第30話「a fact of life」
華蓮先生がスティックを鳴らしてフォーカウント。
春野さんが【Digitech Whammy5】のペダルを踏みながら独特なギターサウンドを掻き鳴らし、真先輩は初っ端から【ODB-3】をオンにして、バチバチと歪んだ音と共にバンド全体の音を纏めて送り出す──
初めて聴いたときの衝撃が今、私の耳に直接流れ込んでくる。
あのときとは違う衝撃と感動を味わいながら、私は思いっきり頭を振りながら「GET THE FXXK UP!!」と粒ついた声で観客を煽ると、その声に追従するように皆の音が風みたいに運ばれてきた。
──すごい。これが、生の演奏……!!
「ッ!!?」
「なんだ今の声!?」
「あの身長高い子、デスボ出せるのか!?」
「ってかあのギターどうなってんの?」
「音がウニョウニョしてる!?」
「……てかこの曲、『FACT』じゃね?」
左右、そして後方から轟く爆音の影響で、観客たちの声が聞こえ辛い。
それでも観客が驚いている様子は、メガネを外していても、能面を被っていてもよくわかる。
これまでの人生で聴いた事のない音楽で、かつ聴いたことのない声だと思うから。びっくりする筈だ。
デスボイスもシャウトも、普通に生活していたら聴く機会なんてないし、チューニングを下げたギターやベースの音もバスドラムがふたつ並べられたツーバスも聞くことはない。
軽音楽部に入ってる部員ですら聴くことは少ないと思う。
そもそもこの手のラウドロックはメディアには殆ど取り上げられない音楽だから、知らなくて当然だ。
聴き心地の良い音楽に癒される。
それが大衆的な音楽。
みんなが求める音楽の形。
私たちは多分、その真逆を行っている。
知っている人だけが知っている音楽で、知っている人にしか理解されない音楽。それが普通。
だったら、その普通って概念をぶち壊してやる。
それは何も私だけの感情じゃない。
みんなが乗せてくれる音から、そしてみんなと向き合って練習したときから、私たちが心の内側で抱え込んでいる漠然とした負の感情があった。
今日はそれを、思いっきり吐き出す。
観客の心をラウドで満たす。
全員ここで、私たちの虜にする──!
そんな想いを胸に抱きつつ、私はマイクに歌を込めた。
そんな奴がいた事さえ忘れていた
あの写真を撮ってから、随分と時間が経った気がする
心の中の色褪せない思い出にありがとう
写真の中で笑っている僕たち
その作り笑いの裏に隠された秘密が見えるだろう
心の中の色褪せない思い出にありがとう──
前半の歌い回し。練習で何度躓いたかわからないくらい、ミスを連発したパート。
そこに一歩ずつ踏み締めるような春野さんの単音弾きが絡み合い、臓物を震わせるようなブリッジミュートから鳴る7弦の咆哮が、私の進むべき道をしっかりと示してくれている。
そして後ろから支えるように、華蓮先生の的確なドラミングと真先輩の歪んだ5弦がこの曲全体のバランスを取り、一切のブレなく私たちは前へと突き進んでいく。
英語も喋れない、シャウトで誤魔化しまくっていた私の歌。
この曲は真先輩の指摘した通り、かなり難しくて何度か挫折しそうになった事をよく覚えている。
ここまで支えてくれているのに、全員の演奏技術が高過ぎるのと曲自体の難易度の高さから、何度も振り落とされそうになっていた。
そもそも「英語の発音が無茶苦茶だ」とツッコまれていた私が、この短期間でネイティブ──とまではいかないにしても、早送りみたいな歌い回しが出来るようになったのは、真先輩や華蓮先生に何度も何度も確認して貰ったからだ。
歌い回しは異様なまでに早いのに、頭の中で、そして目の前を過ぎてゆく景色は、驚くほどゆっくりと過ぎ去っていく。
メガネを外した私の目に映るのは、能面の裏っ側でほんの少しの光だけ。
必死に覗こうとしても、その先にあるホログラムの景色が邪魔をして観客の顔すら見えない。
けど、明らかに空気が変わっていくのを感じていた。
私たちに向けられた困惑と疑心感。
マリナのバンド【slipback】の演奏を聴いた後だから、違和感や音の重さや英語歌詞に忌避感を示してもおかしくない。
期待なんてまったくされていない。
それはわかっている。
でもその困惑と疑心の中に僅かな「期待感」を感じていた。
ホログラムの中でこちらに手を伸ばしてる人たちの影がうっすら見えて、私たちは畳み掛けるようにして最高の音をぶつける──
(いや、違う)
観客の心めがけて、彼ら彼女らの耳に脳に心臓に叩きつけるようにして、私は腰まで伸びた黒髪を振り上げ、マイクに込めた歌を全力で叩きつける。
お前の手で破壊された過去
忘れることはできないさ
真実は闇の中に隠されている
私の不安定な歌を裏から支えるように、初っ端で掻き鳴らしたワーミー絡みの独特なリフが、オブリとなり湾曲するように突き進ませる。
そしてその音の輪郭を際立たせるようと、本来なら歪みを抑えたベースに乗せられた【BOSS ODB-3】によるディストーションが、私の中にある激情を更に掻き立てる。
アップテンポの裏に隠された仄暗さ。
「a fact of life」を初めて聴いたとき、なんてカッコいいんだ! って思ったと同時に、どこか不気味さも感じた事を覚えている。
それは何も、彼らが能面を被っているミュージックビデオの影響だけじゃない。
目の前にいる人に、大衆に向けて問いかけるような疑心と闇。
私たちが見ている世界が本当に真実なのか。
それを問われている気がしてしていた。
それを確信したのは、施設の誕生日会で華蓮先生にお願いして買ってもらった2ndアルバム「FACT」についていた歌詞の翻訳を読んでからだ。
写真の中で笑っている僕たち
その作り笑いの裏に隠された秘密が見えるだろう
心の中の色褪せない思い出にありがとう
ありがとうなんて言ってるけど、どこか皮肉的で心にも思っていない感謝の言葉に、数年前はじめてこの歌詞を読んだ私はよく理解が出来なかった。
けど、今なら少しだけわかる気がする。
人は上辺を取り繕って良い顔するけど、裏では何を考えているのかわからないし、全員が全員善の心を持って人に接するなんてあり得ない。
ましてやその対象が「世界」となれば、善も真実も全ては暗闇に隠されてしまう。
マリナが私たちに向ける怒りや憎しみ。
嫉妬心から来るそれらの仄暗い感情。
春野さんが向けられていたマイナス感情。
いつもクールで冷静に見えていた麗奈さんですらも、裏では私に対して強い嫉妬心や劣等感を抱いていた。
そしてそれは、私たち以外の人だけじゃない。
私含めて、春野さんも真先輩も華蓮先生も、心の奥底に秘めた暗い感情を持って生きている。
生きながらに私たちは全員仮面を被っている。
真実は闇の中に隠されている──
この曲のミュージックビデオで、彼らが能面を被っていたのは、そうした意図があったのかもしれないって思った。
まぁ実際にそこまで能面に対して思い入れはないみたいなんだけどね。
でも、この曲は今の私たちにとってやるべき曲だったと思う。
全員が全員、心の中で隠している暗い感情を持って演奏するんなら、今ここでその感情の全てを、音に、歌にして吐き出してやればいい。
そして今ここにいる観客全員の心の仮面を剥がしてやる。
だってまだ足りない。
私たちの実力が足りていないからかもしれないけど、さっきのマリナ達の演奏を見て、声や手をあげていた人たちは、後ろに下がったままでこっちまで来てくれない。
アップテンポかつBPM190の超高速ナンバーのこの曲。
ポップスやヒップホップが流行の中で掻き鳴らすこの音楽は、普段聴いている曲からは限りなく遠いものだ。
だからこそ刺さる部分もあると思ったし、実際に私たちの目の前には50人近い生徒達が腕や声を挙げて音に乗っている。
──足りない。それでもまだ全然足りてないんだよ。
こんなにカッコいい曲なのに。
こんなにカッコいいバンドなのに。
それなのに、まだそんな遠いところで縮こまっているなんて。
不甲斐なさで思わず唇を噛む。
だけど曲は止まること無く突き進んでいく。
私はすぐに歌うため意識を戻すけど、一瞬でも意識が他所を向いてしまったせいで少しだけテンポがズレてしまう。
(マズい、すぐに戻さないと──!)
焦りから徐々にバランスが崩れつつも、何とか二回目のサビを歌い切る。
曲全体が落ち着きを取り戻す静寂なパート、ブリッジに移るタイミングで、私の左肩の上に手が乗せられた。
(えっ? 何──)
思わず肩を揺らして隣を向くと、私と同じ能面を装着している春野さんが、能面の上からでもわかるくらい真っ直ぐな目線とサムズアップで、
『あやち、ライブってめっちゃ楽しいねっ!』
──そう言った。言ったように見えた。
多分1秒くらいだったと思うけど、その1秒で迷いも焦りも取っ払った私は、これまでの荒れ狂うような曲展開とは裏腹に落ち着いたテンポのCメロに着地する。
それが壊された瞬間は歴史に焼き付いている
事実はビデオみたいに巻き戻せない
作られた未来なんて必要ない
──そうだ。
どれだけ悩んだって、愚痴を吐いたってどうしようもない。
今起きている事実を変えるには、今この瞬間に変える以外方法は無いんだ。
弱者だけが犠牲になる
偽りの歴史なんて必要ない──
優しく、そして観客に問いかけるように歌いながら、ふと私は他のバンドメンバーに意識を向ける。
自分の事で精一杯だったけど、ここまで歌ってこれたのは、他ならぬバンドメンバーのおかげだ。
華蓮先生は、明らかに私の方を見つめて演奏してる。
バンドをやるって言ったとき、やってみなって背中を押してくれた、私にとっての先生であり母親だ。
真先輩は、オーバードライブをOFFにして歌とギター、ドラムを際立たせるように立ち回る。
弾いていないときは観客を煽ったりしていて、これまで先輩に抱いていたクールな印象(と変態的な一面)が抜けて、誰よりも真摯にライブに向き合っているカッコいいベーシストとして目に映る。
そして春野さん。
春野さんは最初の印象と全く変わらない。
本当に、楽しくて楽しくて仕方がないって感じでギターを弾いている。
誰よりもアグレッシブに音楽を楽しんでいる春野さんは、音に乗りながらディストーションからクリーンに切り替え、一緒に歌うようなアルペジオを奏でる。
──わかるよ、春野さん。
私も同じだ。私もみんなと同じで、こうしてライブできることが、嬉しくて楽しくて仕方がない。
心の奥底にある仄暗い感情を消し去る事は出来ない。
だからこそ、そのフラストレーションを音にしてぶつけようって、全部吐き出そうって思ってたし、今だってマリナの事を思い出せば無茶苦茶ムカつく。
だけど、この想いは本物だ。
私は今、こうしてみんなとライブが出来る事が、ラウドな音を掻き鳴らすこの感覚が、気持ち良くて仕方がないんだ!
クリーンパートが終わりを告げ、春野さんと真先輩、二人の弦奏者がフットスイッチでディストーションに切り替える。
最後の最後、盛り上げりに向けたタイミングで、目を覚ませと背後から華蓮先生の踏み鳴らすバスドラが響き渡る。
喰らえ、全員。
「── No matter what, 」
(どんな過酷な未来でも、)
私たちの鳴らす音を。想いを。
仄暗い感情さえも。
全部、全部音にして乗せてやる。
「Isn’t even a harsh future better Than a history made by somebody else?」
(誰かに作られた歴史よりマシじゃないか?)
今を生きる私たちの音を聴けッ!!
「「Don’t you think so──」」
今私が出せるハイトーンで、ラスサビに向けて声を張り上げたそのとき。
左右の弦奏者たちが、飾りかに見えたスタンドマイクを前に声を乗せ、交互に掛け合った。
その瞬間、これまで手を振り上げて騒いでいた観客たちが一時的に動きを止め、驚いた様子で目を見開いた。
だよね。みんなびっくりするよね。
わかるよ、そのクリーンパート、私じゃなくて他二人が歌うんかいってなるよね。
実は春野さんと真先輩だけじゃなくて華蓮先生も歌ってるんだけど、三人とも能面をつけてる上に、私みたいに穴を開けていないから音はこもりまくりだ。
正直マイクにちゃんと声が乗っていない。
でも、だからこそ三人同時に歌う必要があるんだ。
このパートで三人同時に歌おうと言い出したのは、私ではなく真先輩。
『先導。今回やる曲は、前にも言った通りお前の武器を活かしづらい。確かに歌は上手い方だし、英語の発音もよくなってきている。だがまだそれだけだ』
『……じゃあ、どうすればいいんですか?』
『お前の持つ武器は、心を震わせるような、ディストーションの聴いたシャウトだ。だからこうしようじゃないか──』
「──〜〜〜ッ……!」
私は、三人が歌っている短い間に息を吸い込む。
シャウトをする際の腹式呼吸。
これに特別な技術は必要ない。
他のみんなが持っている技術が、私にはない。
歌だってみんなの方が、それこそマリナの方が上手い。
けどこれは、これだけは。
技術度外視で、ただ聞いて真似し続けて獲得したこの魂の叫びだけは、誰にも負けない。そう言い切れる。
骸骨を両手に持ち、一切の音が漏れ出ないよう両手で包み込むようにしながら。
私は目の前でこのライブを見に来ている観客全員の心を穿つため、渾身の叫びを吐き出した──
Don’t you think so?
(そう思わないか?)
「「「ッ!!!?」」」
マイクが焼き切れるんじゃないかってくらい、ビリビリと空間を伝うフライスクリームが轟いた。
そしてそのフライスクリームの裏で疾るツインペダル。
ガトリングを撃ち鳴らすようなバスドラムの音が、疾走感をさらに掻き立ててゆく。
その間にも交互に掛け合う春野さんと真先輩の綺麗なクリーンボイスの後に、私は腹の底からhiA♯のハイトーンスクリームをマイクに注ぎ込む。
私自身のシャウトが、脳に心臓に響き渡る。
観客を見ても、能面とメガネを外した事でホログラムと化した視界で何も見えない。
でも、みんなの声と熱気で伝わる。
今この瞬間、この場所は私たちの領域だ。
だからまだ終わらせない。
ようやくみんなの意識を私たちに向ける事が出来たんだ。最後の最後までぜったいに離さない。
この勢いのままに、私たちの熱量を音としてぶつける──!
そんな想いに呼応するかの如く、春野さんの掻き鳴らすギターが吠えた。
曲の終盤。
エンディングにかけてアーミーペダルを使用しての湾曲したギターリフ。
この曲は本来なら、徐々にバンドサウンドがフェードアウトしてゆき、特徴的なBGMが加えられる事で疾走感の後にどこか切なさを残していく終わり方を迎える。
けど私たちは今回その通りに従わない。
アーミーによる湾曲したギターリフから一番細く高い音を出せる一弦をチョーキング。湾曲した音がさらに歪み、まるで空間を割くような音を轟かせた。
観客たちはみんな耳を押さえたり呆然としていたり、突如轟いたギターの慟哭を前に愕然としている。
先ほどまでの声援は止み、轟くのはハウリングのみ。
静寂を切り裂く音が響く中で、私たちはそっと着けていた能面に手をかけ──
大きく振りかぶって宙に投げ捨てた。
「「「……ッ!!?」」」
観客全員が息を呑む中、私はそっと次の曲のタイトルを口にする。
「Next song is called──」




