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千年の呪いで声が出ません。でも死んだ看護師が頭の中に転生してきたので、無言で命を救っていたら副騎士団長に溺愛されました。  作者: 花月 宙


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第14話「毒の標的」

異変に気づいたのは、朝の調剤の時だった。

乾燥させた薬草を選り分けていた手が、止まった。セイヨウノコギリソウの束に混じって、見慣れない葉が数枚入っている。形はよく似ている。鋸歯のある細い葉。乾燥させてしまえば、慣れない目には区別がつかない。

でも、匂いが違う。

鼻に近づけた瞬間、玲子の声が叫んだ。

『思い出した! ダメ! それドクニンジンよ!』

指が反射的に離れた。葉が地面に落ちる。

『セイヨウノコギリソウに似てるけど、茎の斑点が違う。乾燥してても微かにネズミの尿みたいな臭いがある。これ、間違えて煎じたら──』

死ぬ。患者が。

心臓が凍りついた。この薬草は、昨日の夕刻に補給の荷から出して選別したものだ。あの時には、こんなものは混じっていなかった。

誰かが、夜のうちに入れた。

『イリス、他の薬草も全部確認して。全部』

手が震えていた。でも動いた。一束ずつ、匂いを嗅ぎ、葉の形を確かめ、茎を折って断面を見る。救命センターで叩き込まれた薬理の知識と、この世界で覚えた薬草の知識が重なって、指先が自動的に選り分けていく。

セイヨウノコギリソウの束から、ドクニンジンが三枚。

カモミールの束から、トリカブトの乾燥片が二つ。

『……計画的だ。素人じゃない。薬草の知識がある人間がやってる』

玲子の声が低い。似た薬草に似た毒草を混ぜている。偶然の混入ではありえない配合。

全ての束を確認し終えた頃、天幕の入口に影が差した。

「何をしている」

ヘルマンだった。腕を組み、見下ろしている。

毒草を選り分けた葉を指し示す。声は出ないから、紙に書いた。

──薬草 ドクニンジンとトリカブト 入ってた

ヘルマンの目が、一瞬だけ動いた。驚きか、それとも別の何かか。読み取れなかった。

「……馬鹿な。補給の薬草は俺が管理している。混入などあるはずがない」

管理している。その言葉が、引っかかった。

『イリス、この人の反応、おかしい。毒草が混じってたって言われたら、普通はまず「本当か」って確認するでしょ。それなのに「あるはずがない」って──確認もせずに否定した』

ヘルマンが毒草を手に取り、眺めた。表情が変わらない。

「お前の見間違いだろう。乾燥した葉の区別など、素人にはつかん」

素人。

この人はまだ私を素人だと思っている。何人もの兵士を救い、煮沸消毒を定着させ、兵士たちに「女先生」と呼ばれるようになっても。

紙に書いた。

──セイヨウノコギリソウ 茎 紫のハンテンない

ヘルマンの顔が強張った。

紙に書き足した。

──トリカブト 根 黄色 カモミール 違う

ヘルマンが乾燥した茎を手に取り、目を凝らした。紫の斑点が、そこにあった。ヘルマンの顎が、わずかに引き締まった。

「……偶然混じっただけだ。山で採集する際に、紛れ込んだのだろう」

苦しい言い訳だった。二種類の毒草が、それぞれ似た薬草の束に「偶然」紛れ込むことは、ありえない。ヘルマンもそれはわかっているはずだ。

でも認めない。自分の管理下で毒が混入されたことを、この人のプライドが認めない。

ヘルマンが腕を組み直した。口元に、かすかな笑みが浮かんでいる。

「仮に──仮にだ。毒草が混じっていたとして、それはお前の確認不足ということになるな。調剤の責任は、調剤する者にある」

『……この人、笑ってる。自分の管轄で毒が入ったのに、イリスの責任にしようとしてる』

玲子の声が硬い。

そうだ。この人にとって、これは好都合なのだ。もし気づかずに毒入りの薬を使っていたら、兵士が死に、私の信用が崩れ、医療班から追い出される。ヘルマンがずっと望んでいたこと。

紙に書いた。

──カクニン不足 ちがう

ヘルマンの笑みが消えた。

天幕の外に、足音が近づいてきた。重い。速い。聞き覚えのある足音。

ゼクスが入ってきた。

天幕の中の空気が、一瞬で変わった。ヘルマンの背筋が伸びる。ゼクスの蒼い瞳が、地面に広げられた毒草と、ヘルマンの顔と、私の顔を順に見た。

「何があった」

紙を差し出した。

──薬草になぜか毒草 混入

ゼクスが紙を読み、毒草を見下ろし、それからヘルマンに視線を移した。

「ヘルマン。薬草の管理はお前の担当か」

「そ、そうだが──これは偶然の混入であって──」

「偶然か」

ゼクスの声が低くなった。感情を削ぎ落とした、あの声。戦場で敵に向ける声と同じだ。

「二種の毒草が、それぞれ似た薬草に紛れている。偶然で済むと思うのか」

ヘルマンが口を開きかけ、閉じた。ゼクスの目の前では、誰も嘘がつけない。

「薬草の保管場所に、夜間に誰が近づいたか調べろ。グレゴールにも報告する」

ヘルマンが足早に去っていった。

天幕に、二人だけが残された。

ゼクスが私の前に片膝をついた。視線が合う。蒼い瞳に、怒りがある。でもそれは私に向けたものではない。

「怪我はないな」

首を振る。

「気づいたのはお前か」

頷く。

ゼクスの大きな手が、私の頭に──乗った。一瞬だけ。乱暴で、不器用で、髪がぐしゃりと崩れるような触れ方だった。

「よくやった」

それだけ言って、ゼクスは立ち上がった。

天幕を出ていく背中に、また唇が動いた。お大事に──じゃない。今日は、違う言葉。

──気をつけて。

ゼクスは振り向かなかった。でも、出口で一瞬だけ足が止まったのを、私は見逃さなかった。

『……聞こえてないのに、伝わるんだね。この二人』

玲子の声が、少しだけ震えていた。

毒草の残骸を片付けながら、考える。

誰が。なぜ。

薬草に毒を混ぜるということは、私を殺したいのではない。私が調剤した薬で兵士が死ぬ。そうなれば私の信用は崩れ、医療班から追い出される。ゼクスの傍から、引き離される。

ヘルマンなら動機がある。私を追い出したがっていた。薬草の知識もある。

でも──あの「商人」たちの顔が浮かんだ。指揮天幕を覗いていた連中。アデスが去った後も残っている、あの目つきの鋭い男たち。

ヘルマンか。密偵か。あるいは、両方か。

『誰がやったにせよ、次がある。今日は薬草だった。次は何を狙ってくるかわからない。気を抜かないで、イリス』

次。

薬草の束を全て入れ替え、保管箱に新しい鍵をかけた。声は出ないけれど、この手は止めない。この手で救える命がある限り、誰に狙われても。


穏やかな話が続いたので、きっちり不穏にしました。

ヘルマン先生については、悪人として書くつもりは最初からなくて、「自分が正しいと信じている人間」の怖さを書きたかったです。プライドと善意と保身が混ざると、こういう人になるのかなと。


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