様」
うやうやしく頭を下げた。
「この子には、王妃様の穏やかなお心を学んで育ってほしいのです」
王妃は一瞬だけ目を見開いたが、柔らかく微笑む。
「ええ……喜んで」
王宮は王妃が一人娘を取り上げたと噂したが、わたしが否定した。
「娘は、政治とは離して育てたいのです」
暗に王妃は脇役ですわと示したのだ。
教育はおろそかにしなかった。
充分にわたしの意を汲んだ教師を派遣して、小まめに連絡をとった。
娘は優しい子に育った。
「王妃母様、お母様がお茶を贈ってくださいました。味見してください」
「今日はお母様が贈って下さった本を読みましたの」
「お花を飾りましょう。こちらの壺を使っていいですか?」
「王妃母様散歩に行きましょう。兄様からバラが咲いたとお手紙が」
自分が王妃を支えていると、本気でそう思っている。
家庭教師もわたしも、その思いを否定しなかった。
娘は信じている。わたしと王妃は仲が良いと。
だから、なにも隠さない。
王妃の日々の暮らし、来客と王妃が口にした言葉。
すべてが何気ない会話としてわたしへ届く。
優しい娘は、自覚のないまま最高の情報源になっていた。
最近完成した温泉は評判だった。
宰相が熱心にすすめてくる。
「ぜひ陛下にもご覧いただきたい」
隣の文官もうなずく。
「経済効果も大きゅうございます。陛下がいらっしゃれば、いっそう」
わたしはお茶の時、誘ってみた。
「陛下、ご静養も兼ねていかがでしょう」
「そうだな」
陛下が笑った。娘も目を輝かせる。
「お母さまと一緒に?」
「もちろんよ」
「わあ!」
小さく飛び跳ねる姿に陛下は目を細めた。
初めに、陛下と娘とわたしの三人で行って様子を見て、次に王妃と陛下が行くことになった。
出発前、わたしは王妃の部屋を訪れた。
「王妃様。久しぶりに親子水入らずで過ごしたいと存じます。この子も、いつも我慢しておりますから」
娘が嬉しそうに続ける。
「王妃母様。お母様とお出かけしてきます。聞いていただきたいこともたくさんございますの」
「わたくしが充分に確認して参ります」
王妃は少しだけ笑った。
「楽しんでいらっしゃい」
娘はくるりと回る。
「ありがとうございます。お母様。気が早いけど準備しますね! ああ、楽しみ!」
鼻歌を歌いながら部屋を飛び出していく。
侍女が目を丸くした。
「まあ……いつもはあんなにお淑やかなのに」
「今日はお母様に甘えていらっしゃるのですね」
ともう一人も微笑んで言った。
わたしは王妃に一礼した。
「それでは失礼いたします。」
扉がかすかに音を立てて閉まった。
その向こうで王妃がどんな顔をしていたのか、みてやりたかった。
温泉街は見事だった。
街並みは美しく整い、宿は快適で湯は素晴らしい。
娘と思う存分語り合った。
帰りの馬車で娘が言う。
「次はお兄様たちも一緒に来たいです。」
陛下は微笑む。
「そうだな。楽しみだな」
そんな、いつもの返事だった。
陛下と王妃も出かけた。お忍びといいながら護衛を大勢引きつれて行った。
そしたら、なにやら、大騒ぎになって予定より早く帰ってきた。
王妃の愚痴を聞いたが、要領を得ない。ほんとにこの女は……
ネルフのところで正式な報告を読んで驚いた。
あの女、うわ言であの方、ジェルミーナ様の名前を……
あの方は生きてらした。あの町で。
ある日、侍女が小さく耳打ちしてきた。
「あの方が離宮にいらっしゃってます」
わたしは息を止めて、侍女を見た。
そして静かに離宮へ向かった。
ちょうど庭を散歩なさっていた。
質素な平民の服を着てらしても、気品は失われていない。
姿勢も所作も笑い方もすべてが気高い。あの頃とほとんど同じ。
だけど今のあの方の微笑みの方が柔らかい。幸せに暮らしておられると感じた。
庭では、かつてあの方を追放した貴族たちが、競うように挨拶をしていた。
「お久しゅうございます。」
「ああ、お変わりなく。」
「あの……神殿へもお立ち寄りに?」
聖女の力を期待して誰もが媚びている。
滑稽だった。
神殿の奇跡が減った理由を、わたしは知っている。
資料を詳細に調べて、分かった。
あの方が行っていた仕事を、神殿長と神官長が自分たちの功績として横取りしていただけだった。
権力争いの末、その二人は互いを潰し合い、命まで落とした。
愚かな話だ。
わたしは王妃のもとへ向かった。
「不思議ですの」
楽しそうに話しかける。
「庭を平民が散歩しておりますのよ」
王妃が顔を上げる。
「追い出そうかと思いましたけれど、とても上品で……」
わたしはくすりと笑った。
「異国の王妃様がお忍びでいらしているのかと思いました」
王妃の指先が震える。
「まあ、あの威厳。とうてい、わたくしには真似できませんわ」
さらに畳みかける。
「貴族の皆様もご存じだったのでしょうか。次々とご挨拶なさって。
しかも、あのお方はお一人お一人のお名前をご存じのようで、完璧にお返事なさるのです。
わたくしも見習いませんと」
王妃の顔から血の気が引いた。それだけで十分だった。
わたしは丁寧に一礼する。
「失礼いたします」
胸の奥で、小さく笑いながら。




